「明日、世界が終わるのよ」と彼女は言った。
@umibe
第1話 隕石
「明日、世界が終わるのよ」と彼女は言った。
「へ?」
そんな、突拍子もない言葉が、最初。
家に到着してから、スマートフォンを机の中に置き忘れたことに気付いた。急いで学校へ引き返し、教室に入ると、中には一人女子生徒が居るだけであった。一番後ろ、一番奥にぽつんと座っている彼女は、姿勢を真っすぐにして窓の外を眺めていた。
彼女と喋ったことは一度もない。
机の中をがさごそ探る。あった。俺の大事な大事なスマートフォン。現代人はこれがなきゃ赤ん坊も同然だ。
俺がスマートフォンをポケットにしまった時であった。
「明日、世界が終わるのよ」女の子は窓から外を眺めたまま呟いた。
「へ?」
よほど頭を打ったか、そういう映画だかアニメでも見たのか。あるいは俺が聞き間違いをしたのか。
「今、君――なんて言ったんだい?」と俺は思わず彼女に質問した。
「明日には世界が終わるって、言ったの」彼女はゆっくりと俺に顔を向けた。
今は高校一年生の六月。彼女の顔だって、きちんと見たのはこれが初めてだ。机三つ挟んで見る、彼女の顔。特徴はないが可愛らしい顔だ。和美人というのがぴったりだろうか。髪はセミ・ロングで、色素が薄いのか茶色がかっている。名前は……失礼ながら存じ上げない。
「ええと、君は……」
言い淀んでいる俺に察したのか彼女は「
ふにゃふにゃした喋り方をする子だ。パン・ケーキみたいだ。
「お、俺は小川。よろしく」
「知ってるよ。よろしく、小川君」
知ってたのか。俺はクラスメイトの名は半分くらいしか覚えていない。顔と名の一致する者となると、さらにその半分になる。彼女は真面目なのだろう。あるいは、たまたま俺の名を覚えていたか。
「それで現さんは、どうして明日世界が終わるだなんて思うのさ?」
「思うじゃないよ、決まっているの」
なるほど、運命らしい。
「俺の訊き方が悪かったよ。どんな風にして世界は終わりを迎えるんだ?」俺は気付くと、彼女から机一つ間を明け、席に座っていた。この席の持ち主の名も、俺は知らない。
「隕石がね、地球に落ちてきちゃうの。このままだと私もあなたも、私の一つ前の席の轟さんも、皆お終い」
「でも、そんな話今まで聞かなかったぜ。テレビやネットニュースもだし、俺が唯一仲の良い野々宮も、ここ一週間隕石だなんて言葉口にしなかった」
俺は友人が少ないのである。
うちの家庭は新聞を昨年から取っていないが、まさか新聞社だけが取り扱ってるってこともないだろう。
現さんは黙ってかぶりを振った。「隕石は明日の23時59分きっかり、地球のお隣にワープして来るの。だから誰も知らない」
「どうして君は、このことを知っているんだい?」
「それは、今は教えてあげない」
なるほど、と俺は再び心の中で言った。今の俺の質問は、彼女の大いなる秘密に触れるものなのかもしれない。
「隕石の到来を、止める術はないのか?」頭ごなしに否定しても面白くないので、俺は彼女の話に乗っかることを決意した。
「あるよ」現さんは立ち上がり、俺のところまで歩いてきてた。
そして俺に手を差し伸ばした。「ちょっと怖い場所だから、一緒について来て」
操られるように彼女の手に導かれ、俺は立ち上がった。柔らかい手に引っ張られる。どこへ向かうのだろうかと思っていると、廊下へ出るどころか現さんは自分の席の方へ向かって歩いた。
彼女が立ち止まったのは教室の隅に設置された掃除用具ロッカーの前であった。
「まさかロッカーの中に入るのかい?」冗談半分で訊く。
現さんは頷きながら「暗くて狭いところが苦手なの。もしかして小川君も苦手?」と言った。
俺からすれば、苦手とか苦手じゃないとか、そういう問題ではないのだが。
「苦手じゃないよ」
「そう、なら良かった」表情がパッと明るくなり、彼女はロッカーの中へ入って行った。「小川君も入って来て。閉じ込めないでよ」
「あ、ああ。分かった」
俺はぐるり見回して、周囲に誰も居ないことを確認した。これからいけないことをする心持で、ロッカーの中に入る。
「閉じる前に、私の手を握って」現さんはそう言いながら、自分の方から俺の手を握った。「閉じた後に突然振りほどいたりしないでね」
「うん、絶対しないよ」
正直、緊張するな。この状況で緊張しない男子高校生があるだろうか。
「それじゃあ、ロッカーを閉じて」
言われた通りにする。視界が真っ暗になる。狭い。現さんが少し動いて、箒が俺にもたれてきた。瞬間、視界が開ける。
真っ白な空間。目の前には俺の手を握った彼女。俺にもたれていたはずの箒はない。足元を見るが、真っ白な地面があるだけだ。
「な、一体ここは」どこだろうか。あたりを見ると、少し向こうに球体が浮いている。
「私も時々来るけれど、よく分からないの」現さんは俺から手を離した。
分からないのかよ。改めて周囲を見る。体を一回転させるが、さっきの球体以外には何もない。
「あれがね、犯人? 犯星? なの」現さんは球体を指差した。
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