第22話 名門の凋落

 氏真が朝比奈泰朝を暗殺すると、駿府館では蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。


「朝比奈殿ほどの忠臣を殺めるなど……これでは武田につけこまれる口実を与えてしまいますぞ!」


「朝比奈殿は今川家の重鎮……あやつがいなくなれば、家臣の心が離れていくとなぜわからないのですか!」


 家臣に詰め寄られ氏真がたじろいだ。


「殺した後に口を出すな! そういうことは、泰朝を手にかける前に言え!」


「聞く耳を持たなかったのは殿でしょう!」


「寿桂尼様が亡くなられ、ただでさえ家臣の足並みが乱れているというのに……! なにゆえ朝比奈殿をっ……!」


 家臣と口論になる氏真を横目に、岡部元信がため息をついた。


 氏真が当主でいる限り、今川家が生き残れるとは思えない。


 それならば、武田義信から男児をもらい、今川の新たな当主とした方が、まだ望みが繋がるというものだ。


 今川が武田家の傀儡となることを余儀なくされるが、長年同盟関係を続けてきたこともあり、武田とは縁が深い。


 義元の正室は武田信虎の娘で、義信の正室は義元の息女なのだ。


 武田義信とて、悪いようにはしないだろう。


 元信の中では、既に武田に味方をする決意は固まっていた。


 そのために人質を遠江に送り、他の今川家臣を武田に味方させるべく、積極的に動いてきたのだ。


 あとは義信からの連絡を待つのみだ。


 岡部元信が館の裏手に移動すると、忍びと思しき影が近づいてきた。


「……若君からの使者か」


 忍びが静かに頷く。


「決行は今夜。氏真様が床についたのち、速やかに駿府館を制圧せよとのこと」


 ──来たか。


「此度のはかりごと、極力今川家臣の皆様だけで進めて頂きます。必要とあらば我らも助力いたしますが、あまり派手に動いては……」


「わかっておる。ご助力、かたじけない」


 元信が頭を下げると、いつの間にか忍びは消えていた。






 永禄11年(1568年)7月。


 岡部元信ら今川家臣が蜂起すると、またたく間に駿府館を制圧した。


 そのまま今川家当主、今川氏真を捕縛すると、菩提寺である増善寺に幽閉し、新たな今川家の指導者として武田義信の子を担ぎ上げた。


 後に駿府館の変と呼ばれるこの騒動で、今川家は実質的に武田家の傀儡となるのだった。

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