第3話 長篠城攻略

 長篠城を攻め落とすと、義信は勝鬨をあげた。


「エイエイ!」


「「「オー!!!!」」」


 長篠城に入城した雑兵たちが思い思いに休息を取る中、義信が飯富虎昌を呼びつけた。


じい、長篠城はお主に任せる。次の戦いまでに領地を育てておいてくれ」


「……お待ちくだされ。それがしが離れては若様をお守りできませぬ」


「…………なにが言いたいんだ?」


「お館様のことにございます。此度の侵攻、お館様より許しを得ていないのでしょう? いずれにせよ、このまま甲府に戻ればお叱りを受けるは必定……」


 飯富虎昌の言葉に、義信の顔が曇っていく。


「……じいが父上をとりなすというのか?」


「はっ……それが叶わぬのなら、若に代わりそれがしが処罰を受けましょう」


 すでに覚悟を決めているのか、飯富虎昌が義信をまっすぐに見つめる。


 いざという時は首謀者の咎を引き受け、命を賭して義信を守ろうというのか……。


 虎昌の心意気が、義信の胸に染み渡る。


(私はいい家臣を持った……)


 虎昌は自分には過ぎた家臣だ。武田家筆頭家老として実務をこなす有能さはもちろん、武田家に対する忠節も抜きん出ている。


 なにより、義信に尽くす気持ちは本物だ。


 だからこそ、大事にしてやらねばならない。


 下手に腹を切らせては、武田家の……。ひいては、義信にとって大きな損失である。


 虎昌を安心させるように、義信は笑ってみせた。


「心配するな。父上とて人の子……。取って食われることはあるまい。第一、嫡男が武功を挙げたのだ。褒めることこそあれ、なぜ怒られる謂れがある」


 豪快に笑ってみせる義信に、虎昌は一抹の不安を覚えた。


 かつて、信玄は家のため、実の父──武田信虎を追放した。


 その後は妹の嫁ぎ先である諏訪家を攻め、妹婿である諏訪頼重を自害に追い込んだ。


 親類縁者といえ、信玄は己の障害となる者は容赦なく切り捨てることができるのだ。


 いくら嫡男の義信とはいえ、例外ではないだろう。


 これより義信が対峙するのは人の子か。

 あるいは乱世の生んだ修羅か。


 実の父に対峙する義信に想いを馳せ、虎昌は静かに義信を見送るのだった。






 飯富虎昌に見送られ、義信は武田家の本拠地、躑躅ヶ崎館にやってきていた。


「大丈夫でしょうか……」


「なんだ、じいに続きお主も私を心配しているのか」


 義信の配下で、乳人子の曽根そね虎盛とらもりが頷く。


「お館様は身内にも容赦のないお方……。たとえ若様と言えど、どのような罰を受けるか……」


「心配するな。私には長篠という手土産があるのだ。父上とて、無下にはすまい」


 信玄が居を構える躑躅つつじヶ崎館にやってくると、すぐに信玄が出迎えた。


「待っておったぞ、義信」


「おお、父上自らお出迎えとは……。感謝の言葉もございません」


「徳川領に侵攻すると、またたく間に長篠城を落としたと聞く……。まずは重畳じゃ」


「もったいなきお言葉にございます」


 義信が頭を下げると、信玄が労うように義信の肩を叩いた。


 和やかな様子に、曽根虎盛がほっと胸を撫で下ろした。


 ……よかった。どうやら信玄は怒ってはいないらしい。やはり、こちらの杞憂だったか……。


「詳しく話を聞きたいゆえ、早く中に入るといい……!」


 義信の肩を握る信玄の手に力が篭もる。


 さながら獲物を逃すまいとする鷹のように、義信の肩に信玄の指がメリメリと食い込んだ。


「あの、父上…………もしかして怒っておられますか……?」


「なにを言っておる。儂はいたって平静そのものじゃ……!」


「ですが……」


「だからこうして、話を聞こうと言っておるのではないか。……お主にも、いろいろ言い分はあるであろうし、な……!」


 義信を睨む信玄のこめかみには、何本も青筋が浮き出ていた。


((父上、(お館様)めちゃめちゃ怒ってる……!))

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る