第32話 こんなはずじゃ……(ティナ視点)
「聖女様、王宮から呼び出しがかかっていますよ」
教会に与えられた私のための広い部屋の一室。
教会の人間たちがひっきりなしに部屋のドアを叩いて行く。
でも私はそれに応えることはない。
異変があったのはいつからだろう。
冬に入るという時。早すぎる疫病がオスタシスに蔓延った。
疫病はあっという間に王都中に感染し、ついにはジェム殿下も病に倒れた。
王都の貴族からは儀式を求められ、オスタシス王家からは毎日のように呼び出しを受けている。
ーー冗談じゃない!
近寄って私まで感染したらどうするのよ!
ジンセン伯領は王都に近いながらも、まだ感染に侵されていないらしい。
実家に逃げるか……?
聖女として王宮に上がるようになってからは、王都に留まることも多くなっていた。
最近では聖女の儀式をしろ、と煩い王家や両親から逃げるために教会の自室に引きこもっていた。
「このままでは王家に反逆罪として捕らえられますよ!」
「!」
扉の向こうから大司教の声が聞こえた。
ついに偉い人までもが私を呼びに来た。
嫌な汗がじわりと身体を伝う。
何で、何でよ?!私は聖女なのよ?!
崇め奉られこそ、何で反逆罪になるのよ!
ドンドン、とドアを叩く音。
私は観念して、扉を開いた。
「良かった、聖女様!」
私の顔を見るなり、大司教は安堵の表情を見せた。
これ、教会も王家からそうとう言われて来たわね。それにしても。
「大司教、あなたは元気そうね?」
病が蔓延してるというのに、白髪で白い髭の高齢の大司教に、不機嫌なまま嫌味を言うと、信じられない言葉が返ってきた。
「我々はハーブティーで予防をしてきましたからな」
「は?」
何を言っているのか理解出来なかった。むしろ、したくない。今、何て言った?
「ハーブと癒しの聖女の力は切っても切れぬ関係。今は亡き王太后様はそれを大切にされていました」
お姉様とジェム殿下の婚約を推し進めたのは、王太后様だと聞いている。私はそこで繋がる話を受け入れられずにいた。
「嘘よ!」
「嘘ではありません」
私の言葉に大司教はきっぱりと答える。
「じゃあ何で王家はハーブを……お姉様を蔑ろに……」
震えが止まらない。聞きたい。聞きたくない。
そんな思いを抱えながらも、私は大司教に尋ねずにはいられなかった。
「それは私にもわかりません。……ただ、国王陛下は王太后様に反発されておいででした。王太后様も、この国の上に立つ者の行く末について案じておられました」
要約すれば、口煩い母親に反発して好き勝手していた能無しの息子が、政治だけじゃなく、一番大切にされていた国民の命に関わることを蔑ろにしたがため、今の事態が起こっている、ということだった。母である王太后様はそんなバカ息子を残したまま亡くなられてしまった。オスタシスの悲劇である。
親がそれなら、息子であるジェム殿下がああなのも納得だ。
じゃ、ない!
「この国にまだそんな物があるなんてね」
「王太后の言いつけで、教会には蓄えがありました。……求められることはなくなりましたがな。王都にあった最後の店も無くなりました。この国はもう終わりでしょうなあ」
終わりでしょうなあ、じゃない!!
「何でこんなことになる前に陛下に進言してこなかったのよ!」
「進言してどうにかなったと?」
大司教の言葉にぐうっ、と黙る。
あの国王陛下に、あのジェム殿下は人の言うことを聞かないだろう。そんな悲しい確信だけがあった。
そして、大司教の言葉に、「お前も姉とハーブを追い出しただろう」と責められている気持ちになった。
終わりだ。本当に終わりだ。
何でよ。私は誰よりも幸せになるために生まれたのよ?
「さあ、行きましょうか」
大司教に促されて、私は部屋の外に出る。
廊下にはズラリと教会の人たちが左右に分かれて私たちを待ち構えていた。
やっと出てきた、と蔑みの表情を見せる者、まだ私の聖女の力に期待する眼差しを向ける者。
どちらにしても私には重い視線。
私はこれからジェム殿下を治すために王宮に連れて行かれる。
でも、きっと治せない。そんなこと私が一番わかっている。そして、大司教もわかっているんだ。
『この国はもう終わりでしょうなあ』
冗談なんかじゃない。本当にそう思っているんだ。
私、どうなるの?
どのみちオスタシスは終わっちゃう。
でもその前にジェム殿下を救えなかったら処刑されてしまうの?
殿下の婚約者で聖女。
私は、特別なんだよね?
まるで処刑場に向かうかのような王宮までの長い、長い道。
大司教の後ろを歩きながら脳裏に浮かんできたのは、今一番思い出したくない人だった。
『ティナ、聖女の仕事は大変だと思うけど、身体に気を付けてね』
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