第23話 遠回りしていたようです
オリヴァー様に手を引かれ、やってきたのは王宮内の庭園。
赤とピンクの薔薇がグラデーションのように綺麗に咲き誇っている。
初めてこの王宮に訪れた時、感動したのを覚えている。
オリヴァー様に手を引かれ、ズンズンと庭園の中に進んで行くと、中央には白いガゼボ。
薔薇に囲まれて、あそこでハーブティーを飲むと楽しそう……!
ロズイエに来てから、ハーブの調合に夢中で、このお庭を散策することも無かった。
「エルダー………」
魅力的な中庭につい見入ってしまったけど、そうだった!
私はオリヴァー様に声をかけられて、ハッとする。
ガゼボではなく、手前にある白いベンチに促され、私たちは腰をおろした。
庭の中心地は、薔薇の甘い香りがよりいっそう心地良く鼻をかすめた。
王都の薔薇園で『サンブカ』としてオリヴァー様と薔薇を見たのは、まだ昨日のこと。何だか不思議な感覚だ。
「えっと………」
しばらく薔薇を眺めてしまったけど、オリヴァー様もじっと薔薇を見つめて、固まったまま。
「あの、先程のことですけど……」
何か言わなくては、と口を開くと、オリヴァー様の肩が揺れた。
その振動が私に伝わり、未だに手を握られていたことに気付く。
慌てて手を離そうとするも、オリヴァー様に力強く握りしめられ、それは叶わなかった。
「あの、オリヴァー様……」
「俺が好きなのは君だ、サンブカ」
話をしようと口を開くと、突然オリヴァー様から信じられない言葉が発せられた。
「え……?」
突然のことに私の思考は止まってしまう。
今、何て……?
「俺の想い人は君なんだ、サンブカ」
金色の瞳に熱を帯びさせ、真っ直ぐに私を見つめるオリヴァー様は真剣な声色。
どうやら、嘘では無い。
えっと、私はエルダーで、オリヴァー様の想い人はサンブカで。サンブカは私でもあり……
「君が、好きだ」
「え????」
ややこしい矢印を頭に描いていた私は、ようやく理解した。
「知らなかったとはいえ、エルダー、君を蔑ろにしてすまなかった!!」
「そ、そんな、私こそ正体を黙っていて……」
私に向かって勢い良く頭を下げるオリヴァー様に慌てて顔を近付ける。
「サンブカ……いや、エルダー、どうか俺と結婚して欲しい」
握られていた手がもう一方のオリヴァー様の手に囲われ、その瞳に絡め取られる。
「えっと、もう結婚してますね……?」
早鐘を打つ心臓に耐えきれず、私は情緒が無いことを口にしてしまう。
あ、しまった。
そう思ったけど、口にしてしまったので、もう遅い。
「ははっ、その通りだな!」
私の返事にオリヴァー様は笑いだしてしまった。
その笑顔に、ドキリとしてしまう。
やっぱり好きだなあ、なんて思っていると。
「言い方を間違えたな。サンブカ、どうか俺と結婚して欲しい。そしてエルダー、俺と離縁する約束をどうか反故にして欲しい」
囲まれた手に唇を落とし、オリヴァー様は懇願するようにこちらを見た。
ええと……
「オリヴァー様はどちらがお好きなんですか?」
あ、違った。
オリヴァー様が二人の名前を出すものだから、ついそんなことを言ってしまった。
オリヴァー様は目を丸くして驚いている。
ああ……可愛くないことを言ってしまった。
私がそんな反省をしていると、オリヴァー様は口元を緩めて、一気に私との距離を詰めた。
「『サンブカ』は『エルダーフラワー』の学術名。どちらも君だろう?」
至近距離でふわりと微笑まれれば、私の頬も染まる。
『サンブカ』に隠された私の本当の名前。オリヴァー様は調べてくれたのだろうか?
「君の母上が付けてくれた、大切な名前だ」
慈しむように、愛おしそうに、私を見て微笑むオリヴァー様を見て、ようやくストン、と私の中に落とし込まれる。
「私も……ロズが……オリヴァー様が好きです……」
「………! 本当に……?」
ようやく自分の気持ちを素直に伝えれば、オリヴァー様が食い入るように私の顔を覗き込む。
ち、近いです……。
赤くなりながらも彼に頷けば、彼の表情はみるみるうちに幸せそうなものに変わった。
その表情をさせたのは私なんだ、と理解出来たのは、いつの間にか私が、彼の腕の中にいたからだ。
「順番が逆になってすまない……エルダー。愛しているんだ」
ロズの、オリヴァー様の想い人は私だった。
その真実が未だに夢なんじゃないかと思う気持ちと、幸せな気持ちが同時に込み上げてくる。
「ずっと俺の側にいてくれるな?」
抱き締められたまま、オリヴァー様の甘い声が耳をくすぐる。
「はい……」
そう答えれば、オリヴァー様の安堵した気持ちが身体から伝わる。
「私たち、遠回りしてたんですね」
ふふ、と笑えば、オリヴァー様も溜息混じりに笑った。
「ロズにも冷ややかに見られて、何やってるんだろうな」
ぎゅう、と強くオリヴァー様に抱き締められれば、胸の鼓動が止まらなかった。
離縁されるはずだった私が、オリヴァー様に愛されていたなんて。
今更の甘さに、心臓がギュッと掴まれる。
でも、初めて通じた想いに、私は幸せで満たされた。
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