第12話 本当にロズのようです
「このバカ息子が!!」
「うるさい! この狸親父!!」
結婚式を終えた私たちは、王宮内のサロンに移動してきていた。
このあと、馬車に乗り込み、国民に私たちの結婚をお披露目することになっている。その準備が整えられるまで、連れられてきた。
「形式から外れたことをするなど、何を考えている!」
「形式、形式、親父はいつまでも古臭いんだよ!」
サロンにつくなり、国王陛下とオリヴァー殿下の言い合いが始まってしまったのだ。
「エルダーちゃん、こちらにいらっしゃい」
王妃様は動ぜず、ニコニコと私をサロンのソファーに手招きした。
オリヴァー殿下がロズだったという真実にまだ動揺していた私は、招かれるままフラフラとソファーに腰を下ろした。
二人がまだ言い合いをしている中、ロジャーが紅茶を目の前に出してくれた。王妃様は優雅に紅茶を飲み、何食わぬ顔をしている。
「いつものことですので、エルダー様もお気になさらずに」
ポカンとしている私に、ロジャーが声をかけてくれた。
「いつも……」
そう聞くと、何だかおかしくなって、ふふふ、と口に出してしまった。
「エルダーちゃん?」
「あ、申し訳ございません! 王家と言っても、普通の親子のようにこんな言い合いもなさるんだなって、嬉しくなってしまって」
「まあ」
笑ったりなんかして、失礼だったかな?
そんな心配をしていると、王妃様は嬉しそうにふわりと微笑んだ。
「陛下とオリヴァーはいつも価値観の違いからぶつかってばかりなのよ。でも、それが悪いこととは思っていない。エルダーちゃんにもわかってもらえて嬉しいわ」
王妃様はいつもの可愛らしい笑顔で微笑んだ。
さすが、どっしりと構えていらっしゃる。
「とにかく、お前はエルダー嬢と夫婦になったのだから、その平民の女のことは忘れることだ!!」
王妃様とほんわかな空気の中、横で陛下から怒号が飛んだ。
「エルダー嬢、いや、エルダー、本当に愚息が失礼で申し訳ない」
「いえ……」
国王陛下は私に申し訳無さそうに声をかけた。
一国の王に謝罪されるなんて、こちらこそ申し訳ございません!!
オリヴァー殿下の方を見ると、彼はそっぽを向いて、部屋の隅に立っていた。
とにかく、ロズの正体はオリヴァー殿下だった。私も伯爵家の者だと隠していたので、誰にでも事情があることはわかっている。
隣国の王子が他国の街中を歩いているなんて危険だものね。
そして、ロズには婚約者はいなかったけど、好きな人がいた。
その事実に、胸がチクリとした。
私はオリヴァー殿下に身を引くと宣言してしまっている。もう後には引けない。
覚悟していたのに、少し悲しい気持ちなのは、気のせいだろう。元より一人で生きていこうと思っていたのだ。
◇◇◇
「おめでとうございます!」
オリヴァー殿下と馬車に乗り込んだ私は、王都を巡りながら、ロズイエの国民から祝福を受けていた。
ベールは下ろされたまま。
「この国の市井で生きていきたいと願っているとロズに聞いている。だったら国民に顔を晒さない方が良いだろう」
馬車に乗り込む時、オリヴァー殿下に言われたからだ。
オリヴァー殿下は国民に笑顔で手を振っている。
さっきまで、国王陛下と喧嘩をしていた素の顔とは違う。“王子様”の顔だ。
私の知っている、ロズの顔とも違う。
ロズはわたしにとって友人だったけど、“男の人”だったのだと、今になって気付く。
本当にロズなんだなあ……。
「どうした?」
そう思ってオリヴァー殿下の横顔を眺めていると、視線に気付いた殿下がこちらに顔をやった。
私はふるふると首を横に振った。
あまり話して私が『サンブカ』だと知ったら、彼は増々気に病むかもしれない。
彼と想い人の邪魔だけはしたくない。
そう思った私は、殿下に私が『サンブカ』だと知られてはいけない、と思った。
だから顔を晒さなくて良い状況にホッとしていた。
「……あなたの申し出、ありがたく思っている。あなたには申し訳ないが、俺は愛する人を諦めきれない……」
オリヴァー殿下はぽつり、ぽつりと申し訳無さそうに話してくれた。
私はひたすら首を振って答えた。
「その代わり、あなたが望む生活を手助けしたい。店を構えることだって……」
「!」
私は思い切り首を横に振った。
お店は、『ロズ』であるオリヴァー殿下のおかげで、このロズイエの国に持てることになっている。
いつか、いつか離縁されて、『サンブカ』としてお店に戻る時、彼には本当のことを話そう。
私のお店の手配が出来たのはこの国の王子だったからだ。一人納得をして、王子なら気軽にお店に顔を出すことも出来ないだろう。だから、いつかその時が来たら、本当のことを話そう。
私は心の中でそう誓った。
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