第10話 お義母様は可愛い方です
「御用があればお申し付けくださいませ」
明日結婚式を控える私は、城内の客間に通された。
品の良い調度品が揃った広い部屋に、びっくりしてしまった。
オスタシスでも王城に通っていたけど、主にハーブの調合と、ジェム殿下とのお茶会のため。
「人生でこんな経験が出来るなんて……!」ふ
広い部屋を見渡し、フカフカのベッドにダイブする。
令嬢としてはしたないかもしれないけど、私はもう平民みたいなものだと思っている。
「誰も見ていないし、良いよね?」
先ほどメイドが出ていった扉を見てから、ベッドに大の字になった。
それから起き上がり、持ってきたトランクを引き寄せ、中を開ける。
私は一つのスプーンを取り出した。
母から譲り受けた計量スプーン。
仕事で使うほとんどの物は、エミリーに任せたけど、これだけはいつも身につけている。
大事な商売道具で、母の形見。
その銀色の縁を撫でながら、今後のことに思いを馳せる。
「ロジャーは、オリヴァー殿下に手紙を届けてくれたかしら?」
殿下はどう思っただろう?
愛する人のために奔走されてきた方だもの。きっと私の気持ちもわかってくださるわよね?
「良いなあ……」
思わずポツリと溢してしまう。
そこまで愛される、その方が羨ましい。
私には、愛してくれた母やエミリーがいる。
でも、異性に愛されるってどんな感じかしら?
ふと、ロズの顔が思い浮かんだ。
「大国の商人の息子なら、きっと婚約者とかいるわよね」
ロズとは、ハーブの話ばかりで、お互いのことは話してこなかった。
私も伯爵家の娘だということを隠していたし、ロズも聞いてきたり、自身の話をしたりもしなかった。
「エミリーも着いた頃かしら……」
ロズから、ロズイエ王国でお店を出さないかと提案されて、本当にありがたかった。
それと同時に、簡単にお店を整えられる彼は、かなり大きな家のご子息なんだろう、と想像が出来た。
そんなモヤモヤした思いを抱えながら、ベッドでゴロゴロしていると、部屋の入口からノック音が聞こえた。
「は、はい!」
返事をすれば、そこから顔を覗かせたのは、王妃様だった。
「エルダーちゃん」
「お、王妃様?!」
驚く私に、王妃様はふふふ、と可愛く笑ってみせた。
「お義母様って呼んで欲しいわ?」
「えっと……結婚式は明日で……」
「お・か・あ・さ・ま」
「……お義母様……」
にっこりとしながらも、強い圧に負けて、『お義母様』と呼べば、王妃様は満足そうに微笑んだ。
「嬉しいわ〜。ライアンの相手も聖女なんだけどね、オリヴァーにも聖女が嫁いで来てくれるなんて!」
両手を合わせて、無邪気に笑う王妃様は、気さくに私のベッドの横に腰を下ろした。
ライアン様というのは、この国の第一王子殿下。この国の聖女様とご結婚されている。
その方は、ハーブティーを調合する方ではなく、ティナと同じ、文字通り癒やしの力を使える聖女のことだ。
「実は、エルダーちゃんに相談があって来たの」
「相談ですか?」
可愛らしく微笑んでいた王妃様は、眉を下げて困り顔で言った。
「口の中にできものが出来て痛いの。明日はあなたたちの結婚式だっていうのに! 治せるかしら?」
「ああ、それならローズヒップを使えば治りますよ」
王妃様の問いに、私は笑顔で答えた。
「でも、ローズヒップって酸っぱいでしょう? 私、酸っぱいのダメなの」
「それは、ローズヒップはハイビスカスと一緒に調合されることが多いので、そういう印象なのですが、ハイビスカスが酸っぱいのであって、ローズヒップ自体はそんなに味はありませんよ」
「え、そうなのお?!」
眉を下げていた王妃様は、私の説明に興味津々な顔で聞いてくれている。可愛らしい方だ。
「ええと、私の手持ちのハーブで何とかなりそうなので、調合しましょうか」
「いいの?!」
私の提案に、王妃様はぱっと顔を明るくした。
調合室に行くまでもなく、今あるハーブでぱぱっと作れちゃうので、そんな提案をしてしまったが、王妃様である方に失礼だったかな…と心配になってしまった。
でも王妃様は、期待の目で私を見つめていた。
信頼されているのがわかって、私は何だかくすぐったくなった。
私は、ハイビスカスを避けて、飲みやすくなるように、ローズヒップを含んだハーブティーを調合した。
「そのスプーン……」
調合中、王妃様が私のスプーンをまじまじと見て、そう言った。
「母の形見なんです」
「そう……」
王妃様はそれだけ言うと、優しく微笑んだ。
「出来ましたよ」
王妃様のための、ローズヒップたっぷりブレンドハーブティーを差し出す。
「ありがとう、エルダーちゃん!!」
ギュッ、と私を抱き寄せた王妃様からは、薔薇の良い香りがした。
「本当にあなたが来てくれて良かった」
オスタシスでは『魔女』と蔑まされ、人から感謝されることなんてなくなっていた。
私の生きがい、大好きなハーブでこんなに喜んでくれる人がいる。
それを実感した私の目からは、涙がこぼれ落ちた。
「あらあら」
王妃様は私を抱きしめたまま、背中をさすってくれた。
このロズイエ王国は、温かい人たちばかりだ。
この可愛らしくて優しい王妃様を見て、私はこの国でなら生きていける、と確信をした。
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