第4話 常連さんは気になる人です
翌日、私はエミリーに事情を話して、店を畳む準備をしていた。
この跡地には宝石店が入ることに決まった。
お店を売ったお金はエミリーに退職金として渡そうとしたら断られたけど、隣国の王族に嫁ぐから私は大丈夫、ということで何とか受け取ってもらえた。
「サンブカ!」
店の片付けをしていると、開け放たれたドアの外から声がした。
「ロズ!」
このお店の常連さんだ。
赤みがかった茶色の髪の毛が太陽に照らされてキラキラとしている。
ちなみに、『サンブカ』とは、仮にも令嬢の私が、身分を隠して働くための偽名だ。
「いつものやつ?」
「ああ。今日は暑いな」
ロズはロズイエ王国の商人の息子で、海外をあちこちと飛び回っている。
彼と出会ったのはちょうど二年前。
店の近くでうずくまっていた彼をここに連れてきたのが始まり。
それ以来、よく私の調合したハーブを買い付けに来てくれる常連さんだ。
このお店が何とかやっていけてたのは、ロズとの取引が大きい。
「はい、ミントを調合したやつ。こっちが甘いので、こっちが飲みやすいのね」
「ああ、ありがとう」
私は調合したハーブの袋をロズに手渡した。
その時に、少し指先が触れて、慌てて手を下げる。
「ご、ごめん」
「ううん……」
二人して顔を赤くしてしまい、沈黙してしまう。
ロズは一緒にいると楽しい数少ない友人の一人。
そう、友人の、一人……。
「あ、そうだ、このミントティー、ロズイエで凄く好評だよ。熱中症患者が減ったとか」
「そうなんだ! 嬉しい!」
場を和ませるために話題を変えたのだろうけど、ロズの話に、私は顔を輝かせた。
「俺も助けられたもんな」
「ふふ、あのときはびっくりしたなあ」
そう。出会った時に店の近くでうずくまっていたロズも、熱中症になっていた。
この国の夏は、暑い。照り付ける太陽に、気分が悪くなる人は毎年多くいる。
ミントは体感温度を下げてくれる優秀なハーブなので、夏はこのブレンドが人気だった。
ハーブティーで水分補給を、が口癖だったこの国も、今は聖女の力のおかげで、口にする人はいなくなった。
「サンブカ?」
懐かしい思い出と、今の現状に少し暗くなっていると、ロズが心配そうに顔を覗き込んだ。
あ、いけない。話の途中なのに。
「ごめん、何だっけ?」
「今年はもっと必要になりそうなんだ。また一週間後にお願い出来るか?」
「一週間後……」
ロズの依頼に、ちらりと店を見渡した。
私たちが話す間もエミリーはせっせと片付けをしてくれていた。
「移転でもするのか?」
積み上がるダンボールに初めて気付いたロズは、心配そうに尋ねた。
「ううん、このお店、畳むことにしたの」
心配させないようにそう言って微笑んでみれば、ロズの表情も曇った。
「ごめんね、せっかく必要としてくれているのに」
私の力で助けになれる人がいるのに。
私は三日後には隣国に嫁がなくてはいけない。
「だったら!」
申し訳なくて俯いていると、ロズが私の肩を掴んで言った。
「ロズイエでこの店をださないか?」
「え……?」
急な提案に私は固まった。
真っ直ぐに見つめてくる、彼の綺麗な金色の瞳は、至って真剣だ。
「そんなこと、出来るの……?」
その真剣な瞳に、私は思わずそんなこと口にした。
私の言葉にロズははっとして、肩から手をどけると、真剣な瞳のまま話してくれた。
「あ、ああ! 俺にはその伝手があるし、何より、ロズイエは君のハーブを求めている!」
ロズとは知り合って二年だけど、お互い仕事に誇りを持っていることで話が弾んだ。
ハーブの話でもよく盛り上がり、ロズイエ産の薔薇の商品も、実は二人で語り合って出来た物なのだ。
ロズは私にも権利料を払うと言ってくれたけど、商品の実現までこぎつけたのはロズなので、丁重にお断りした。
こうして定期的に大口注文を入れてくれているのだから、それだけで有難かった。
「お願いします」
そんな信頼できるロズだから。私は彼を頼ることを決めた。
「本当に?!」
私の返事に、ロズは嬉しそうに笑った。
すごく仕事熱心で、優しい人だ。
「でも、店主はエミリーにしたいの」
「え」「え」
片付けをしていたエミリーとロズの声が重なる。
「私は調合に集中したいから、信頼できるエミリーにお店を任せたいの」
私がロズにそう言うと、彼は「それなら」と快く頷いてくれた。
諸々のお店の手配をロズがしてくれることになり、片付けていた荷物はそのままロズイエ王国に送られることになった。
……くしくも三日後に。
「俺はその日、仕事があるから手伝えないけど、人を寄越すから」
何もかも手配を整えてくれるロズに感謝しかない。
……三日後は私もロズイエに嫁ぐ日だから、逆に良かったのかも……。
国同士の結婚を商人であるロズにベラベラと話すわけにもいかず。
ごめん、落ち着いたら必ず話すから……!
私は心の中でロズに謝罪した。
「落ち着いたら、迎えに行くから……」
「え?」
ポツリと呟いた彼の言葉が聞き取れず、私が首を傾げると、ポン、と頭に手を置かれた。
「何でもない。サンブカは何も心配するな」
クシャッと笑った彼の表情に思わずドキリとしてしまう。
もう二度と会えないかもしれない彼の笑顔を、私は胸に焼き付けるように見入った。
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