第3話 魔女と呼ばれています
そもそも、何故私が『魔女』と呼ばれるようになったのか。そこに触れておきたいと思う。
私は6歳の時に、この国の第二王子、ジェム・オスタシス殿下と婚約した。
もう他界された王太后様が、私を推したらしい。
このオスタシスでは昔から、ハーブの調合が盛んに行われていて、それを扱うお店も王都にひしめくほどにあった。
ハーブの加工を独占しているロズイエ王国からドライハーブを輸入し、調合に優れたオスタシスのブレンドハーブティーを輸出する。
両国の関係は良好で、大国のロズイエと渡り合えていたのも、この貿易関係があったからこそ。
オスタシスの中でも母の腕は国一番で、王室御用達としても取り立てられていた。それを私が引き継ぐ形になった。
それが崩れたのは、三年前。
ティナが聖女の力に目覚めてからだ。
「エルダー・ジンセン、君との婚約を破棄する」
婚約者のジェム殿下に突然言い渡されたのは、ティナが聖女として王宮に通うようになってから一年後のことだった。
「殿下、この婚約は王太后様が取り決めになられたこと……。そんな簡単に反故にすることなど…」
ジェム殿下の隣には、彼の腕を掴み、微笑むティナが何故か立っていた。
「僕は、この国の聖女、ティナと婚約をする。父も母も認めてくれた!」
自信たっぷりにそう告げたジェム殿下は、王族特有の銀髪をかきあげながら言った。
「そんな一方的な……」
第二王子であるジェム殿下は、両親である現国王夫妻に甘やかされている。
とはいえ、決められた婚約を王子の我儘で簡単に翻してしまうなんて。
「ティナは素直で可愛くて、お前とは違う! 僕はティナを愛しているんだ!」
「まあ、殿下………!」
私は何を聞かされているのだろうか。
ジェム殿下は私に不満があったらしい。ティナはうっとりと殿下の顔を見つめていた。
「わかりました。婚約破棄を受け入れます」
「なっ…?!」
亡き王太后様にはご恩もあるし、殿下を支えようと決意していた。しかし、お互いに愛がないことはわかっていた。結婚とはそういうものだし、それでも誠意を持って接すれば、愛も芽生えると思っていた。
「今までありがとうございました」
私は殿下に深く礼をした。
殿下と通じ合えなかったのは残念だけど、私の努力も足りなかったのだ。愛するティナと幸せになれるのなら、殿下にとってはその方が良いと思う。うん。
顔を上げると、ティナが何故か顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
どうしたのだろう?
「ジェム殿下は、お姉様が作るハーブティーに辟易していたのよ!」
「えっ」
ティナの言葉に思わず声が出てしまう。
ジェム殿下は、甘やかされているせいで偏食が凄い。殿下の健康を考えて、私はよく調合したハーブティーを出していた。
母の代から、王族へのハーブの調合を任されていた。そのことに私は誇りを持っていた。
ジェム殿下の方へ視線を送れば、ティナは喜々として囁いた。
「殿下も言ってやってください。姉の作る物に我慢ならなかったって」
ティナに促された殿下は、私をキッと睨むと、
「いつもいつも口うるさく不味いもの飲ませやがって! 僕は好きな物を食べて良い立場なんだ!」
「そうですわ、殿下。あなたはそれを許される立場なんですわ」
流石にショックだった。ジェム殿下の身体を労って、体調に合わせて調合にこだわってきたのに。
「申し訳ございませんでした……」
でもそれも私のエゴだったのかもしれない。
私は再び殿下に頭を下げると、王宮を後にした。
「この魔女め!!」
「まあ、それは傑作ですわ」
私の背にそんな罵声と笑い声が聞こえてきたけど、気にしないことにした。
私はティナみたいに、結婚に固執はしていない。ハーブと関わって生きていければ、それで良い。
それから、私は王室の調合係を解任されたけど、自分のお店でハーブの調合をして、生計を立てた。
社交界で、私の『魔女』としての噂は瞬く間に広まり、貴族からエルダー・ジンセンへの依頼はすっかり無くなってしまった。
それでも、王都にあるお店は、『平民』として立場を隠してやっていた物なので、細々とやっていけた。
ハーブは身体の不調を治す薬として、この国に浸透していたので、無くてはならないものなのだ。
王室御用達ブランドのエルダーとしての仕事が無くなっても、王都のお店があるから幸せだった。
でも、その幸せも徐々に崩れていった。
ティナの聖女としての力は、王国中に広まり、皆聖女の奇跡を求めるようになってしまった。
派手に着飾って、大々的に儀式をするティナに、国中が注目をして、期待した。
皆が聖女の力を求めるようになり、ハーブは見向きもされなくった。
そして、次々に王都の店は畳まれていき、残ったのは私のお店だけ。
聖女の奇跡に多大な寄付金を払えない人たちのために、何とか格安でハーブの調合を販売してきたけど、経営は火の車だった。
使うハーブはロズイエの輸入品。何とか頑張っていたけど、遅かれ早かれ、お店は畳まないといけなかったのかもしれない。
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