目指せ来場者1000万人――天空島に作ろう異世界総合リゾート――

茄子大根

第1話1.1 プロローグ


「創造主様。どうか我々をお助け下さい」


 日の光を浴び、ステンドグラスが輝く神殿で一人の少女が祈っていた。


「エーテルの残量が残り一メモリとなって、もう一年。あのメモリが消えた時、我々が、いや、この島自体がどうなってしまうか……」


 閉じていた目を見開いて少女は目の前に立つ男の石像を見つめる。だが、石像である男が返事をすることはない。

 それでも少女は言葉を紡ぐ。


「どうか、どうか、お願いいたします。私の身がどうなろうとかまいません。皆に託されたこの島の未来を――お救い下さい」


 少女は頭を床に押し付けるように祈る。

 これが少女の日課だった。この島で唯一、活動を許された知的生命体である彼女の。

 しばらく後、少女は立ち上がった。悲しげな表情を浮かべて。

 

 実のところ少女は諦めかけていた。10年もの間たった一人で祈り続けても誰も助けに来てくれないのだから、仕方のないことだった。

 踵を返して歩き始めた少女は神殿の扉を開ける。


 するとそこに――

 

「うぎゃぁああああああ! たーすーけーてーくーれー‼‼‼‼‼」


 耳をつんざくような悲鳴が少女の耳に届いた。

 驚愕あまり目を見開いた少女の目から涙があふれだした。喜びの涙が。


「ああ、救世主様が来て下された! ああ、ああ……」


 両手を合わせ声の方へ祈っていた少女だったが少しして気づいた。救世主であろう人物が叫んでいた言葉を。

 その内容が、助けてくれ、であったことを。


 少女は声のした方角へと一心不乱に駆け出した。




「社長、本気ですか⁉」


 浮嶋守、39歳は、本社からかかって来た電話に絶望し絶叫した。日本に帰るための飛行機を空港で待っている時だった。


「ああ、本気だ」

「いや、しかし、俺は、かれこれ5年以上日本に帰ってないんですよ。だから、この仕事終わったら休暇取るって言いましたよね。社長も承諾してくれましたよね」

「ああ、聞いた。承諾もした……でも、頼むよ。マモル君が一番近い――じゃなくて、マモル君にしかできない仕事なんだ」

「今、一番近いって……」


 本音がバレバレの社長の言葉にマモルは項垂れる。社長は取り繕いだした。


「いや、本当にマモル君が適任なんだ。近いのも確かだけど。他の連中は、日本にいるか、ヨーロッパだし。ね、ね」

「はぁ」


 猫なで声を出す社長にマモルはやる気のない返事をする。それを聞いて社長は喜んだ。


「そうか、引き受けてくれるか。いや~、助かるよ。先方はとても急いでいてねぇ。すぐに来てくれー、って。いや、本当に助かるよ。あ、休暇について先方にも伝えたら現地で取ってくれていいて言っていたよ。大洋に浮かぶ小さな島国だけど、相手は王族だから、きっと素晴らしい『おもてなし』をしてくれるに違いないよ。美人も多いって噂だし~、うらやましいなぁ~」

「はぁ~、分かりました。でも、これだけは約束してください。そろそろ両親の7回忌なんです。帰ったら墓参りだけは行かせてもらいますからね!」


 勝手に進んでいく話にマモルは逆らうことを諦めて最低限の要求だけを口にする。


「おっけ~。おっけ~。その件が済んだら、五日でも十日でも墓参りしていいから~。よろしく~!」


 テンション高く声を上げ、社長は電話を切る。また日本に帰れないな、と項垂れるマモルはスマホを手にぼそりとつぶやいた。


「で、どこに行けばいいんだ?」


 肝心なことを言わずに電話を切ってしまう、社長の癖だった。


「もともと滑り台作っていた日本の弱小企業が、ベガスやマカオなんかの金満リゾート開発に食い込んでいるんだからやり手の経営者なんだけど……」


 ため息を一つついたマモルはスマホのメッセージを探る。そして、会ったこともない、多分、若い秘書から送られてきていたメッセージに従い指定の飛行機に乗り込んだ。




「パイロットさん! この飛行機、大丈夫なんですか‼」


 乗り込んだ飛行機の中で、マモルは仕事道具であるパソコンが入った鞄を抱きかかえて叫んでいた。


「え⁉ トイレは我慢して。この機には付いないよ」


 マモルの問いにパイロットは的外れな答えを返す。彼はマモルの言った内容を一切理解していないようだった。だが、それも仕方がないことだった。

 雷光が真横を走り雨が斜め下から振る最悪の天候の中を、フードが付いているとはいえレトロな二人乗り小型機が飛んでいるのだ。


 騒音が大きすぎて、とても会話が出来る状態ではなかった。でも、マモルは聞かずにはいられない。雷光が通り過ぎるたびに機体からバリバリと嫌な音がして、いまにも分解するのではないかと気が気ではなかったから。


「あと、どれぐらいで到着しますか?」

「え⁉ 大きい方は勘弁してよ。シート洗うの大変なんで!」


 相変わらず、トイレの話しか返してこないパイロットをマモルは睨んでしまう。だが、睨まれたパイロットはというと、トールへ向けて親指を上げるだけ。

 ミラーから見える表情から推察すると、大きい方を我慢して渋い顔をしている――と思われているマモルを応援しているようだった。


――本当に、大丈夫なのか⁉


 心配は尽きないが、会話は無理、と諦めてマモルは外へ目を向ける。せめて雲の切れ間でも見えれば安心できると思っての行動だった。

 だが、どこまで目を凝らしても雲の切れ間など見える気配すらない。代わりとばかりに、バリバリバリ、とすぐそばを雷光が通り過ぎた。

 

――社長、これで死んだら恨んで出ますよ!


 今頃、東京のデスクで、アイツちょろいからなぁ~、などと高笑いしながら秘書とお茶でも飲んでいるであろう社長の顔を思い浮かべたマモルは、怨嗟の念を送りながら、ぐ! と仕事道具であるパソコンが入った鞄を持つ手に力を入れる。

 その時。


 ビービービー


 飛行機から不吉な音が響いた。


――何の警告音だ⁉


 マモルは顔をゆがめて前方にいるパイロットを見つめる。そこに叫び声が届いた。


「射出装置の故障だって?」


 オーマイーガー、と続く声を聞きながらもマモルは若干胸をなでおろしていた。

 エンジンのような墜落につながる致命的な故障ではなさそうだったから。


 だが、しかし、残念ながら、マモルの予想とは裏腹に、事態は悪い方へと転んだ。


 バン!


 何かがはじける音と共にマモルの上のフードが吹き飛んだ。


――まさか!


 顔に吹き付ける横殴りの雨の中、辛うじて目を開けてパイロットを見る。するとパイロットはさっきと同じように親指を上げていた。


「グッドラック」


 パイロットの真剣な声がマモルに届く。

 瞬間! マモルは、座席ごと飛行機から放り出された。


――昭和のマンガじゃないんだから!


 信じられない物を見るようにマモルは飛行機を見送る。その耳には、雷と強風の音と。


「座席の掃除は必要ないな、けど、代わりの座席を買わないと」


 パイロットの声が聞こえた。


「うぎゃぁああああああ! たーすーけーてーくーれー‼‼‼‼‼」


 放り出された上空でマモルは声がかれるほど叫んでいた。荒れ狂う雷雲の中に生身で放り出されたら誰だってそうするだろう。

 助けなど来るはずないと分かっていても。


 だが、しばらくしてその声は止まった。気づけば雷は遠のき雨も止み始めていたから。

 さらには。


 ぱっ!


 パラシュートが開かれることにより落下速度は減速し始める。

 ここに来てやっと恐慌状態から復帰したマモルは状況を確かめだした。


――かなり上空を飛んでいたはずだが、思ったより地表が近いな。それに下は海じゃなく地面だ! これなら助かりそうだ


 見えてきた地表を確認してマモルは安堵の表情を浮かべる。そして改めて辺りの観察を始めた。


――ほぅ、独立峰に雪が被る、か。富士山みたいだな。他は、湖に森に……城?


 マモルの目を引いたのは、ドイツの古城によく似た形――だが、作られてから数年とたっていなさそうな真新しい白亜の城だった。

 

「おぉ、景色に溶け込むいい城だ。テーマパークにしたら千客万来だな」


 仕事柄世界中のリゾートを見てきていたマモルですら見入ってしまうような情景だった。


「今後の仕事のためにも写真を……」


 マモルはスマホを出そうとポケットへ手を突っ込もうとする。だが、装着したシートベルトが邪魔で手を入れられなかった。

 そこで、ようやく思い出した。パラシュートで落下中であることを。

 瞬間! 暗くなる視界。


 バリバリバリバリー!


 聞こえてくる音と木の折れていく衝撃。

 マモルは、やばい! と思うが、もう手遅れだった。


「うぎゃぁああああああ! たーすーけーてーくーれー‼‼‼‼‼」


 マモルは再び絶叫するしか出来なかった。


 


 しばらくして、落下が止まったマモルの眼前には地面があった。手を伸ばせば届きそうな場所に。


 パラシュートが木に引っかかって落下は止まっていた。


「は、はは、死ぬかと思った」


 マモルはつぶやき、額の汗だか雨だか分からない物をぬぐう。普段なら何てことの無い行動だった。

 だが、マモルは自らの状況を、未だ命の危険がすべて無くなっていないことを気にするべきだった。


 バキ!


 木が折れるような音がマモルの耳に届く。

 その後、マモルは地面と強烈なキスをして意識を失った。


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