第4話 金町春

 そのコンセプトカフェとやらの扉を開くと、元気に「いらっしゃいませ」という声がした。私ははっとする。この声、とても聞き覚えがある。それは颯斗くんも同じだったようで「この声って……」と呟いた。私はその声の主を見る。そこにはアニメのコスプレをした女子がいた。私がクラスでいつもつるんでいるグループの一人、風間由かざま ゆかりだった。


 「え、なんでハルが?」由は少し戸惑ったように言う。


 「それはこっちの台詞だよ。由、だってまえバイトしている場所を言っていたけど、食品工場の裏方だとかって言ってたじゃん」

うん

 「そ、そうだよね。ウソ突いてた」由は少し申し訳なさそうに笑っていた。


 「またどうして」


 「……うん。ハル、コンセプトカフェに来てるくらいならぶっちゃけても良いよね。わたし、アニメ大好きなの」


 「へえ、そうなんだ。私も嫌いじゃないよ、別に」


 「ホント?」そう言うと由は嬉しそうに話した。「アニメが好きなオタクだって知られたら、グループから外されそうだって思って、怖かったんだよ」


 由はそんな風に言って喜んでいた。わたしと同じじゃん。好きを好きと言えない。特殊なコミュニティーのせいで。


 「そんな好きなものを偽るなんて息苦しいって。私さ、今日颯斗くんに気がつかされたの」


 「はや……あ、隣にいるの北村くん!?」今さら気がついたようで由は驚いていた。「え、まってよ。どういう関係?」


 あーあ、訊かれてしまったと思いつつ、わたしは口を開く。


 「付き合ってる」


 「え、ちょっと待ってよ、いつから?」


 「今日私が告白した」と言いきった。


 そう言うと、由は「良かった」と言って笑顔を見せた。


 「良かった?」私が思わず聞き返すと由はうん、という。


 「だってさ、気づいて無いかもだけど高橋先生がハルのこと好きっぽかったからさ。どうしても私さ、ハルが高橋先生と付き合うのは嫌だったから北村くんと付き合うことになったって滅茶ホッとした」


 「え、マジか高橋……。私高橋のあの仲良くない生徒を見下してる感じが嫌いすぎて無理だけど」


 「だよねー」そう言うと由は胸を撫で下ろすようにふうっと息をはくと「取り敢えず、席をご案内しまーす」と気を取り直したように言った。


 案内されたカウンター席に座ると、颯斗くんがメニューを開いた。


 「そう言えば金町さんは夏を駆けるって知ってるの?」


 「あんま知らない。でもこの主人公が確かミナサトさんとかって言うんだよね」


 「うん、そうそう。僕も正直1話を観たくらいなんだけどまあ、別に口に入るものだからなんでも良いか。僕はこのウインナーコーヒーにしよう」


 「わたしはホットケーキにしよう。ねえ由、決まったよ」


 「はーい。なになにG坂喫茶店の特製ウインナーコーヒーとミナサトの3時のホットケーキだね。分かったよ……。ところでさ、後で時間ないかな。4時になったらシフト終わるからさ」


 私はスマホの時計を見る、今は2時だ。食べて飲んだあと、ちょっと時間潰せば良いだろうと思った。


 「いいよ。でも、颯斗くんどうしよう」私がいうと


 「いいよ、僕は帰るよ」と言った。だが由がそれを制した。


 「いや、北村くんにもちょっと用事があるんだよ。面倒だけど、いいかな?」


 「帰っても用ないし、いいよ」颯斗くんは頷いた。しかし、颯斗くんに用事って一体なんだろう?



 飲食を済ませて、カフェを出ると3時頃だった。私たちは近くのカラオケ屋で待ち合わせすることにした。私はボウリング場を提案したが、ボウリング場なら下手したら知り合いに鉢合わせになるかもと由がカラオケ屋を指定した。別に良いけど、今日付き合い始めたカップルがいきなり個室で二人っきりというのはなかなかハードだ。


 「何か歌う?」私は颯斗くんに訊いた。


 「そうだなあ、いま流行ってるやつといえば、神っぽいなとか」


 「知ってる。あの人の曲でしょ、ほら、キノピオピー」


 「ピノキオピーだね。いや、でも嬉しい。TikTokの曲じゃんっていうのかと思った」


 「いや、私TikTokとか観てないし」そう言うと、颯斗くんはふと思い出したように訊いてきた。


 「そう言えばさ、金町さんって何が好きなの?っていうか趣味っていうか」

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