恋の棘

スミンズ

第1話 北村颯斗

 「颯斗はやとくん、やらせてよ」


 様田高校2年6組、即ち僕のクラスメイトの金町春かなまち はるが言った。


 誰もいない昼の学校の教室。僕は夏休みだというのに接点もない金町に、LINEでちょっと学校に来て欲しいといわれていた。嫌な予感はしていたが、まさかたった二人きりだとは思わなかった。


 「やらせて、ってなんのこと?」僕は恐る恐る聞く。


 「わからないわけないでしょ。セックスだよ。セックス」金町は少しイラついたように言う。そして、長く揃えた茶髪を手でクリクリと掻き回していた。


 「別に、僕は金町さんとその……したいとも思っていないんだけど」


 そう言うと金町は予想外の返答だと言わんばかりに顔をしかめた。僕はふと訊ねる。


 「罰ゲームかなにかなの?」


 「罰ゲームではないよ」金町はかなり力強く否定した。そして、金町は僕との距離をぐっと近づけて、いきなり僕にハグをした。金町の胸の感触が直で伝わってくる。そして、金町はその勢いのまま近くの机に僕を押し付けると、むりくり僕のポロシャツのボタンを外し始めた。


 「やめてよ」僕は少し恐ろしくなって、金町に声をかける。だが、金町はもう狂っていた。息が荒くなっていた。それはきっと興奮して息を荒げているのではない。なにか焦っているのだ。僕は瞬時に悟った。


 「ねえ、金町さん!」僕は少し強めに金町の胸を両手で押し上げた。すると、金町さんは思ったよりも強く吹っ飛んでしまった。金町さんは隣の机に体をぶつけ、机ごと倒れていった。ガシャンという大きな音がした。


 それから数秒して、「誰かいるのか?」というのっそりとした声と共に、学年主任の高橋が教室に顔を覗かせた。そこには、シャツをはだけさせ立つ僕と、机の下敷きになった金町がいた。



 高橋先生はそのまま僕らを多目的室に連れ込んだ。そして開口一番「何があった」と言った。気のせい、では無いだろう。あからさまに高橋先生は僕に目を付けていた。それはそうだ。机の下敷きになるという、ある意味正に被害者の格好をしていたのが金町さんだ。ならば僕の格好は加害者だった。それだけではない。高橋先生は金町さんのいるグループと仲が良い。そして僕のような静かにしてる生徒を軽く見ている。だから、確実に僕は目の敵にされているのだ。


 高橋先生は静かに声を出す。


 「何をしたんだよ。北村颯斗!」そう言って怒鳴った。この怒鳴りは先生としての怒鳴りじゃないなと僕はすぐに勘づいた。金町さんじょせいを守りたいという、男の願望からくるものだ。汚い大人だなと僕は心のそこで舌を打つ。


 すると、金町が口を開いた。


 「レイプしようとした」


 すると高橋は「北村、お前どうやら死にたいようだな」と、教師とは思えない台詞を吐いた。それから続けるように、金町が言う。


 「私が颯斗くんを襲った」


 「私が?」高橋はずっと僕に睨んでいた目を金町に向けた。


 「そう。私が颯斗くんを無理やり誘って、無理やり服を脱がそうとした。颯斗くんとセックスをしたいから」そう言うと高橋はキョトンとした顔をしていた。そして高橋は思わず、こう言葉を発した。


 「こんな男と?」


 「そうやってすぐ言葉に出す高橋先生が私は昔から大嫌い」そう言うと金町は僕の方を見た。


 「颯斗くん。本当にごめん。めちゃくちゃなことして」


 「こっちもごめん。強く押しすぎた。怪我ない?」


そう言うと金町は少し笑みを浮かべた。そうしていると高橋は突然「おい」という声を発した。


 「北村、それに金町。これは議題にあげるぞ。許される行為ではない」


 そう言う高橋は悔しそうな顔をしていた。


 金町はふっと笑った。


 「問題にしてもらっても良いですけど、そのときは颯斗くんに暴言言ったことも言いますよ」


 そう言うと高橋は歯軋りを立てた。そして金町は突然僕の手を握ると、「行こう」と言って歩き始めた。僕はなすがまま金町に付いていく。



 高校を出て、近所の公園に着くと、金町は「ごめんなさい」とかなりのボリュームで発し、お辞儀をしていた。


 「こっちもごめん。まだ状況がよく飲み込めないんだけど」


 すると金町は少し涙目になって「そうだよね」と呟く。


 「下らない話なんだけどさ、処女と童貞っていう言葉があるじゃん。私たちのグループでさ、処女や童貞ってあり得ないよねって話になったの。私さ、それでうん、そうだねって頷きながら聞いていたんだけどさ、本当は処女なんだ。だけど、話に合わせないといけないなってなって、誰かとセックスしようって思った。けど、その手順みたいなのが分からなくてさ……。もう、颯斗くんは私に幻滅しただろうけどさ、実は颯斗くんのこと、好きだった。それに颯斗くんは抵抗できない人間だと思っていた。だから、もう襲ってしまおうってなったの。屑だよね」


 「うん。僕もちょっと怖かったよ」


 そう言うと金町は目線を下げた。


 「だけど素直に好きだって言ってくれれば、とても嬉しかった」

そう言った。

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