氷の女王と炎の勇者

高樹シンヤ

氷の女王と炎の勇者

「おのれ! 炎の勇者め! 私が、このシルドラが一体なにをしたというのだァァァ!」

 奴は私に炎魔法を浴びせた。私の弱点は炎の魔法。溶ける、私の身体が溶けてしまう。ああ、なんということだ。私が一体なにをしたというのだ。

 私はこの世界の女王。この私が人間など下卑た存在に滅ぼされるというのか。

「くッ! こうなれば貴様らも道ずれだ! 受けろ奥義! 氷の厄災アイシクルディザスター!」

 精神を集中させ、手の平から巨大な氷の結晶槍が生まれる。私はそれを勢い良く放つ。

 ガガガガガッッと氷の結晶槍が地面諸共勇者一行を削り取る、私は薄れゆく意識の中でほくそ笑んだ。

「ざまァ」


 ☆☆☆


 私が目を開けるとそこには天井があった。その天井に見覚えは無い。木製の板、ところどころに鉄鋲が打ち込まれている。これは人間の建物か?

 私は上半身を起こす、しかしまるで自分の身体では無いかのように物凄く重い。いや違う何か胸のあたりに確かな重みを感じる。

 何かが伸し掛かっている?

 そう思い自分の胸のあたりを触る。幸い手に重みは無い。むにゅッとした感覚。これはまさか、いやそんな事は無い。私は胸が大きい方ではない。それに私は何千年と生きた『氷の女王』だ、いまさら身体が成長する事などありえない。

 いやしかしこれは私のものではない。私はこんなに巨乳ではなかったはずだ!

 夢でも見ているのか⁉

 混乱する思考をなんとか落ち着かせようと私は周囲を見回す。木造の何の変哲もない部屋だ。扉と窓があるのみでなんとも簡素と言うか、質素な部屋だと感じた。貧乏な生活と言えばこういうモノを言うのだろう。私が住んでいた氷の城とは雲泥の差だ。

 そんな時、一つしかない窓から木漏れ日が差し込んでいるのがわかる。私がベッドから立ち上がり窓を覗き込む。そこには白銀の世界。枯れた木々がいくつか見え、少し離れた場所に貧相な家々が立ち並んでいた。

「ここはどこだ」

 私がそう呟くと窓の傍にあった扉がギイッと開かれた。

「シルビア! 良かった! 気が付いたんだね!」

 やけに小さい人間の女が私に抱き着いてきた。

「な、何をする貴様! 人間の分際で! 離せ!」

 突然の抱擁、私はたまらず小さい女の顔を押し、女を引きはがす。

「イテテ! 何するんのさシルビア!」

 コイツ、なんて力だ。私の全力を以てしてもなかなか引きはがせないだと。これではまるで巨人族並みの力ではないか。

「わかった、わかったから顔を掴むのはやめてよ」

 私は急に息切れがして、はぁはぁと深呼吸をする。おかしい、目覚めてから力のセーブが利かない。私ってこんなに体力が無かったのか?

「とりあえず気が付いて良かったよ、シルビア」

「貴様、何度も間違うな。私の名は『シルドラ』だ!」

 私はそう叫ぶ、すると小さい女はキョトンと小さな目を丸くした。

「な、何だ貴様」

「ぶああははははは! 冗談キツイよシルビア」

 小さな女は黙ったかと思えば突然笑い出した。何だこの小娘。氷漬けにされたいのか。

「貴様……私はシルドラだ!」

「はいはい、冗談はそこまで、ちょっと待っていてね。いまフィオを呼んでくるから」

 小娘はそういうと扉の方へ歩いて行き奥へと消えた。

「なんなのだ一体……」

 そのとき私はハッと気づいた。私のこの恰好はなんだ。意識を失う前までは氷のヴェールを着ていたはずなのに、卑しい人間のような恰好をしているではないか。一体だれがこの私にこんな俗物のような恰好をさせたというのだ。

 いや恰好だけではない。私は自分の両手をみる、違うこの手は私の手ではない。いや手だけではない、足も胸も私が知っている私の身体ではない。

 これはまるで――人間――。

 私は室内を見回しある物を探す。それはベッドの脇にあった。私はそれを手に取り恐る恐るそこを覗き込んだ。

 これは、だれだ――。

 その鏡の移り込んでいたのは、私ではない私。氷の女王の身体は失われ、人間の姿になっていた私だった。


 そのときだった、後ろの方からまた声が聞こえる。

「シルビア!」

 私は恐る恐る振り返る。これ以上私を混乱させないでくれ。しかしその思いとは裏腹にとんでもない男がそこに立っていた。

「き、貴様ァァァァ!」

 私はこの男の顔を忘れはしない。そう私を倒した男、炎の勇者がそこに居た。私はそのまま男に掴みかかった。

「シルビア、元気になってよかった。え」

 次の瞬間、私の拳が奴を捉える。今持てる全力で奴を殴りつけた。

「貴様ァ! 私に何をした!」

「ちょちょちょ! いきなり何をするんだシルビア!」

「私の名はシルドラだァァァ!」

 続けて左拳で炎の勇者の横っ面を殴り飛ばす。予定だった。

「危ない!」

 私の拳は虚しく空を切る。そして私はバランスを崩し地面に転がった。

「くっそ! なんて扱いにくい身体だ!」

「待て待て待て。シルビア何を言っているんだ」

「炎の勇者! 貴様私に何をしたのだ! 説明しろ!」

「いやいやいや、説明しろもなにも。シルビアが氷の女王との闘いで瀕死の重傷を負ったから、街まで運んで手当したんじゃないか」

「なんだと⁉」

「パーティ唯一の回復魔法を使えるシルビアが居ないと誰も回復も出来ないからね」

「な、なんだと……という事はつまり……わた」

 私はと言いそうになって私は地面に突っ伏した。しこたま顔面をぶつけるものの、その痛みよりも謎の寒さで凍えそうになる。

 なんだこれは、何故こんなに寒いのだ。あまりの寒さに身体を震わせていると小娘が話しかけて来た。

「あれ? シルビアどったの」

「さ、さむい」

「え? 今日はそんなに寒くないよ?」

「気温じゃない、身体の底から……冷気が襲ってくる」

 あり得ない、私は氷の女王であるぞ。氷の女王が冷気で震えるなんてはあってはならない。しかしこの寒さは一体なんだ、尋常ではない寒気だ。まずいこのままでは身体の芯が凍ってしまう。

 そんなとき、炎の勇者が私の目の前に跪き何かの魔法を唱え出した。

炎の手ホットハンド

「や、やめろ」

 また私を溶かすつもりか、くっ、ここまでか。次の瞬間、炎の勇者の手が私に触れる。私は覚悟を決めた。まさかこの私が二度も同じ間に敗れる事になるとは。

「動かないで。暖めてあげるから」

 やめろ、私に炎の魔法は。私の唯一の弱点。それを浴びれば私は溶けてしまう――。


 ……。

 …………。

 いや溶けていない。いやいや逆に何故私は溶けないのだ。

 あ、私は人間になったからか! いやいやいやそれよりもこの暖かさは一体どういうことなのだ!

 この身体の芯から光があふれ出すようなこの感覚。たまらない。

「どう? 寒さは治まった?」

「あ、ああ……」

「落ち着て最初から話をしよう、ね。シルビア」

 そう言いながら炎の勇者が私に微笑みかけてくる。くっそ、仕方が無い、一時休戦だ。


 ☆☆☆


「えーと」

 小娘が頭を抱え額に冷や汗を垂らしながら唸る。私は小娘が持ってきた『こーんぽたーじゅ』というものを飲む。ナニコレめっちゃ美味しいな。芯から温まるというか、身体の奥底からホカホカした気分にさせる、実に美味なり。

「つまり、君はシルビアではなく――」

「私たちが倒した『氷の女王シルドラ』だったってこと?」

「そうだ、私の名はシルドラ。さっきから言っておろう。ずずずずず……」

 私は炎の勇者と休戦協定を結び、私の身に起こった現象について説明を行った。その間小娘が気を利かせて私にスープを差し出してきた。これマジで美味しい。

「でもなんでシルビアの身体にまとわりついているの」

「聞き捨てならぬことをいう小娘だ。我が氷の魔法で、未来永劫溶けぬ氷の壁に閉じ込めてやろうか」

「あ、そ、それは勘弁してほしいな」

「ならば、先程の言葉は取り消せ。それかもっとこの『こーぽたーじゅ』を持って来い」

「あ、うん。まだあるから持って来るよ」

 私はカップを差し出し小娘に渡すと小娘は部屋を出て行った、そのスープに免じて許してやる。なんと寛大な私だろうか。はっはっは。

「シルビア」

「違う、私はシルドラだ。何度目だ」

「じゃあ、シルドラ。君の身体はシルビアのものだ。それはどこへやった?」

「知らぬ。逆に問おう。私の身体はどこだ」

「申し訳ないが、僕の魔法で溶かしてしまった」

「ふむ」

「驚かないのかい、また怒ったりしないのかい」

「これはおかしなことを言う。もし怒ったりすれば私は元の身体に戻れるのか? 貴様が溶かした身体に」

「そ、それは」

「溶けたのであれば仕方が無い。今戻っても死ぬのみよ。ならばこの身体で生きるのみ」

 それは半分本心である。本当は戻ってこの炎の勇者に再戦を挑みたいところだが、正直この勇者は私の天敵と言える。

「その身体は僕らの仲間のシルビアのものだ」

「そんなこと知らぬわ。必要とあれば私を追い出せばいいではないか」

 私は無駄に大きい胸を張り、自分の身体を炎の勇者に差し出す。

「それが出来ていればとっくにそうしている」

「ははは! そうであろう。しかし貴様には無理だ。私を追い出す事もシルビアという小娘を戻す事も出来ぬ低能なものよ!」

 あれ、ちょっと言い過ぎたかな。でも本心だしこればっかりは仕方が無い。口から出たものはひっこめられぬ。

「僕は転生者だ」

 なるほど、こやつはこの世界の者ではない。それならば私が負けた理由にも合点がいく。この世界で完全氷耐性を持つ者など魔族以外に在り得ん。

「だからなんだ、この世界に転生者の勇者が居ると聞く。貴様がそうなのであろう? 炎の勇者よ」

「そうだ、僕は日本という国から転生してきた。その時会ったんだ。神に」

「ふん、ならばその神とやらに頼むんだな。シルビアを返してほしいと」

「いや、もしかして君も転生したんじゃないのかい?」

「は?」

 転生者というのは異世界からの使者とも呼ばれている。ある者は勇者となりある者は世界を支配する魔王にもなり得ると言う。転生者はそれほど絶大な力を持つ。

「これは僕の予測だけど、氷の女王である君は僕にやられた。それが何故かシルビアの身体に転生した。これは神のイタズラというやつなんじゃないかな」

「何を馬鹿なことを」

「そう言い切れるかい?」

「知らぬ。私は神など信じぬ。信じるは己の力のみよ。う……」

 そんなとき、私の身体を急激な寒気が襲った。

 まさかまたか!

「どうした?」

「さ、さむい」

「ま、まさかまた……?」

「そ、そうだ。早くさきほどの魔法を……私に」

「さっきから一時間も経っていないのに……」

「良いから早く……ここままでは、凍えてしまう」

「はあ……。炎の手ホットハンド!」

 炎の勇者はそういいながら私の肩に手を触れる。次の瞬間、私の身体は急激に暖まり、凍えるような寒さが薄れていった。

「なんなの君は」

「はぁはぁ……。私に聞くな。私が一番の被害者だ」

「まあそうかもしれないけど……。もしかしてシルビアの身体が君の魔力に耐えられないんじゃないかい?」

「ふん、そうであろう。私の魔力量をこんな小さい器に納めておけるものか」

 なるほど、あまりの魔力量で身体がついていっていないということか。しかし何度もこの男に頼るのは私のプライドが許さぬ。身体を定期的に暖める方法を早く見つけ出した方が良さそうだ。

「シルドラ、ふたつききたいことがある」

「ひとつだけなら答えてやろう、ふたつは聞かぬ」

「ならもう炎の手ホットハンドはいらないんだな?」

「ふたつにしてやろう」

 屈辱だ。しばらくはこの男に頼らざるを得ない。耐えろ、暖める方法が見つかるまでの辛抱だ。

「ひとつは、何故この村とこの地方を凍えさせた」

「違うぞ勇者よ。貴様はとてつもない間違いを犯している」

「どういうことだ?」

「私はこの地方に住んで千年近く経っている。あとから来たのは人間の方だ。私は静かに暮らしていた。しかしお前ら人間が私を狩りに来たのだ」

「……なんだって?」

「違うというのであれば、この村の長にでも聞くがいい。この村はせいぜい百年ほどの歴史よ」

「そ、そんな……」

「信じたくなければそれでも良い。ではふたつめの質問を言うが良い」

 炎の勇者は口をつくんだ。嘘ではない。しかし人間側の意見もあるだろう。別に信じなくても良い。私氷の女王シルドラと人間は相まみれぬ運命だったのだ。

「……」

 炎の勇者はなかなか口を開かない。ひとつめの質問がよほど衝撃的だったのだろうか。

「で、では二つ目の質問だ。いやこれは提案と言っていい」

「なんだ?」

「僕の仲間になってくれ」


  ☆☆☆


 馬鹿につける薬は無い。

 勇者とは存外もう少し頭の良い奴だと思っていた。しかしそれは間違いだったようだ。

「貴様、正気か」

「正気だよ」

 炎の勇者がニコリと笑った。

「馬鹿が!」

「どうして」

「貴様は私の天敵なのだぞ!」

「確かに。僕にとっても君は脅威だ。でもこうも考えられないかい? プラスとマイナス。二人で立ち向かえば魔王だろうと敵ではないと」

「何故、私が魔王などという輩に挑まねばならぬ!」

「こわいの?」

「馬鹿が! 私に恐れるものなのないわ!」

「ならいいじゃない。君は僕の魔法が無ければ凍えてしまうんじゃないのかい」

「別の方法を今考えておる!」

 嘘だ、今は無理。しかしこんな屈辱的な仕打ちはなかろう。勇者の仲間になれだと?

「私を誰だと思って居る!」

「いまは人間の女の子だ」

「おんな……のこ……!」

 やめろ、恥ずかしい。私は女の子と呼ばれるほど若くも無い。

 そんなとき、突然部屋の扉が開かれた。

「フィオ! たいへんだよ!」

 さきほどの小娘がカップ片手に勢いよく部屋に流れ込んできた。話は良いから先に『こーぽたーじゅ』を私に渡せ。

「どうした、ミア」

「隣町のドーファが魔王軍に襲われているって!」

「な、なんだって!」

 炎の勇者が急に立ち上がり、足元に立てかけてあった剣を拾い上げ背中に装備した。

「シルドラ、話はまだ終わっていない。お前はここで待っていろ! 行くぞミア!」

 炎の勇者はそういうと足早に部屋を飛び出した。

「ふん、せいぜい頑張って来るが良い」

「はい、これ火傷しないでね」

 ミアと呼ばれる小娘は私にスープを渡し炎の勇者フィオの後を追って部屋を飛び出した。

 私は二人の姿を見送り一息ついた。これでしばらく静かな時間を満喫できる。

「ふふふ」

 スープを受け取り再び口を付ける。

「あっち! ふーふー」

 あの小娘、どれだけ加熱したのだ。これでは熱くて飲めないではないか。私はそう思い唇に少しだけ付いたスープをペロリと舐める。やはり美味しい。

 人間め、これほど美味なものを作り上げるとはなかなかやるではないか。

 いや、これはもしや私の身体が人間になった影響で味覚も変化したと言う事か?

 しかしどんな喜劇だ、まさか世界最強とも呼ばれたこの私『氷の女王シルドラ』が人間に転生するとは。それに勇者に助けられただと。

 助けられた?

 ……。

 …………。

「あ、これはまずい」

 私は慌てて部屋を飛び出し外に出た。

氷の道アイシクルフラップ!」

 そして氷の魔法を詠唱し、手で地面を触れる。

 ドガガガガガッと地面が物凄い勢いで凍り付く。これは本来地面を凍らせて敵の動きを阻害する技だが、渡しは別の方法で使用する事が多い。

 私は凍り付いた地面を蹴る。そうこの魔法は移動魔法でもある。敵を滑らせるわけでは無く私自身が滑り移動速度を上げる技にしている。人間の子供が氷の上で滑るように遊んでいるところを偶然見かけそれを取り入れた。さすが私、頭がいい。

 先に出たあの二人の足跡が見えない。一体どうやって隣町に移動したのだ。いや方角を間違えたか。いや確かミアは隣町のドーファと言っていた。ドーファと言えばこちらの方角のはずだ。この地方に住んで千年の私が間違えるはずがない。私は移動速度を上げた。


  ☆☆☆


 私がドーファにたどり着いた時、街からいくつもの火の手が上がっていた。周りには魔族の姿が居る。どいつこいつも下級魔族だ。こんな矮小な魔族にも勝てない人間など滅んでも仕方が無い。

 私は魔族を無視し歩みを進める、どこだ。どこに居る。

 そんな時一匹の魔族が私の姿を見つけ言った。

「女ァァァ!」

 魔族は涎を流し私に襲いかかる。面倒だ。

氷の弾丸アイシクルショット!」

 私の放った氷の弾丸アイシクルショットは鋭い曲線を描きながら、魔族の身体を貫く。魔族は一瞬自分の身体に起きた現象が理解出来ず茫然と立ち尽くす。しかし次の瞬間、自分が死んだと理解し黒い枯れ葉をまき散らしながら消滅した。

「ふん、雑魚が」

 周りにいた雑魚魔族たちが私の存在に気づき、どんどん群がって来る。

 これはあまり宜しくない状況だ。魔族である奴等からすれば今の私の身体は人間の女にしか見えない。これは奴らの食糧か慰み者にしかならぬ。

 出来れば魔王軍と敵対はしたくなかったが、こうなれば仕方が無い。降りかかる火の粉は払うのみ。

 私は周囲に目を凝らす。木造の建物がいくつか燃えている。

「ついでだ。この『氷の女王シルドラ』の力を見せてやろう。氷結陣展開……奥義ッ! 氷の厄災アイシクルディザスター!」

 私の周囲に氷の柱が展開され徐々に広がっていく。その柱は私から離れれば離れる程大きくなり、いつしか建物を巻き込み火災は鎮火し、周囲に群がる魔族が氷の刃にて貫かれた。

「狙う相手を間違えたな。さて」

 私は周囲を見回し魔族が残っていないかを確認し、歩みを進めた。

 時間がない。急ぎ炎の勇者に合流しなければ。


 ☆☆☆


 私は再び氷の道アイシクルフラップを展開し移動速度を速めた。そして街の中央広場に辿り着いたとき、そこで誰かが魔族と戦っている姿を見つけた。

「よし、みつけた!」

 そこでは炎の勇者とミアと呼ばれた小娘が魔族と戦っていた。私は周囲を見回し腰かけられそうな場所を探した。

「よっこいしょ」

 丁度いいサイズの木箱があり、私はそこに腰かける。幸い中央広場に居る魔族たちは、炎の勇者と小娘に集中しており、私が個々に来た事を知らない。

 ここでゆっくり見物させてもらうとしよう。炎の勇者のお手前を。

「フィオ! そっちに行ったよ!」

「ミア! 危ない! 炎の弾丸ファイヤーボール!」

 炎の勇者が指先から火球を作り出し魔族に当てる。しかし効果は薄く、魔族が一瞬怯んだだけ、再び小娘を魔族の爪が襲った。

「くっ!」

「下がっていろ、ミア! ここは僕がなんとか抑えてみせる!」

 ふむ、戦い方は心得ているようだが、魔力の練り込みが足りぬな。あの程度の炎魔法では魔族への効果は殆どない。魔族は読んで字のごとく魔法生物だ。奴らを怯ませるには並みの魔法ではいけない。魔力を解放し最大火力でせん滅する方法が望ましい。

 戦い方は知っているようだが、魔族との経験値が少なすぎる。あの程度の実力で魔王と戦うだと?

 笑わせるな、こんな未熟者にこの私が負けたと言うのか。屈辱だ。いや違う私が負けたのは相性の問題だ。それ以外あり得ぬ。属性さえかみ合っていればこの私が負けるはずがない。

 そうだ、そうに違いない。

「フィオ!」

 ミアが炎の勇者の名を叫ぶ。中央広場にはどんどん魔族が集まって来る。ざっと見て百匹近くは居るだろうか。一方勇者側は二人、炎魔法も効果が薄い。明らかに勇者側が劣勢だ。この状況で如何にして勝利を得ようと言うのか。自分の実力というものがわかっていない、実にイラッとするわ。

 炎の勇者もそうだがミアという小娘の動きにも無駄が多い、たかが二人の未熟者でこの状況を覆せると思っていたのか。

「あー、イライラするわ。私は何故あのような者に……うっ!」

 まずい、また身体の底からあの冷気が襲ってくる感覚がある。早く倒してしまえ、倒して私にまた暖かさをよこせ。

 私の願いも空しく炎の勇者はどんどん押し込まれ、傷を負い、片膝をついた。

「くっ……なんて数だ!」

「ぐはは! 貴様があの炎の勇者だと⁉ まるで雑魚では無いか。存外噂には尾ひれがつきものだが貴様もその口らしいな!」

 魔族のひとりが口を開き炎の勇者に話しかけている。アイツは確か魔王軍四天王オーベルダイン。奴がこの街を襲った首謀者か。なるほどここに居る魔族はオーベルダインの配下の者たちか。オーベルダインは四天王中でも中級クラスの魔族だ。未熟な勇者が勝てる相手ではないわ。

 く、ヤバいヤバい。どんどん身体が冷えていく。早く暖めてもらわなければ、凍り付いてしまうぞ。ええ、くっそこうなれば仕方が無い!

「炎の勇者ァアァァ!」

 私はそう叫ぶと中央広場に居る炎の勇者の元へ駆け寄った。

「シルドラ⁉ 何故お前がここに!」

「ええい、そんな話はあとだ! さっさと私を暖めろ!」

「はあ⁉ こんなときに何を言っている! この状況がわからないのか⁉」

「わかっておる、貴様は危機的状況なのだろう! 貴様が持ち掛けた契約、受けてやる!」

「はあ⁉」

「貴様の仲間になってやると言っているのだ! いいから、早く私を暖めろ! このままでは私は凍り付き貴様もあのオーベルダインにやられるぞ!」

 炎の勇者は一瞬悩み、私の肩に手を触れた。

「これで良いか」

「ダメだ、まだ足りぬ! もっと暖めよ!」

 私は凍えそうな身体を炎の勇者に預ける。それに答えるように炎の勇者は私の身体を抱きしめた。

 じわっと私の身体の中に炎の勇者の魔力・暖かさが流れ込んでくる。そうだこれだ、これが暖かさ。忘れていた、氷の女王と呼ばれ幾星霜、忘れかけていた人のぬくもり。悔しいが私はこの暖かさ無しではもう生きられない。

「貴様ら戦いの最中に何をしておるッ!」

 ああ、暖かい。

「我が魔力でその女諸共滅ぶがいい、炎の勇者!」

 オーベルダインはそういうと両手に魔力を集中させた。あの技は確かオーベルダインの奥義。

「……ふふふ」

「な、なにがおかしい女ァ!」

「し、シルドラ……?」

 炎の勇者が私を抱きしめながら、私の顔を覗き込む。

「もう大丈夫だ。ここは私が受け持つ。炎の勇者、貴様はミアの元へ行け」

「し、しかし……!」

「大丈夫。私を信じろ」

「わ、わかった」

 炎の勇者はそう言い残しをミアの元へ走った。これで良い。氷結陣の中ではあのミアという小娘は生きていられない。しかし炎の勇者が傍に居れば炎のバリアで防いでくれるであろう。

「ははは! 人間の女如きがこのオーベルダイン様と戦うと言うか! 身の程を知れ女ァ!」

 オーベルダインの両手に魔力がどんどん集まっていく。私はその場で立ち上がり、オーベルダインの前に立つ。

「食らえ奥義、天地創造アースクラッシュ……」

「ふん、魔力練り込みが足りぬわ」

「何ィ⁉」

「氷結陣展開ッ!」

 私は両手を広げ、全魔力を解放した。

 私は気づいていた。氷の魔法を使うと身体の底が冷たくなる感覚を。つまり魔法を使えば使う程私も凍り付く。だが今はそれでいい。いつか一人でコントロールできる日も来るだろう。しかし今はこの男を助けなければならない。

 私の命を繋ぐ、この炎の勇者を。

「ひょ、氷結……陣……だと……、まさかその技は……氷の女王シルドラの!」

 オーベルダインが驚きの声をあげる。

「そう、我が名はシルドラ。氷の女王シルドラ。覚悟するが良い、これから貴様らの親玉である魔王を打つ者の名だ」

「し、シルドラ⁉」

 全魔力を解放し、私の準備は整った。

「冷厳なる氷嵐の術式ッ! 絶対零度アブソリュート・ゼロッッ‼」

 私は両手を振り上げそして振り下ろす、一気に地面が凍り付き氷の結晶が周囲に舞う。パリンパリンと氷が弾ける音が中央広場に響く。

 尋常ではない速度で周りの魔族、建物、生きとし生けるものが凍る。それは無慈悲なる冷気。我が最強の氷魔法。それが奥義、絶対零度アブソリュート・ゼロ

「ぐおおおおおおお! シルドラ、貴様ァァァァ‼」

 魔力を蓄積させていたオーベルダインもその影響を受け次第に身体が凍り付いていく。無駄だ、私の氷結陣の中に入った者は誰一人として生きられない。


  ☆☆☆


 終わった、オーベルダインは氷の柱となり残った魔族共もすべて凍り付き、パリンという音ともに砕け散った。

「す、すごい……」

「ふふん、そうであろう」

 私は無駄にデカい胸を張った。しかしこの胸邪魔で仕方が無い。シルビアという小娘はいつもこんな重さを耐えていたのか。全く人間の女というものも大変なものよ。

「本当にすごいな……あの魔族たちを一瞬で倒してしまうなんて……」

「そうであろう、そうであろう。もっと褒めてよいのだぞ」

 私には自分の身体を制御する事が出来ない。ならば人間として生きればよい。この炎の勇者とともに生きる。

「おい、炎の勇者。貴様、私から離れるなよ」

「はいはい、でもその炎の勇者って呼び方やめてくれよ」

「貴様はまだ私に名乗っておらぬ」

「フィオ、僕の名はフィオだ」

「そうか、フィオ。これからよろしく頼む。私はシルドラだ」

「知っているよ」

 そういうとフィオは笑い出した。つられて私も笑みが零れた。

「あはは」

「ふふふ」

 見つけよう、私が転生した意味を。

 氷の女王と炎の勇者か、二人でひとつ、存外神も面白い事をする。

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氷の女王と炎の勇者 高樹シンヤ @shinya-takagi

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