探索の終わりとは
「あの」
「ああ、気にしないでくれ。あんな感じになるのはティルだけじゃない」
アリアレルムが妙な機嫌の悪さで家を出て行ったティレンの態度を詫びようと口を開くと、カイナスは静かに首を振った。
「昔の俺も似たようなことをしていたからね」
「そうね。多分、生き残った探索者は誰もが同じことをするのよ」
新しい料理をテーブルに置きながら、イアがくすくすと笑う。
そうだ、あまり実感はなかったが、彼女もまた元探索者なのだ。アリアレルムは思わずイアに問う。
「イアさんも?」
「そりゃあ、そうよ。あたしら迷宮生まれはね、最前線で活躍する探索者の誰かに憧れて、その人に追いつく日を夢見て進むんだもの。最初から宿願のために探索をする奴なんて、一人もいないんじゃないかな」
探索者同士の間に生まれた子供だからといって、探索者にならなくてはいけないわけではない。だが、生まれた環境が探索者に憧れを持たせ、探索者を目指させる。
そして、探索者は先を目指すのだ。憧れという最初の情熱を失ったあとに、宿願という次なる情熱に火を点けて。
「俺は運が良くてな、親父もお袋も宿願をほとんど終わらせていたんだ。最初に迷宮に入った全員が宿願を持って奥を目指したわけじゃないし、集団でひとつの宿願を目指していた連中もいた。それほど深くない階層で宿願を果たした先祖も、諦めちまって子供に宿願を託さなかった先祖もいる」
宿願。祖先からの希望であり、期待であり、呪い。イアの方を見ると、「あたしの宿願は残っているよ」とあっけらかんと言った。
「旦那と違って、あたしが足を止めたのは実力不足だったからさね。ここの闇を超えるのは、あたしには無理だった。コルンに宿願を背負わせて良いものかどうかは、まだちょっと悩んでる」
探索者同士の子供だからと言って、探索者に向いているとは限らない。だがコルンは目をきらきらと輝かせて「僕は探索者になるよ! ティルさんに追いつくんだ!」と拳を握る。
彼はつまり、幼いころのティレンなのだ。そして今のティレンは、ティレンが幼い頃に憧れたカイナスの立場なのだろう。
それは居たたまれないわと、アリアレルムは頭の片隅でティレンに同情する。
「最後の宿願を地上に届けて、ただ先に進むっていうことに情熱を持てなくなっちまったのは確かなんだよ。そんな腑抜けた心じゃ、先を目指しちゃいけない。そう思ったから、俺はここで足を止めたんだ」
「ま、結局のところ、向いてなかったんだよ。あたしと旦那は」
へらりと笑うイアの顔には、安堵の色と、少しだけ自嘲の色があった。
「ティルとヴァルフは、迷宮の申し子さ。あの子たちは命が続く限り、最前線を走り続けるだろうね。コルンもそうだけど、下の子たちからすごく憧れられながら、誰にも追い抜かせないと思うよ」
「それを言ったら、ヴォルケーだってまだ最前線だろ? 俺と同世代だけど、あいつの場合は終の棲家に落ち着くよりも、どこかで野垂れ死ぬ未来の方が簡単に想像できるわ」
笑いながら最前線を進む誰かの話を続ける二人。
アリアレルムはその様子を見て、探索者であることの終わりとはどういう事なのかなんとなく理解した。カイナスもイアも、そんな先達を複雑な思いで追い越してきたのだろう。ティレンがこの前線基地に長居したがらなかった理由も、きっと。
エルフであるアリアレルムにも、多少なりとも似たような感傷はあるからよく分かる。種族が迷宮攻略を諦めた後の生まれである彼女は、心の内では迷宮探索に対する憧れがあったのだ。そして、父祖が迷宮攻略を諦めたことを軽蔑してもいた。迷宮攻略を出来なくなった理由に納得は出来ても、心と頭は一致しなかった。
もしも最初から、短命種と一緒に迷宮攻略を進めていればどうだったか。そんなことを思い浮かべようとして、すぐにやめた。長命種は潜在的に短命種を侮っている。出来るはずがなかったはずだ。
「さ、もっと食べな。ティルと一緒だと、体力がないとついていけないよ」
「はい。それはもう重々」
たった三層だが、それはもう十分に分かっている。
アリアレルムはおかわりを求めるべく、そっと器を差し出した。
イアの料理は、実際おいしい。
***
百七十層のモンスターは、光に群がってくる。その数は非常に多く、光を放ったまま戦闘を行うのは自殺行為だと言われていた。
二人の若者がその定説を覆すまでは。
いや、二人にしても定説そのものを覆したわけではない。強引に、力の及ぶ限り、真正面から叩き潰し続けただけなのだから。
「銀雷!」
雷光を自らに落とし、自らが光源となりながら剣を振るう。モンスターは後から後から群がっていくが、ティレンの速さに追いつける個体がまず存在しない。
手にした白銀の長剣ヴァル・ムンクは、硬いはずのモンスターの体をまるで意に介さず斬り捨てていく。
「遅い!」
ここしばらく、アリアレルムに合わせて力を制限していたから、自分でも思っていたよりフラストレーションがたまっていたらしい。前線基地から距離を取りつつ、わらわらと群がるモンスターの群れを遠慮なく間引いて行く。
と、群れの中に頭三つほど大きな個体が交じり始める。階層のヌシには及ばないがそれなりに強力な個体だ。光がないと近づいてこないのが、この階層のモンスターの共通した習性だ。例外だったのはヌシだけで、暗闇の中でそれを打倒した当時の最前線には敬意を覚える。
死者も多かったという。この階層で、いくつの宿願が果たされぬままに消えていったのか。
「雷斬衝!」
大型のモンスターに、雷撃をまとった大振りの一撃を叩き込む。強力な個体ほど、質の良い装備になるのはどの階層でも変わらない。
被造物系のモンスターは特に、装備そのものを体の中に隠していることもある。コルンへの土産になりそうな装備を見繕いながら、ティレンは闇の中を駆け抜ける。
上半身は裸だが、この階層で傷を負うことはない。相手が攻撃の初動に入る前に、既に斬り捨てているからだ。
ティレンが前線基地に戻るまでの間に三桁を超えるモンスターが切り刻まれ、その残骸と拾わずに放置した装備は、しばらく他の探索者たちの余禄になったという。
***
「世話になったな、カイナス」
「おう。……地上に染まらず、早く帰ってこい」
一度でも宿願を届けに戻った探索者は、必ずこの言葉を後進に伝えてくる。
地上に行ったあと、戻ってこない探索者も実際にいるから、この言葉にはきっとそれなりに意味があるのだろうとティレンは思う。
コルンが強い目でこちらを見つめてくるのだけは、何だかむずむずして居心地が悪かった。ティレンが土産にと厳選した、軽い金属製の鎧を胸にしっかりと抱いて。
ちらりとアリアレルムを見るが、彼女は首を傾げていた。地上に魅入られるほどの何かがあるとは思っていないのかもしれない。
「あと、これ使いな。あんたが出かけている間に聞いたけど、普通に背負っていくのはアリアちゃんが可哀想だよ」
イアが用意したのは、背負子だ。背負う側からするとそれで何が変わるのかは分からないが、わざわざ用意してくれた以上、アリアレルムにとっては何かが変わるのだろう。
背負子を背負い、アリアレルムが座る。イアとカイナスがしっかりとアリアレルムが落ちないように固定したところで、立ち上がる。
「ティル、死なすんじゃないよ」
「当たり前だろ」
「お世話になりました」
カイナス夫妻と随分と仲良くなったアリアレルムが、ぺこりと頭を下げる。
「伝説のエルフに頭を下げさせたって、しばらく自慢できるな」
「悔しがるだろうね、みんな」
「じゃあな。元気で。コルン、最前線で待ってる」
口を真一文字に引き結んで、頼もしい後輩は強く頷く。
コルンはこの日、別れるまで一言も口を利かなかった。
だが、その情熱に燃える瞳が。何より雄弁に語りかけてきているとティレンは思っていた。
ほら、今もまた背中に熱い視線が向けられている。
エルフに一目惚れしたとかじゃないといいのだが。
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