第26話 スキル『愛』
ロイドとの交渉はファングの返答次第となり、一先ず保留となった。
彼との別れ際、僕は最低でも数日は待ってほしいとお願いした。
それがファングの主人たる僕の配慮だった。
下宿させて貰っているエンジュの牧場に帰ると。
家の前に彼女の従魔である古代狼のラルフが門番のように座っていた。
「帰ったか」
「ただいま、エンジュは何してるの?」
「仲間を数匹連れて、森に向かった」
それは牧場に面した森だった。
彼女の牧場は鬱蒼とした森林を開拓して作られたもので、今でも時々森の様子を見に行ってるらしい。もしかしたらファングのような魔獣が生息しているかもしれないからだ。
ラルフは五メートルにのぼる巨躯で寝そべると、ファングを見た。
「恐らくもうすぐ帰ってくると思う、その時はファング、お前の出番だ」
「俺の出番とは?」
「肉を与えてやってくれ、皆、腹を空かせている」
「……嫌だと言ったら?」
先ほどの一件があったからか、ファングは意地悪くなっていた。
ファングに牙を剥かれたラルフは、それでも落ち着いた雰囲気でいる。
「何かあったのか?」
「あったさ、過去にこういった話は常に俺に付きまとっていた。俺はお前らの道具でもないし、奴隷でもないのだぞ? それでもお前らは肉をくれ、肉をくれと俺にせがんでくる。そんなに肉が欲しいのなら、隣にいる奴でも殺して肉にすればいい」
「私はそういう殺伐とした世界にはもう愛想を尽かした」
「ではそのまま黙って死ねばいい」
何か知らないが、ずいぶんと辛辣なやりとりだな。
ファングは僕の言うことは比較的素直に聞くけど、他の言うことはまるで聞き入れない。
僕と彼らの違いはなんだ?
森から草木をかき分ける物音が聞こえ、見やると奥からエンジュが現れる。
「どうしたの? そんな所で立ち止まって」
エンジュの疑問に従魔のラルフが答えた。
「ファングが私たちに肉を提供するのを嫌がっている」
「ああ、そうなんだ」
そこでエンジュはファングに視線を移し、彼の瞳を覗く。
「ラルフ、お前の極上の餌がそこにいるではないか」
「一つ忠告しておいてやる、エンジュには歯向かわない方がいい」
え? そ、それって、どういう意味?
例え当事者じゃなくとも、ちょっと戸惑ってしまう。
だってエンジュは一見、細身の華奢な美少女だからだ。
彼女がスプーンすら持てないと言っても、僕は疑ったりしない。
「ミルク、あげるから。それで肉を出してくれない?」
「……チ、いつも提供すると思うなよ?」
「ありがとうファング」
その一件を受けて、僕は深夜にエンジュに連れ出された。
エンジュは玄関前に連れ出し、従魔士のノウハウを教えてくれる。
「ウィルとファングくんの信頼関係がまるで成り立ってないね」
「まぁ、彼とは出会ってまだ数日だし」
「ファングくんぐらいの子供だったら、貴方を親だと思うはずだよ?」
「なんて言えばいいのかな、ファングは僕のスキルで転生したみたいなんだ」
「転生……?」
「そう、ファングはジニーに討伐された前世の記憶を持った魔獣なんだよ」
そこで僕は対象を卵化してしまう事案を、エンジュに説明した。
ジニーも事案の一人だ、彼女の場合はキスした翌日に卵化していた。
恐らく、僕の卵スキルは対象の細胞を取り込むことによって、卵を作ってしまう。
「……興味あるな、私も卵化してみてくれない?」
「断るよ、特にメリットもないし」
それよりも君が普段、従魔たちとどんなことしてるのか教えて欲しい。
僕とファングの信頼が成り立ってないのはわかった。
ならエンジュとエンジュの従魔たちのような関係性を築くにはどうすればいい?
「それは簡単だけど難しいよ――ファングを愛してあげて」
「愛して? それって具体的に言うと?」
「一般論じゃ語れないけど、私の場合で言うと」
エンジュはそう言うと風に髪をなびかせた、銀色の毛髪が風になでられる様子は絵画のように情緒的だった。すると彼女はゆっくりと顔を近づけ、両まぶたを閉ざしていた。
避けようと思えば避けれた、防ごうと思えば防げたのに。
なぜか僕は嬉しくて、彼女とのキスに応じてしまった。
「私の場合で言うと、愛っていうスキルを持ってるから、誰からでも愛される」
「……なら、そのスキルを使って店を切り盛りすればよかったじゃないか」
「誰からでも愛されることって、そんなに幸せじゃないよ?」
そこで彼女の従魔士の教えは終わった。
彼女はきびすを返し、自分の部屋に戻っていく。
僕の予想が正しければ、明日、彼女は巨大な卵になっているはずだった。
翌日、トンカチを持って彼女の部屋を訪れた。
するとそこには巨大な銀色の卵があった、ほらね。
トンカチを振り上げて、卵に亀裂を入れると真っ二つに割れる。
「大丈夫?」
「……よく眠れた」
僕は彼女に背を向けて、何か変わった所はないか聞いてみた。
「変わった所……あるよ」
「以前よりも体が軽いとか?」
彼女は僕の問いにうんともすんとも答えず、背後から僕を抱きしめた。
そして優しい声音で、彼女は愛を口にする。
「以前よりも、ウィルを愛してる」
……なんやて?
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