第25話 従魔の交渉

 従魔にまたがって店に帰ると、ビャッコが見知らぬお姉さんと一緒に接客していた。


「ウィル、お帰りなさい。ヒノワって人間に擬態することが出来るんだって」

「御意、差し出がましいかと思いましたが、お店を手伝わさせて頂きます」


 へぇ、それはいいことを聞いた。

 じゃあ僕たちがまたがっているスレイプニルの夫婦も?


「否定、その子たちはまだ年齢が低いので、擬人化はできません」


 ヒノワの台詞に、ビャッコが失礼なことを聞いた。


「じゃあヒノワは何歳なの?」

「今年で二百歳近くになります」


 ふーん、魔獣って人間よりも長寿なんだ。

 ヒノワの話によると、魔獣によっても寿命は様々らしく。


 自分のような千年近い寿命を持つ種族は希少だという。

 そのためにヒノワの種族は長寿の薬が作れるといわれ、乱獲されていたらしい。


 足元にいたファングはその情報を聞き、耳を後ろ足でかいていた。


「人間というのは、欲深い生き物だな」

「まぁね、それは同じ人間やってる僕らも認めるよ」


 そこに、パティシエとして働くママがやって来た。


「ウィルくん、ママの新作が出来ましたよー」

「すごいじゃないかママ。さっそく食べさせてよ」

「はいはい、あーん」


 ママは衆目をはばからず、僕にあーんして食わせた。

 僕は念入りにママの新作卵菓子を味わい、サムズアップする。


「今からさっそく商品化してみよう、ビャッコとヒノワも品出し手伝って」

「はいはーい、みなさーん、只今新商品ができましたー、もしよろしければ味見だけでもしていきませんかー」


 ビャッコがお客様に向けて味見を提案すると、我も我もと言った感じで新作を舌鼓して、僕がその場でゴーサインを出した新商品は即完売となった。もの凄い売り上げに僕は驚き、喜んだ。


 そのままお店の定時を迎え、今日の業務を終える。

 トレントが店のシャッターを下ろし、店の内部でミーシャに本日の売上を聞いてみた。


「すごいにゃ! 今日の売上は今月一番かもしれないにゃー!」

「特に何が売れてた感じだ?」

「ママの新商品だにゃ、これはなんて言う料理になるにゃ?」

「んー、どら焼きにしておいて」


 卵をベースにして作ったふわふわの皮にハチミツで煮込んだ栗が入ったお菓子を、僕はどら焼きと命名した。本来なら栗きんとんじゃなく、あんこが入っているお菓子だけど、美味かったのでよし。


 どら焼きが売れるのなら、たい焼きも売れそうだな。

 明日は王都の金属加工工場にいって、たい焼きの鉄板でも注文してみるか。


 そんな風に明日の予定を立てていると、誰かが店のシャッターを叩いていた。


 ジニーだったりするのかな? 開けてみると、居たのはロイドだった。


「エッグオブタイクーン・ウィル、俺との商談はいつ出来そうですか」

「今からしようか? 場所を変えたいけど、時間いい?」

「商談ができるのなら徹夜になろうとも構いませんよ」


 じゃあと、僕はファングと他の従魔を呼んで今仮住まいさせてもらっている牧場に帰ろうとした。その時、会計で狂喜乱舞していたミーシャがはっと我に返り、僕を呼び寄せる。


「ウィル、そう言えば預かり物を頼まれてたにゃ」

「手紙? 誰から?」

「ジニーからだにゃ」

「……ありがとう、これ渡してきた時のジニーの様子はどうだった?」

「落ち込んでる様子だったにゃ」


 ジニー、昨日はあんな別れ方しちゃったけど、僕たちはやり直せるのかな。

 やり直せるのなら、やり直したいのが僕の本音だよ。


 思案気にしている中、ロイドが服のすそを引いて急がせていた。


「ウィル、俺との商談が先でしょ」

「それもそうだね、じゃあみんなお疲れ様、明日もよろしくー」


 ジニーの手紙はバックにしまい、僕は牧場に帰る道すがらロイドと商談を交わした。晩秋の冷えた空気がロイドの頭を冷やし、彼は中々切り込んだ提案をして来る。

ファングの生成した肉は自分が仲介業者として肉の解体と卸を管理したいと言ってきたのだ。


「その場合、僕のマージンはどれくらい貰えて、すき焼き店に出す肉はどうなるの?」

「ウィルさんのマージンは1キログラム金貨1枚でどうですか、すき焼き店に提供する肉は無償でいいっす」


 中々にいい内容を貰っている気がする。メリットとしては、ロイドがファングの肉の管理責任を持ってくれるという点だ。今後どうなるかわからないけど、ファングの調子が悪くて肉が提供できなくなった時、卸し先の精肉店からのクレーム対応はロイドが一任してくれるということだ。


 ファングはその話の内容に気取ったのか、ロイドに吠えていた。


「俺がこいつの面倒見なければならないのか? 冗談は止せ」


「じゃあファング、お前は自分で自分の肉を売って回れるのか? ちゃんとした販路があるんだろうな?」


「以前も言っただろ、価値のある俺をあつかえるのはエッグオブタイクーン・ウィルといった偉人にしかできないのだと」


 ロイドは僕に助けを求めるよう視線を合わせた。


「僕がファングにお願いすればいいだけの話?」

「違う」

「でも今の言い分だとそういう話だと思ったけど?」

「チ」

「ファング、君は結局いいように利用されたくないだけなんだろ?」


 と言うとファングは図星をつかれたかのように口をつむいだ。


「これは交渉だよ、僕がファングの力を使わせてもらう代わりに、君は僕に何を求める? 師匠の受け売りでね、交渉って言うのは自分の生死が懸かっていると思って考えてごらん。そしたら君も交渉ごとで安易に負けたりしなくなるよ」


 もしかしたらこれがファングとの初めての交渉になるかもしれない。

 僕はファングがどんな提案をして来るのか、わくわくしながら待った。


「……しばらく考えたい」


 わかった、と言おうとするとロイドはさえぎって言う。


「早くしろよ、俺はそこまで待てねーぞ」

「うるさい奴だ、このまま没交渉にしてもいいんだぞ」


 ともあれ、ファングは近日中に僕との交渉に応じてくれる。

 その日が来るのを、楽しみにしているよ。


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