第11話 パティシエ

 ジニーが帰って来たと同時に、レオとビャッコの二人は帰った。

 僕は二人を勝手に家に上げたことを先ずは謝罪する。


「ごめんジニー、あの二人は店の従業員になってくれるかもしれなかったんだ」

「ウィルのお店の? 順調そうね」

「お詫びと言っちゃなんだけど、今日作る料理は美味しいものにするよ」

「……まるで私たち、新婚みたいね」

「はたから見ればそうかもね」


 今日のメニューはジビエ鳥肉を使ったバターソテー。

 塩コショウを効かせたスパイスな味わいのものを目指している。


 フライパンにバターを引いて、熱が乗ってきたら肉を豪快に投入する。

 じゅー、じゅー、という肉が焼かれる音が堪らない。

 だってこの音は肉のうま味が抽出されていることでもあるんだから。


 その後火力に注意しつつ塩コショウをまぶしてはい完成!


 肉汁したたる鳥肉のバターソテーの出来上がりさ。

 これでジニーが持ってきてくれた鳥肉はなくなってしまった。


「ジニー、またジビエ肉を貰ってきてもいいかな? 結構高額なものでもいいからさ」

「頼んではみるけど、期待はしないでね」


 それと、今日の日課である教会に卵を届けることをしていない。

 子供たちがいるだろうし、プリンも作ってやりたいが時間がない。

 余り出したくなかったが、ここはマヨネーズをプレゼントとして代用しよう。


「今から教会に行くけど、一緒に来る?」

「行こうかな、気分転換になるかも」

「じゃあ急いで支度して、さっさと行くよ」

「少しだけ待ってくださいね、っ、本当に新婚さんみたい」


 ジニーの準備を待ち、僕たちは教会へと向かった。

 辺りは夜なので、大通りに点在している街灯が淡いオレンジ色の照明を焚いている。

 街灯の下には怪しい集団がたむろしていた。


「へい兄ちゃんたち、あたしたちを買っていかない?」


 集団の中にいた水商売のような恰好をしている女性がそう言うと。


「気をつけろ、私は騎士団に所属している者ぞ」

「へぇ、あんたが? お偉い騎士団さまが男連れて、どこ行くの?」

「教会だが?」

「結婚式でも挙げようっていうの? いいねぇ、あたしも加わるよ」


 ジニーがものすごい絡まれている。

 僕は絡んでいた女性の手に気持ち程度の代金を渡す。


「機会があれば何かお願いするよ」

「旦那さんの方は利口だったね、まったくプライドの強い女だよ」


 彼女に渡したのはチップって奴さ。

 日本じゃ馴染みない習慣だけど、この世界ではよくあることだった。


 ジニーは先を行き、ちょっと怒っているようだった。


「連中にああも簡単に金を渡さないでねウィル」

「かといって君の職権を使って逮捕しても何もいいことないよ」

「ああ言うのも取り締まるのも騎士団の務めだから、犯罪の抑止にはなるの」


 けど、ジニーがそうしないのは返り討ちに遭うのが怖いからだと思う。

 僕がジニーと出会った時のような感じ。


 さてと、多少口論しちゃったけど教会には着いた。


 教会前の空き地には子供の姿はない。


 それでも教会は空いているようなので、僕はジニーと中に入り、礼拝を捧げた。

 礼拝が終わったあと、前にいた聖女フレイヤに近づく。


「ウィルと、それから、たしかヴァージニアでしたね」


 フレイヤから名前を憶えられていると、ジニーは固い感じで挨拶した。


「その節は大変ご迷惑お掛けしました、フレイヤ様」

「仕事の方は順調ですか?」

「それが、思うように職務をまっとうできてなくて」

「何か悩みがあれば聞きますよ」

「ありがとうございます、その話はまた今度致します」


 ジニーとの話が終わった後、フレイヤは僕を見た。


「こちらをお受け取りください、今日の卵になります。それと子供たちへのプレゼントとしてマヨネーズをお持ちしました、マヨネーズを使った卵サンドは格別に美味しくなりますので」


「お恵みくださり感謝しますよ、ウィル……ちょっと家に寄っていきませんか?」

「家に? ですか、もちろん喜んでお伺いしますよ」


 速攻で承諾してしまったが、不味かったのだろうか?

 家に向かうと子供たちが鞭でパシーンと打たれてたり。

 臓器売買のために臓器を摘出された子供がいたりとか。


 これは日本の漫画アニメによくある展開だ。


「皆さん、今日はお客さんが来てくださいました。丁重におもてなししてください」


 家は、教会の横にある平屋だった。


 敷地はわりとあり、子供たちが寝るための二段ベッドが男女別々の部屋に備わっている。パジャマに着替えた子供たちはリビングで本を読んだり、字を書く練習をしていた。今はお勉強の時間かな?


「ウィル、折り入ってお願いがあるのですが」

「なんでしょう」

「貴方の方で、ここにいる子供たちの将来の働き口を用意できないでしょうか?」


 厳しい話だ。


 僕には挑戦してみたいことがあって、その事業には子供の手を借りるような作業はない。彼らがもうちょっと成長した後であれば、雇用の目も出てくるかとは思う。けど、駄目もとで考えればいい。


 例えば彼らにふれる作業はないと言ったが、卵の紙パックを作る作業。

 あとはこれから作る商品のモニターテストを受け持たせることも可能だ。


 なんだ、考えれば結構あるじゃないか。

 でも――


「賃金の方はどれくらい支払えばよかったですか?」


「お心遣い程度で構いませんよ、聖女教会は貧乏でして、どうしてもこの子たちに自由にものを買ってやれなかったので。ならこの子たち自身が働いて、好きなものを買って欲しい、そういう経験をさせてあげたいのです」


「そういう話でしたら、歩合制の内職を頼みたいですね。さきほど上げた卵の紙パックを作る仕事になるのですが、これを一個組み立てるごとに銅貨一枚差し上げますよ。他にも触れそうな仕事がいっぱいあるので、お任せしたいですね」


「ありがとうウィル、本当に」


 フレイヤは両手を差し出したので、僕は応じて彼女と深く握手しあった。


「はいできたよー、ママ特製の卵スイーツ。みんないるよね?」

「待ってましたー!」

「くれ、一番先にくれ!」

「ナッシュの分は俺にくれ!」

「なんでだよ! 俺も食うよ!」


 フレイヤと商談を交わしていると、僕ぐらい若い女性が卵で作った蒸しパンを出していた。

 僕は彼女におもむろに近づく。


「僕にも一口食べさせてくれないかな」

「だったら、私のことはママって呼んで」

「……ママ」

「もっと大きな声で」


 ママぁー!


「ママ、君が作ったケーキが食べたいんだよ」

「よろしい、なら一口だけね」


 そう言うとママはケーキを一口サイズにむしって、僕にあーんと促した。

 それに応じて口を開いてケーキを慎重に味わう……うん、美味しい。


「フレイヤ様、ママと呼ばれているあの人は?」

「彼女は子供たちの世話をお願いしています、料理、洗濯、掃除と」

「あの人は使えます、是非家の従業員として働いて欲しいのですが」

「どんな仕事内容でしょうか?」


「これから出そうと思っている店の看板商品の卵を使ったスイーツを実際に作って頂きたいです。あの人なら問題ないと思うのですが、どうでしょうか? 賃金もお勉強させて頂きたいと思いますし、どうか口添えお願いできないでしょうか?」


 聖女教会に通い始めたのはもっと別の理由があったんだけど。

 ひょんなことが切っ掛けとなり、パティシエのママも雇用できることになった。


 これはでかい、かなり大きな成功ファクターを入手できた。


 浮かれ足で教会から帰ると、隣にいたジニーの顔は見えなかった。

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