第10話 時給銀貨三枚

 冒険者ギルドで僕を捕まえたビャッコの兄は近くの飲食店に入った。

 ビャッコ曰く。


「兄さんに目つけられちゃったねウィル、兄さんはあそこのエレベーターで張り込んでいつも食事をたかれそうな相手を見繕ってるんだ」


「食事を他人に奢れる器量のでかい人間を探してるだけだ、そういう奴は大抵良質な仕事を持ってる」


 仕事の探し方は人それぞれだと思うけど。


「僕はてっきり貴方のこと、ギルド組合の人間だと思ってましたよ」

「そう思わせるのも兄さんの狙いなんだよね」


 ビャッコがそう言い、ふと彼のライオン面を見ると口端を吊り上げていた。

 彼は注文を取りに来た店員にいつものと言うと、店員は僕を見て笑う。


 また騙されてる奴がいる。みたいな感じだったな。


「紹介が遅れたな、俺の名前はレオ。坊主の名前は?」

「ウィルと言います、前もって言っておきますが、妹さんと会うのは今日で二度目です」

「ふーん、いいんじゃねーか?」


 何が?


「俺はお前たちの結婚に口出ししねぇよ」


 レオの隣にいたビャッコが口にした水を吹き出す。


「どんな早とちりよ」

「違うのか?」

「彼は通称エッグオブタイクーン・ウィル。超々超大金持ちだよ」

「なら結婚相手としては最高じゃねーか」


 レオの頭の中ではオスとメスがそろっているとイコールで結婚になるらしい。

 仮に僕と老婆が並んでてもそう言うのだろうか。


 飲食店の店員さんがそれぞれ注文した食事を持ってくる。

 ここは主に肉ステーキを取り扱っている店で、レオのステーキは五枚仕立てだ。


 鋭い歯牙でレア肉に噛みつき、肉汁をしたたらせていた。


「……ビャッコ、仕事の件だけど」

「ん? うんうん、どんな仕事?」

「君には、約一か月後に開店する卵専門店のオープンスタッフをやってもらいたい」

「おーぷんすたっふ?」


「新しいお店で一緒に働く従業員のこと、開店直後だから色々と試行錯誤すると思う。問われるのは僕の注文への対応能力と、何が起こるかわからない接客業務を始めとした視野の広さ。前者は社会経験があればあるていど身についていると思うけど、どうかな?」


 というと、僕の前にいた二人は首をかしげていた。

 レオは手を止め、水を含みつつ僕を見る。


「難しそうだな、もっと他にねーのか?」

「あとは荷物の運搬業と、売上金などの移送のための警備ぐらいですね」

「ふーん、妹よ。やれそうか?」


 レオがビャッコに視線を移すと、彼女は満面の笑みだった。


「やれます!」


 きっと、根拠なく豪語してるんだろうな……。

 でも、とりあえず仮採用を出してもいいと思えた。


「じゃあ明日から研修させてもらってもいい?」

「OKです!」

「ありがとう、給料は前金で一か月分の半分を先ずは出すよ。もう半分は一か月後」

「それっていくらぐらいなの?」

「時給制にしようと思ってる、歩合制じゃ辛いだろうし」


 王都を練り歩いてみた感じ、飲食店の月給はおよそ金貨四枚。

 僕の店ではそれに半分上乗せして、金貨六枚にしたい。


 ビャッコが週四の一日八時間勤務で働いてくれた場合の時給はおおよそ。


「一時間給で、銀貨三枚でどう? 月給にすると金貨六枚だから、先ずは三つ払うよ」

「もう一声!」


 は? そんなの禁句に近いだろ。

 妹の掛け声に隣で肉をむさぼっていたレオは「いよ、大将!」と合わせる。


「これ以上の交渉はできないよ、例え僕が死のうともね」

「うーん、わかりました、参りました」


 交渉事には必ず自分の生死が懸かっていると思え。

 師匠の受け売りだった。


「じゃあこの後付き合ってもらえる? お店の制服を決めたいから」

「おいおい制服プレイたぁお前も中々の好事家だな」


 レオは今の話、聞いてなかったのだろうか?


 飲食代を支払った後、僕は二人を連れて衣服店へと向かった。


 ビャッコは意気揚々と店の服を試着しているが、仕事とは関係なさそうだ。

 レオもこの際だし服を新調するかなどと言っているが、僕に払わせるつもりか?


 制服のトップとボトムスはシャツと動きやすいパンツルックでお願いするとして。

 店としての統一感は必要なのでエプロンを見繕いたいな。


 それを地元にいる母に送って、店のマークを刺繍ししゅうしてもらおうと思う。


 とりあえず、ビャッコに合わせたシャツとボトムスを三セット購入。

 会計時にレオがこれも追加で、と棒読みで出してきたので仕方なく購入。


 こうして実際に人を雇おうとすると、その後の経営シミュレートが出来るからいい。


 その後は二人を家に招いた。


 招いた理由としては、ビャッコに商品の説明と、商品となるプリンの作り方を教えるためだったが、彼女の兄のレオは強引なやり口でついて来てしまった。できればジニーが帰ってくる前に完成できるといいんだけどな。


「これでどうだろうか?」


 ビャッコが差し出した試作品を口にしたけど、感想はこうだ。


「僕よりも上手いよ」


 それにレオが感嘆していた。


「ほお、これがプリンか。ドロドロとしてて、はむ、ちょっと苦い」

「それでも僕が最初作った時よりかは上手ですよ、ちなみに僕のプリンはこれだから」

「どれどれ……く、はっはっは、妹のと違って奥深い甘みで食感も段違いだ」


 ビャッコにも実際に食べ比べてもらい、感想をもとめた。


「どっちも美味いじゃん」


 ああ、これ一番駄目なパターンや。

 やはり彼女には接客に専念してもらい、パティシエは他で募ろう。


「とりあえず今日の業務はこれで終わりってことで、続きはまた明日にしよう」

「ふぅ、労働の汗はいい感じだね、じゃあ私着替えてくるから部屋貸してね」


 そう言い、ビャッコは僕の部屋に向かった。


「レオはどうします? 運搬業務とか、警備でなら雇えそうです」

「月に金貨六枚だったか? 俺は遠慮しておく」

「賃金が低いですか?」

「ありていで言えばそうだ、あと、俺は根っからのバウンティハンターだからな」


 バウンティハンター、つまりは賞金稼ぎ。

 この世界にも魔物や、悪党がいて、懸賞金がかけられる。

 レオの狙いはその懸賞金だったみたいで、時給制の仕事には興味ないみたいだ。


 その時、玄関から物音が聞こえる。

 ジニーが帰って来たみたいだ。


「ただいま」

「お帰りジニー、今日はちょっと知り合いを家に上げてるよ」

「はい、了解です……えっと、ウィルはどこに」


 ん? 彼女は僕を視界に入れてなお、ふらふらとおぼつかない足取りで部屋に向かった。

 そして僕の部屋の扉をちゅうちょなく開けてしまい。


「きゃ」

「……あ、ごめんなさい」


 着替え中のビャッコにラッキースケベしていた。

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