第6話 プリンと店舗
旧知だったマケインのおかげで、僕を代表とするギルドの設立申請は無事に通った。その後マケインに色々と打診してもらい、彼と交渉していればあっという間に夕方を迎える。
お役所勤めであるマケインもそろそろ上がる時間だという。するとマケインはこの後居酒屋にでも一緒しないかと誘ってきた。昨日から共同生活を初めたジニーを一人にする訳にもいかなかったので、お断りしたけど。
今日は素直に帰宅し、ジニーの帰りを待った。
「……ただいまウィル、何をしてるの?」
「おかえり」
家の食卓を使わせてもらい、僕はチラシやポスターの原稿作業をしていた。
マケインのおかげで王都の一角にある空き店舗も貸してもらえることになっているし。
あとは本格的に自分の店を持つための計画やその作業を着々としていかねば。
「今度、王都に店を持つことになったんだ。そのための準備だよ」
「早速ですか? ずいぶんと早いですね」
「ところで、今手にさげてるのが例のジビエ肉?」
彼女の右手には手提げ袋があって、袋はまん丸としていた。
「ですね、ラプター鳥を丸ごと一羽頂きました」
「ありがとうジニー、いくらした?」
「今回は私の奢りでいいですよウィル」
鳥肉を椅子に置くと、彼女は不思議そうな眼差しでポスター原稿を見ていた。
「何かおかしな所あるかな?」
「いえ、特には……バイトを雇うの?」
「僕一人だけじゃあ不便だからね」
「……もし、人手がいなかったら言ってください、お手伝いしますよ」
って言っちゃうほど、今の職場には嫌気差してるんだろうなぁ。
ジニーはため息をつくと、着替えのために自室へとこもった。
彼女が着替えている間、僕は彼女が好きだと言ってくれた卵料理をこさえる。
卵料理の王道、卵焼きを専門のフライパンでとんとんとん、完成っと。
着替えをおえたジニーは食卓にあったそれを見て綺麗と褒めてくれる。
「ウィル、これは貴方が作ったの? 頂いていい?」
「どうぞ、君のために作ったんだから」
「ありがとう、いただきます」
均等に切り分けられた卵焼きを、彼女は一口でぱくっと頬張った。
一噛み、二噛みして、ほうと息をつく。
「美味しい、適度な甘さなのに塩気もあって、疲れた体にしみこむ」
「卵焼きは奥が深いから、たくさん練習したよ」
「ウィルは将来いいご家庭を作れそうね」
それに比べて私は――と彼女は小さくつぶやく。
騎士団でどんな扱いを受けているのか知らないが、昨日よりも落ち込んでいるな。
「鳥肉はどう調理しようか? お任せでいいのなら勝手にやるけど?」
せめてもの努力だけど、僕は疲れているジニーの代わりに料理してあげる。
彼女は僕が作った鳥肉を少しあぶった刺身風の一品を丹精に味わい。
よほど疲れていたのか、食卓に突っ伏してそのまま寝入ってしまった。
◇ ◇ ◇
翌朝、まだ日も昇らないうちに彼女は起きた。
「ん……いま何時」
「五時だよ」
「あ、お早うウィル。私……昨日は疲れてて」
「ジニーはこれから仕事かな?」
「そうですね、今から支度して出ないと間に合わない」
彼女は鉛を埋め込まれた体に鞭打って起き上がり、自室へと向かった。本当に大丈夫か? やや心配になってしまうが、昨夜用意したこれで元気になってくれるといいんだけどなー。
着替え終わると彼女は僕がいるリビングを通り過ぎ、玄関へと向かっていた。
僕は見送ろうと席を立ち、手には彼女のために作ったデザートを持っていた。
「じゃあ行ってきますね」
「ジニー、これ。昨夜作り置きしておいたから、よかったら食べて」
「ありがとう、でも中身は何?」
「――プリンだよ、僕の自家製」
プリンを渡されると、ジニーは微笑みながら家をあとにして行く。
彼女のために作ったプリン、されど、彼女だけのプリンとは違う。
ジニーを見送ったあとは残った雑務にすこし取り掛かり、大衆浴場が開くタイミングで外に出た。今日はこの後で昨日マケインに紹介された店舗に向かい、内装工事の業者さんと商談する予定だ。
工事費をケチるつもりはない、が、まれに詐欺まがいの業者もいるのでそこは注意しなければならない。
大衆浴場で汗を流した後は、王都の郵便局へと向かった。
両親への近況報告だったり、父にみつくろって欲しい家具を頼む手紙を出した。
その後、王都の中央広場で内装工事の業者と落ち合い、僕の店舗へと向かう。
店舗は王都の中央城へと続くメインストリートの一角にあって。店の前はやや勾配のある坂道になっている。通りには樹木が点在してて、僕は内装工事の業者さんとマケインと一緒にその店舗のオーナーであるヘドウィグさんに挨拶した。
「この度は急な話にご承諾いただき、ありがとう御座います。詰まらないものですがこれは感謝の気持ちです」
「ありがとう、いただくよ」
ヘドウィグさんは老年の男性で、ここで長らくパン屋を営んでいた。
マケインの話だと年も年なのでそろそろ店を誰かに譲渡したがっていたらしい。
「もしよければマケインさんたちにも用意してありますので、どうぞ」
マケインは僕から粗品のプリンを受け取ると、懐古的な目でプリンを見ていた。
「懐かしいですよウィル、貴方と出会った頃を思い出します」
内装業者のエドもお礼と一緒にプリンを手にした。
一足先にプリンを手にしたヘドウィグさんは、僕を見て素朴な疑問を覚えたようだ。
「店を譲るのには反対しないよ。それ相応の金も頂くことだしな。ただ、ウィルと言ったか?」
「はい、ウィルと申します」
「お前さんはこの店でどんな商売を始めるつもりかね」
たしかにそこは気になる所だよな。
先に落ち合ったマケインと内装業者のエドには概要を伝えてある。
僕はこの店で、王都で、地元で働いていた時から構想していた専門店を開く予定でいる。
「――卵の専門店を、出してみたいと幼少の頃から考えていまして」
そう言うと、ヘドウィグさんは眉根をしかめ、額に小じわを寄せていた。
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