第4話 彼女と僕の暮らしの始まり

 王国には地元の商業都市とは違い、騎士団なる集いがあった。


 僕は恐らく騎士団の中でも落ちこぼれの女騎士ヴァージニアの家に招待された。


 彼女の家はレンガ仕立ての小路地の一角にあるアパートメント式の一部屋だ。


「立派な家ですねぇー」

「つまらないところですが、どうぞおあがりください」


 彼女はそう言うと玄関で靴を脱ぐ。

 ここは日本式に近い習慣なのかな? 地元だと靴は履きっぱなしだったけど。


「お邪魔します」

「お荷物の方は適当なところに置いていいですから、私は部屋で着替えてきます」


 言われるがまま、背負っていた荷を下ろす。


 室内を見渡すが、備えつけのキッチンのよこに食卓と二脚の椅子という質素な部屋だ。

 花も飾られてないし、食器類も必要最低限のものしか置かれてなさそう。

 食卓の上には何やら箱状の物が置かれているが。


 もしかしたら彼女はここに長居するつもりはないのではなかろうか?


 さてと、手すきになった。今日はここに泊めてもらえるみたいだし。

 泊めてもらう謝礼ぐらいは用意しておいた方がいいと考えた。


 僕は勝手にだがキッチンを借り、マッチを使って火を起こした。


 ◇ ◇ ◇


「ウィ、ウィルさん、これは一体?」

「着替えはすみました? 失礼とは思いましたけど、ちょっとキッチン借りてます」


 王都のパン屋で購入した食パンに自家製のマヨネーズとあえた卵サンドをメインに、卵スープを添えて、八百屋で購入したこの世界の野菜の代表格であるグブルという歯ごたえのある葉と家から持参した芋類をふかしたポテサラも盛る。


 僕は自慢の卵をふんだんに使った料理を食卓にそろえていた。


「ヴァージニアさんの分もありますから」

「そう……ですか」


 彼女は一瞬驚いてはいたものの、慣れた様子で台所仕事している僕を見て椅子に腰を下ろす。


「ウィルさん、音楽を掛けても平気ですか?」


 音楽? この世界に来てから久しく聞いてなかった単語だ。

 それがゆえに僕は彼女の行動に目がいった。


 彼女は食卓の上にあった箱の取っ手をいじると、ビックバンドの曲が流れてくる。


「おおお」

「驚きました?」


 まさか、この世界に蓄音機のようなものが存在していたとは。

 彼女の問いに僕は感動をあらわすように首を縦に振りつつ、食卓についた。


「さすがは王都ですね」

「それでは、ウィルさんが作ってくれたごちそうを頂きましょう。こう言ってはなんですが、私、卵料理にはめっぽう目がなくて」


 卵が貴重とされているこの世界では彼女のように言う人も少なくない。

 彼女は僕が作った卵サンドをおそるおそる口に運ぶと。


「美味しいです、私が今まで食べて来た卵サンドとは違ってまろやかで、このペースト状のソースはなんですか?」


 花がほころぶように眉を開き、口端を吊り上げた。


「マヨネーズですね、卵黄をベースにしたソースです。素材が高価なので入手し辛いですが」


 ああ、思い出すなあ。


 師匠の商店で卵を売り始めてから三か月後、師匠に無理言って各種調味料と植物油を用意してもらい、仕事を終えてからマヨネーズを試行錯誤して作って来た三年間の思い出。


 僕は師匠から「お前ってば、細胞レベルで卵に支配されてるんだな」って正気を疑われていたものだ。


「元々在籍していた商人ギルドの主力製品ですので、取り寄せることは可能ですよ」


 マヨネーズはいいものだ。


「この卵スープもすごく美味しいですし、このサラダにももしかしてマヨネーズが使われて?」

「その通りですよ、ポテサラにもマヨネーズは使ってます」


 ヴァージニアさんは目の色を変えて卵料理を口にしていた。

 正直、例の先輩たちに怒られたあとは目が死んでいたからな。


 ここに向かうまでの間の足取りもかなり重そうだった。

 それが今は用意された食事に手が止まらないと言った様子だ。


「ウィルさんは食べないのですか?」

「貴方が美味しそうに食べていたので、食べた気になってしまってつい」


 そう言うと彼女は失笑をこぼす。


「私のことはジニーとお呼びください、古くからのニックネームですから」

「僕のこともウィルと呼び捨てにして構いませんよ」

「では改めてウィル」


 ジニーは卵料理を一式食べ終えると、姿勢を正した。


「王都へようこそ、私は王都の一員としてウィルを歓迎いたします」

「……ありがとう」


 彼女の言葉に、心の底からお礼が出来た。


「もしよかったら僕の分もジニーにあげるよ」

「いいの?」

「僕は逆に食べ飽きちゃってて、口にするとしたら動物性たんぱく質が好みなんだ」

「ふーん、なら明日伝手を使ってジビエ肉を貰ってきますよ」

「ありがとう、お代を請求されたら僕が払うよ」

「わかりました、それで、ウィルは王都で商売するつもりだったんですよね?」

「そのつもり」

「王都でお店を開くには結構な予算が必要ですけど、大丈夫だった?」


 ああ、予算面の心配はそれほどしてない。

 師匠の下でこき使われていた八年間、商店に卸していた卵のマージンで得たお金は相当なものだから。


「大丈夫だよ、これでも貯金持ってるから」

「貯金って、どのくらい?」

「えっと、僕は口座を二つ持っていて、一つは普通の口座でもう一つは王銀です」

「お、王銀? それって貴族や一部の大金持ちしか使えない王立銀行のこと?」

「そう、王銀の方にはこの先の仕事で使うための金を預けてる。手続きが面倒だけどね」


 王銀の口座作成に必要な条件は、僕であれば金貨五千枚相当の資産を一括で預け入れることだった。王銀には師匠の口座もあるけど、師匠はこの前亡くなったし、誰が遺産引き継いだんだろ?


 そう言えば僕が抜けてからギルドはどうなっているんだろうか。


「す、すごい大金持ちだったんですね、ウィル」

「見えないって? よく言われるよ」

「い、いえ、余計な真似したかもとは思っているけれど、人は見かけにはよらないですしね」


 余計な真似? とは。

 ジニーの食事がすむと、僕たちは一緒に食器洗いをした。


 この世界には娯楽が少ないし、何もしないよりは苦じゃないから。

 ジニーは僕から渡された皿などの水滴をタオルで拭いつつ。


「ウィル、一つ提案があるのですが」

「何?」

「……も」


 彼女は口をもじもじとさせ、言おうかどうか迷っている素振りだ。


「……平気だよジニー、たいていのことは聞くから」

「そ、そう? なら言う」


 ジニーは息をととのえると、僕にとってはありがたい打診をしてくれた。


「もしよかったら、で構わないんだけど、私と一緒に暮らしてみませんか?」


 父さん、母さん……!


「ちなみに理由とかあるの?」

「好き、だから」


 父さぁあああああああああああん!


「……あ、えっと、ごめんなさい。ウィルが好きとかじゃなくて、いや、えっと」


 彼女からパッションな告白を受けたと思えば、言い間違いだったみたいだ。

 それに気づいたジニーは顔を真っ赤にして、思考を整理している様子だった。


「その、ウィルみたいな人がいてくれれば助かるから」

「って言うと? 僕たちは今日初めて会ったばかりだよ」

「それはそうなんですけど、ウィルといると嫌なことを忘れられるから」


 彼女の話を聞いて、ふに落ちた。

 僕も最近嫌なことがあったばかりだし、王都に来る以前は不安が大きかった。

 けどジニーという良き人と出会えたことで、少しは発散できたというか。


「それに、貴方の作る卵料理はずっと食べていたいと思った」


 彼女は僕の自慢である卵料理をこうまで賞賛してくれる。

 なら、彼女の申し出を受けてみよう。


 そう思った。

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