第2話 王都へ
ある日、兄弟子に自身が所属するギルドハウスに呼び出され。
兄弟子は開口一番、ショックなことを伝えて来た。
「聞いてないのか、ウィル、お前にはギルドから立ち去ってもらう」
放心してもおかしくないだろ。
今までお世話になっていたギルドから唐突に追放されるだなんて。
「何が理由なんですか」
「師匠からの遺言状にそう書いてあったんだよ」
僕が十八になった年、ルドルフは急逝していた。
あの人は毎晩のように酒をあおっていたからな、無理もない。
「遺言状にはなんて……?」
「要約すると二点、ギルドは俺に託すと、ウィルはギルドから除名しろと」
師匠が遺言にしてまで、僕をギルドから追い出した?
僕は、このギルドで一番の稼ぎ頭だったのに?
「その遺言状見せてくれませんか」
「無理な話だ、遺言状は親族にしか見せられない」
僕に追放処分を言い渡した兄弟子は師匠の孫だけど、あまりにも横暴じゃないか?
「疑っているのかウィル?」
「……」
兄弟子に嫌疑の眼差しをむけられ、僕は奥歯をかみしめた。
今まで落ち度らしい落ち度なんてなかったのに。
「最後に、お世話になった人たちに挨拶してもいいでしょうか」
「それぐらいなら、まぁ……いいだろ」
突然の追放処分に、全身脱力しきっているけど。
師匠であるルドルフは言っていた、どんな時でも辛い素振りを見せるな、と。
辛い素振りを見せた瞬間、人は去っていく。
「今までありがとうミーシャ」
僕は先ず、ギルドハウスに居合わせていた猫耳のミーシャに声を掛けた。
ミーシャは急な別れに、悲しい表情を浮かべている。
「にゃー、なんて言ったらいいのか、私にはわからない」
「困ったことがあれば、また相談しに来てね。いつだって話聞くからさ」
「ううう」
ミーシャと軽いハグをしあい、別れを告げた後はギルドの商店に向かった。
兄弟子の一人で、店長をやっているボランは訳知り顔で僕の挨拶をうけていた。
この時点で兄弟子たちが僕の追放処分を前もって議論していたことを知れた。
僕はそのまま商店の倉庫に向かった。
薄暗い倉庫にはたくさんの食材が詰まれていて、賞味期限などが書かれた紙と一緒に仕分けされていた。室内で倉庫整理をしている恰幅のいい若者である倉庫の責任者のトレントに、別れを告げる。
「えぇ!? その話マジ?」
「今日、言い渡された。これからはカムナがギルドを取り仕切るらしいよ」
「えぇ? えぇ……それで、ウィルさんはこれからどうするんで?」
ルドルフの商人ギルドには僕を始めとして、大勢の若者が所属している。
ルドルフは彼らを結託させ、ギルドはまるで第二の家庭のような居心地の良さだった。さきほど挨拶をすませたミーシャや、今別れを告げたトレントは僕よりも年下だった。
できるのなら、二人を置いて行くような真似はしたくないんだけど。
兄弟子たちの間で協議が終わっているのなら、もうどうしようもない。
「なんだったら俺がその話取り下げるよう頭下げてきますよ!」
「いやいいよ、気持ちは嬉しいけど。僕はこれを機に自分の店でも持つことにするからさ」
「……今すぐに、という訳にはいかないけど。俺、もしかしたらウィルさんのその店で働きたいかも」
「ありがとう、その時は気軽に声かけてくれれば即雇わせてもらうよ」
それじゃあ、今までありがとうございました。
そう言うとトレントはシャツのすそで涙をぬぐっていた。
挨拶したい人には別れの言葉を告げたし、後は今月の取り分を貰って家に帰るか。
と、商店から踵をかえし、ギルドハウスに戻ると、外にまで笑い声が響いていた。
「ウィル可哀想~、一方的に追いやられて落ち込んでたわよあいつ」
「これくらいの方があいつにとっていい薬になるんだよ」
ギルドハウス内でされている談笑の中には、僕に追放を言い渡した兄弟子のものまであった。
「ねぇ、本当は遺言状なんてなかったんでしょ?」
すると他のギルドメンバーがこんなことを言っていた。
その台詞に対し、兄弟子は気分良さそうな声色をとる。
「あのずぼらな師匠が遺言状なんて残すはずないだろぉ? 今回の追放はウィル自身の素行が原因さ。あいつ何かと師匠に目掛けられて、そのくせ反抗的な物言いでめざとかったしな」
その話を耳にしてしまった僕は酷い怒りを覚えた。
今回の追放処分はつまり、兄弟子たちによるエゴだったわけだ。
どちらにせよ、僕自身もこのギルドに残ろうとは思わない。
込み上げる腹立たしさを抑え、ギルドハウスの扉を二回ノックして。
「失礼します、今月分の給料を貰いに来ました」
「おうウィル、戻ったのか。今回は残念だったけど、何かあれば相談しに来いよ」
兄弟子は気分良さそうにしていて、愛想笑いで僕に給料を手渡す。
中を確認してみると、取り分が実際の半額になっている。
「悪いなウィル。師匠の急逝で、ギルドメンバーの給料から葬式費用を天引きしてるんだ」
はぁ、そうですか。
「今までお世話になりました」
「今後はどうするんだ?」
そんなの貴方たちには一切関係ない。
と言い放ちたい気持ちをせき止め、師匠から叩き込まれた笑顔を取る。
「そうですね、行く当てもないですし、旅に出ようかなと思っています。旅先で自分の商人ギルドでも持って、商売してみるのも一興かなと。今までご迷惑お掛けしました、今後は兄弟子たちの目に留まらない所で生きようと思いますので、兄弟子もこれからは不快な思いをせずに済むと思いますよ。それでは失礼いたします」
最後っ屁のように、
今言ったように僕はこことは違った自分の商人ギルドを持とうと思う。
そしてこのギルドよりも繁盛して、絶対見返してやるんだ。
◇ ◇ ◇
数日後、僕はその足で王都へと向かう馬車に乗った。
父と母は寂しそうにしていたが、子供はいずれ巣立つものと言ってくれた。
王都に向かう理由は二つある。
一つは、ギルドの設立は基本王都でしかできないからなのと。
もう一つの理由は、王都の方が僕の地元よりも人口が多いからだ。
人がいればその分、ビジネスチャンスも転がっているし。
何より今まで商業都市で暮らしていたけど、外界に出たことはなかったから。
より広い見識を持つという意味では、これでよかったんだと思う。
馬車に揺られること半月後、黄金色したのどかな麦畑の横を通り抜けると。
馬車馬を繰っていた御者が、王都の外壁が見えて来たと口にした。
その台詞に身を乗り出して隙間から前方にある王都の景観を目に入れた。
青空の下、真っ白な外壁に囲まれた王都の中央にはうっすらと城の塔が見える。
いいようのない期待が胸中で膨らみ、僕は目を輝かせながら外壁門をくぐった。
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