第36話 バタフライペンダント

「この魔具マグのお陰でぼくは普通の日常生活が送れるようになったんです! リンダ先生には感謝してもしきれません!」


 そう赤髪犬耳少年が晴れやかな表情を浮かべる。一方で白髪青年はその見覚えのあるデザインに眉をひそめる。


「ロイス……ひょっとしてだが……そのペンダントというのは『肉体を構成する表面上のマナに働きかける』タイプの魔具マグだったりしないか?」


「そうです! 肉体を構成する表面上のマナに働きかけフェロモンの分泌を抑制しているんです! さすがレヴィンさん! 伊達に座学の成績がトップクラスじゃありまませんね!」


「当然だ!」


 内心は複雑だが、とりあえず褒められたのでドヤ顔を浮かべておく。


「リンダ先生が研究して導き出した結論はフェロモンの誘惑効果は――『種族固有のパッシブアビリティ』の一種であると」


「ほう! それは実に面白い研究結果だ!」


「そこで肉体を構成する表面上のマナに働きかけ『パッシブアビリティ』を抑制する魔具マグを装備したら見事に効果を発揮してくれたんです」


「なるほど……魔法耐性や属性耐性を高める魔具マグがあるが概念はそれに近いか。外的要因に作用するか、内的要因に作用させるかの違いだろうな」


「ただこの【蝶の首飾りバタフライペンダント】には弊害があって……」

「弊害?」


「はい。パーティーボーナスの効果や白魔導士ホワイトメイジの持つ〈敵視ヘイトDOWN〉のパッシブアビリティの効果も抑制されてしまうんで……みんなには申し訳ない気持ちです」


 赤髪犬耳少年が後ろめたそうに長いまつ毛を伏せる。


「効果を抑制して今の回復力ってことか? 十分すぎるだろ?」

「そう言ってもらえると少しは気が楽になりますね」

「そんなことはどうでもいい! 貴様が『男の振り』をしているのもなにか重大な意味があるんだろ! 肝心なその理由を早く聞かせろ!」


 自然と声がたかぶってしまう。レヴィン・レヴィアントはこういう知的好奇心をくすぐる話が大好物なのだ。

 ところが、赤髪犬耳少年は「いいえ」と首を振る。


「リンダ先生が言うには『肉体を構成する表面上のマナに働きかける際に性別の情報をうっかり書き換えてしまった! てへぺろ!』だそうです」

「……は?」

「だから特に深い意味はなくて、どちらかと言えばリンダ先生の趣味だそうです」



「なんじゃああああああそりゃあああああああああああああ!」



 陽光に照らされ白み始めた屋上に白髪青年の本気の叫び声がこだましたのは言うまでもない。

「なんてふざけた女なんだ!」

「リンダ先生のことを悪く言わないでください! 『男の子のままで構いません』と言ったのはぼくなんです!」

「どういうことだ……?」


「丁度いい機会だと思ったんです。この体質で生まれて女の子として生きてきて辛いことばかりでしたから……これを機会に新しい自分に生まれ変わろうって……女の子だった過去を捨てて男の子として再スタートしようって……」


「ふむ。貴様が自分の隠し事を『後者』だと言ったのはそういうことか」


「ぼくはこの決断を後悔してません! だってそのお陰でジルさんたちと出会えたんですから!」


 赤髪犬耳少年は身震いするみたいに自らの肢体を両手で抱きしめる。


「正直、ペンダントを装備しててもパーティーの男の子との初対面はすごく怖いです。あくまで抑制してるだけでフェロモンを完全にシャットダウンしてるわけじゃないんで……間違って誘惑しちゃったらどうしようって……」


 一転して赤髪犬耳少年が嬉しそうに微笑む。


「だけど、ジルさんやミカエルさんはこれまでの男の子たちと違った! 初対面の時から、男性とか女性とか関係なくひとりの人間として紳士的に接してくれたんです! ぼくはそれが心から嬉しかった!」


『そりゃジルもだからな』


 そう内心で思う白髪青年である。

 少なくとも、産まれながらの男と比べてジルがフェロモンの影響を受けにくいのは間違いないだろう。


「ジルさんもミカエルさんも今のパーティーにたどり着くまで、いろいと苦労があったみたいで……だからでしょうか。最初からぼくたちは通じ合っていました。まるで昔からの友人みたいに」


『そりゃジルはロイスと同じくだからな』


 そう再び内心で思う白髪青年である。

 赤髪犬耳少年が今日何度目かの深いため息を漏らす。まったくころころと忙しいやつである。


「ハァー、ジルさんやミカエルさんがぼくが『実は女の子』だって知ったらどう思うでしょうか……がっかりするかな。もしもパーティーから脱退するように言われたらすごく辛いな……」


「しないだろ」

 白髪青年は即答する。

「どうしてそう思うんですか? 他人事だと思って適当に言ってません?」

 斜め下から赤髪犬耳少年がすがるように見つめてくる。


「貴様は本当に馬鹿だな。その貧相な胸に手を当ててよく考えてみろ? 貴様のよく知るあいつらはそういう人間か?」


 ロイスが大きな目をさらに大きく見開き、すぐさま首をぶんぶんと横に振る。


「……いいえ。違います。ジルさんたちは仮にぼくが女の子だと知ってもないがしろにするような人たちじゃありません。少しでも疑った自分が恥ずかしいです……ありがとうございますレヴィンさん気づかせてくれて」


 そう言ってロイスは力強くレヴィンの尻を蹴り上げてくる。


「こら! ロイス! セリフと行動がかみ合ってないぞ!」


「ぼくの胸を貧相だった言った仕返しです!」


「なにが悪い?」

「むしろなぜ悪くないと?」

「は? 『過去を捨てて男の子として再スタート』したんだろうが?」

「そうですが……?」

「なら訊くが! 男が胸のことを言われてムキになるか? 俺様はならんぞ?」

「そ、それは……」

「おかしくないですかロイスくーん? ちっとも女を捨てきれてないように見えるんですけどぉー! どうなんですかぁー?」


 レヴィンが嫌味ったらしい態度でロイスの顔を覗き込む。赤髪犬耳少年がぐぬぬと悔しそうに唇を噛みしめている。


「ってかロイス! 『がっかりするかな』じゃないんだよ! 俺様は? 『実は女の子』だと俺様にバレたことはどうなんだ?」


「あ、別に。レヴィンさんにどう思われても平気なんで」


「よーし、ロイス。ケツを出せ。蹴り飛ばしてやる!」

「あ! そう言えば大浴場でぼくの裸をまじまじと見ましたよね? 思い出したらムカついてきたんでもう一回蹴らせてください!」

「ふざけんな! ロイスも俺様の股間をまじまじと見てただろうが!」

「ま、まじまじとは見てません! むしろレヴィンさんがぼくに見せつけてきたんじゃないですか! 変態!」

「男湯に忍び込む変態に言われる筋合いはない!」


 朝焼けをバックに二人は大人げなく取っ組み合う。

 小柄だが相手は抜群の身体能力を誇る狼耳族ワーウルフである。必死に抵抗するも白髪青年は徐々に押し込まれてゆく。


(マジか……回復役ヒーラーのくせに攻撃役アタッカー並みの怪力だな……狼耳族ワーウルフに攻撃させないとか宝の持ち腐れだろ)


 やはり自分の考えは間違ってなかったと白髪青年が引きつった顔で確信していると、突然、赤髪犬耳少年が唐突にピタと動きを止める。


「あれ……そう言えば、レヴィンさんはどうして平気だったんだろう……?」

「な、なにがだ?」


「大浴場でも尋ねましたけど、あの時の【蝶の首飾りバタフライペンダント】を装備していなかった全裸のぼくに欲情しなかったんですよね? 【超誘惑体質スーパーテンプテーション】の影響をもろに受けていたはずなのにどうしてでしょうか?」

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