第28話 祝勝会

 ダンジョン攻略終わりの冒険者で賑わう大衆食堂『白熊亭』の片隅で、


「20階層突破を祝って! 乾杯ッ!」


 ジルの音頭でなみなみと注がれたジョッキをイケメンたちは勢いよく掲げる。

「しょせんは20階層だがな」

 白髪青年だけは憮然としている。無理もない。


「俺様が目指すのは100階層のさらにその先なのだ。貴様らにこの程度で満足してもらっちゃ困る」

「それでもボクたちアカデミーの学生にとって20階層突破は無視できない大きな出来事だよ」

「冒険者アカデミー卒業の最低限のノルマとして『30階層突破』が義務付けられているからな! 在籍二年にも満たないオレたちが20階層を突破したことは十分すぎる成果だ!」

「意識が高いのも結構ですけど、今日だけは空気を読んで素直に喜んでくださいレヴィンさん」


「そうだぞレヴィン! 君はこの成果を誇るべきだ! 君が加入してくれたお陰なんだから! オレたち三人だけではこれほど早く20階層を突破することはできなかった!」


 イケメン二人も同意して頷く。さすがに悪い気はしない。レヴィンは「わかったわかった」とジョッキを掲げる。


「俺様という天才と巡り会えた貴様たちの幸運に乾杯!」

 

 相変わらず素直ではない白髪青年に苦笑するイケメンたちである。

 すると、頃合いを見計らっていたのか褐色メイドのキャロル・キャンベルがテーブルに料理を手際よく並べてゆく。


「皆さーん! 20階層突破おめでとうございます! よかったらこれ店長からのサービスでーす!」

 

 キャロルが草原エリアでお馴染みのワイルドボアの肉を使用したワイルドステーキをドドンとテーブルに置いてゆく。

「さすが白熊店長!」

 レヴィンは即座に椅子から立ち上がり、厨房でフライパンを慣れた手つきで振るっている白熊族の店長に無言でサムズアップする。

 白熊店長は肉球を『構わんよ』とばかりに向けて応えてくれる。


「相変わらずカッコいいな店長は!」


 レヴィンは瞳を輝かせる。

「いずれはあのような寡黙で有能な仕事人になりたいものだ」

「……レヴィンって白熊店長のことに関してだけは素直だよね」

 なぜか隣のジルが渋い顔で頬杖をついていた。


          ◆◇◆◇◆


 まずは美味い酒と美味い食事で存分に腹を満たす。しばらくして空腹が収まると、泣きぼくろが特徴的な黒髪青年が今日のバトルについての反省を口する。


「オレはもっと効率よく回避する必要がある。被ダメを恐れて大きく避けていると、どうしても反撃に転じるまでのタイムロスが大きくなってしまう」


「でもこれまでよりジルさんの被ダメが少なくてぼくは楽でしたよ。回復のマナを攻撃に回すことでもできましたし、初めてにしては上出来では?」

「努力家のジルくんなら大丈夫さ。今回のパーティー戦術を繰り返していけば自然と練度は上がるはずさ」


 すぐさまロイスとミカエルがリーダーをフォローする。二人のジルへの信頼は絶大である。

 金髪眼帯エルフがワインで喉を潤してから、くすりと思い出し笑いをする。


「ふふふ、それにしても楽しかったよ。レヴィンくんのお陰でマナの残量を気にすることなく攻撃アビを使用することができてさ。貴重な体験だね」

「ぼくもですミカエルさん。自分の攻撃で魔物の生命力を削るのってこんなにも興奮するものなんですね」


 ロイスが笑いながら続ける。


「アタッカーの人たちってなんで馬鹿みたいに魔物に突っ込んでゆくんだろうって、回復する人間の気持ちを考えたことあるのかなって、ぼくはいつも疑問だったんですけど今日はその気持ちが少し理解できました」


「ロイスすまない。耳が痛いな」

 猪突猛進タイプのジルが申し訳なさそうに肩をすくめる。


「ジルさんは別です。ちゃんと成果を残してくれるんで。ぼくが言ってるのは大してダメージも与えないのに被ダメだけは立派な人たちのことです」


 辛辣なロイスにジルとミカエルが苦笑しているが、同じ後衛職のレヴィンは「間違いない!」と力いっぱい頷くのである。


「今日はすごく勉強になったね。攻撃アビで敵視ヘイトを稼ぐことがいかに重要なのか理解できた。ジルくんが攻撃を控えてくれたこともあるけど、今日のボクは開幕の一度しか〈タウント挑発〉を使用してないからね!」


 突然、ミカエルがレヴィンに頭を下げる。

「レヴィンくん、謝らせてくれ。正直、バトルの前までボクやロイスくんが中心になって戦うことに否定的だった。上手くいきっこないってね」

「ぼくもです。『また無茶な要求してるよ』って内心でレヴィンさんにうんざりしてました」

「でも今日で確信が持てたよ。ぼくたちはレヴィンくんが示してくれた道を信じて進めばいいんだってさ!」

「レヴィンさんにはぼくたちにはない広い戦術眼があります。ダンジョンの知識もあり実践力も高い。人間性はさておき、その点は認めるしかありません」

「だってさレヴィン! 皆が君のことを褒めているぞ!」


 蜂蜜酒ミードを無言で傾ける白髪青年の顔をジルが覗き込んでくる。なぜか褒められた当人よりも嬉しそうな顔をして。

「なにか言いなよ!」

 褒められて嬉しくないわけはないが、知っての通りレヴィン・レヴィアントは素直に「ありがとう」と言えるような殊勝しゅしょうな性格ではない。

 レヴィンはジョッキの底をテーブルにガツンと叩きつける。


「調子に乗るな貴様ら! これは始まりにすぎん! 今回のパーティー戦術を継続して高めてゆくことが30階層40階層と先を目指す上で重要なんだ!」


 結果、いつものように憎まれ口を叩いてしまう。強気に振舞うのが長年の処世術ではあるが、我ながら面倒な性格だと思う。

 ところが、ジルたちがこれまでのパーティーメンバーと違うのは白髪青年の憎まれ口にまるで動じないのだ。


「ああ! そうだな! オレたちはもっともっと強くなれる!」

「レヴィンくんビシバシ頼むよ! ボクらの目指す頂きは遥か先だからね!」

「レヴィンさん責任を取ってください。ぼくらをその気にさせたんですから」


 レヴィンは内心の動揺を誤魔化すために蜂蜜酒ミードを再び傾ける。


(まったく調子の狂うやつらだ……)


 だが、なぜだろう……こいつらと一緒に飲むダンジョン攻略終わりの酒はこれまでで一番美味いのだ。

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