【17000文字小説】エヴァンスの悪魔【読み切り短編】

環月紅人

【1】月影透夜:ビギニング

 ―――――ギ、と軋む古びた床板を踏みしめて、その男は郊外の港町エヴァンス。表通りの右手に位置し、こんな遅くの時間帯であるにも関わらず暖かい賑わいを持った酒場へと、水を差すような存在感を放って顔を覗かせた。

「ぁあん……?」

 先ほどまでやいのやいのと画質の荒い野球中継を眺めて盛り上がっていた酔っ払い共は、シーン……と面白いくらいに静まり返って男を歓迎する。

 なんともピリついた雰囲気だ。

 まるで因縁をつけるような睨みを効かせ、じろじろと見られるその男。ブラウンカラーの目の色に、その羽織ったコートは夜闇に紛れる漆黒で。

 彼は酒場の中をぐるりと見渡していた。顔も知らない酔っ払い共の睨みなんて、はなから眼中にないようだ。

 コツ、と一歩を踏み出した。ガタイのいい酔っ払いが一人、応じるようにすくっと立ち上がって睨んでくる。

「なにもんだてめぇ」

「……」

 男は口を開かない。

「旅人か?」

 ――違う。

「出稼ぎ野郎か」

 ――違う。

「流れもんのホームレスか」

 ――違う。


「悪いことは言わねぇ、日の出の頃にさっさとここから出ていきな」


 酔っ払いは、意外にも平和的に収めようとするそんな言葉を最後に、〝顔馴染みではないよそ者〟へ吐き捨てて元の席へと戻ろうとした。

 静まっていたその他酔っ払い共も、代表するような彼のその言葉に重々しいような頷きを見せ、賑わいを取り戻そうと酒を再び呷ろうとする。

 ――当のよそ者は引き止めるように、背中を向けた酔っ払いの肩を掴んだ。

 そうして初めて、口を開く。


「俺はヴァンパイアハンターだ」


 一斉に振り返った酔っ払い共のその目の色は、一縷の希望を見出そうとしていた。

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