人類最強となった男が龍に挑む話

@masaba894

第1話

人類最強…その称号、もしくは栄誉を得たのはいつだったのだろうか。それは誰よりも強いことを表す最高の呼称だ。


それに成った私のちょっとした半生を少し語ろう。


田園風景が美しく、長閑な風の吹く街のとある一般家庭に生まれ落ちた私は一身に沢山の愛情を両親から受け育った。


子供だった私は時々街に寄ってくる冒険者から話を聞いて様々な武勇伝に胸を躍らせた。


曰く、惑う森を思わぬ方法を抜けた


曰く、誰も寄りつかない場所にある宝を目指して行ったら本当にただ人が寄りつかないだけの場所だった


曰く、依頼で採取したキノコを間違えて夕食で食べて台無しにしてしまった


曰く、足を踏み外して抜けた先が未接触の種族の秘境だった


曰く、最強の冒険者は実質人類最強である


そんな話を聞いた幼き日の私はいつの日かその英雄になりたいと思うようになった。その頃には魔物が街に被害を与えることが多かった時期ということもあったと思う。


最初は踏ん切りがつかなかったが、ついぞ決心し外に出て誰もいない高い丘をその足で登り、力の限り叫ぶ



誓う、僕は全てを護れる冒険者になる



その帰りの道に仰いだ空は私の決めた道を祝福するかのような澄んだ群青だった。


そんな私はまず体を鍛え始めた。聞いた話によると魔物と呼称される人に対して害を与える存在を討伐、もしくは駆除の役割を持つのが冒険者というらしい。その依頼の中には採取だったり民間の手助けなども含まれている。


冒険者という割に冒険らしいこのなんてあまりしてないじゃないかと思った若き日の子供姿の私は話をしてくれる冒険者に対して質問を投げかけたことがあったがその男は苦笑いをしながらもその理由を語ってくれた。


「冒険者、というのはね、今から何百年も前に迷宮と呼ばれる地下深くに存在していた建物に潜ってそこから迷宮に眠る宝を取ってくる役割を生業としていた人を冒険者と呼んでいたんだ。でもね、その迷宮がいつの日にか無くなってしまってね、宝を守る役割を持った魔物だけが残ったんだ。そこから迷宮を冒険する者から魔物を倒す者に変わってしまったというわけさ。」


語ってくれた彼は優しく、荒事を好まないような見た目をしていた。そんな彼は私に良く遠くにいる弟の話をしていた。




鍛え始めてから何年かたったある日の夜に私の故郷は突如として焼き尽くされた。




私はたまたま修行で森に入っていたので助かった。

森からでも明るすぎるほど見える燃え盛る街の光景、匂い、全てを鮮明に覚えている。


そんな夜空に銀色、金色とありえない光沢を放つ龍を見た。


龍、それは全ての生物の頂点に達する捕食者だ


冒険者組合での危険度のカテゴリーにも最大の脅威に分類されている。群れを持たずに単独で全てを蹂躙し、全てを無に帰す存在は一時期神として祀られていた事もあった。


しかし龍というのにも分類がある。鱗の色によって最上位種、上位種、下位種、亜種という区別ができるのだ。


その日私の見た龍は龍の中の頂点に君臨する最上位種であった。最上位種である龍は高い知能を保有し、魔法に対しての適性及び耐性が高くその上あらゆる攻撃から身を守る硬い鱗を持っているのだ。


何より恐ろしいのは魔法を使ってくることだ。


魔法は龍の特権であり、世界を歪め、理を上書きし、時空を跨ぐと言われている。


龍の魔法を再現しようとする者や門派は数多くある。その歴史は古く、研究は進んでいるものの龍が施す魔法には遠く及ばないものの生活の中心に魔法が不可欠な程度には成長した。


しかし所詮はが進めた学問。最上位種に君臨する龍の前では安全な水遊び程度でしかないのだ。



そんな龍を前に私は逃げることしかできなかった。



街を焼かれた悲しみも父母を失った悲しみも


笑い合った近所の友達も


長閑で美しかった街の風景の喪失も


そしてなにより何も出来ない私に対しての悲しみと悔しさを


ちっぽけな子供の胸に溢れんばかりにしまい、そこから漏れ出た涙を流しながら近くの街に対してひたすらに走った。


憎しみなんてない、ただただ悲しみと悔しさだけが胸を渦巻いて力の限り走り続けるしかなかった。



その時だろうか、何者からも護れる強さを欲したのは、そして龍をも屠る力を切望したのは。



そこからの私は必死だった。孤児院に入り、必死に働きながら銭を貯めつつも棒切れを振り、地を走り、時には別れに立ち会った。


所属した冒険者組合からようやく一人前と認められ、名の知れた冒険者となってからも危ない橋を渡り続けた。


私という人間について来てくれた仲間もいた。



捻くれていたが、実は誰よりも仲間内の平和を望む大魔術師のガーネット


故郷を追い出された賢者の末裔で剣士であるドルドテ


異世界からの集団転移で、くらすめいと?という者達から追放されたと言い、俺は世界を救う男だといつもうそぶいていた荷物持ちのリョースケ


永遠の時を生き、世界を観測して記録する世界樹の次代の門番である妖精で盾役のアヴェル



この四人がいつも私を手伝い、喧嘩し、酒を酌み交した。


その四人にいつか龍を斬りたい、龍を殺してみたい、全てを護るために、と酒の席で酔った勢いで言ったことがあった。


それを聞いた四人は否定するわけでもなく、馬鹿にして笑うのではなく、私の無理難題極まる目標を肯定し、あまつさえ共に行こうと言ってきたのだ。


私は人生で久しぶりの涙を流した、まるで故郷を焼かれた日から溜め込んだ悲しさと悔しさがもう一度溢れ出すように。


私の涙は暫く止まることはなかった。


五人の中で一番強かった私はいつの日か人類最強と言われるようになった。並び立つ者は一人もなく、鮮やか且つ豪快な斬撃は龍をも断つ。そんな噂が大陸中を駆け巡っていた。


私の力を悪用しようとする輩はいたものの全て私の仲間が追い払ってくれた。

いつの日か本当に龍を断つのではないか、と言われるようにもなった。


それを試す日はすぐに訪れてきた。依頼を終えてある街でゆっくりしていた時だった。


ドォン!


と激しく揺れたのだ。何事かと慌てて家をでて空を仰ぐと金と銀の光沢をもつ龍が現れた。


その龍を見るなりいつの日かな龍の姿と重なり、何故か私の心にある龍を屠る、全てを護る、という気持ちが滲み出てきた。


装備を整えた私は仲間と合流し、まず先にリョースケにありったけの金とありったけの食糧とありったりの物資を持たせ馬に乗せた。


異世界から来たというリョースケは無限に物が入り状態を固定する魔法を持っている。最初は疑ったがその疑問はすぐに解消された。


リョースケは自分を逃そうとしていると察し口論となった。自分も戦える、自分がいなかったら物資の調達はどうなる、いかに自分が必要かを説いてきたが私たちの意思は固かった。



「リョースケ、その魔法で何千、何万の人が救えると思っている!

私たちは勿論、負ける気など毛頭ない!だがな万が一だ、万が一があった場合に何人が死ぬと思っている!龍に直接襲われていなくても間接的に影響は必ずくる!そのせいで餓死やこの先くる冬の準備ができなくなる!だからリョースケ、お前は向かえ、私たちの今までのコネと権力を存分に使え、これは逃げじゃない。お前は今から何万もの人々を救うために向かうんだ!」



つい声を荒げてしまったがそれでもリョースケは首を縦に振らない。



「俺も酒の席で話した事をお前達と一緒に成し遂げたい!俺はクラスメイトに追い出された事は話したな?そうさ、俺は確かに追い出された。装備も最低限で森を迷い魔物に襲われた所でお前達に助けてもらった!」


リョースケとの出会いは魔物から助けた所から始まった。あの時の意地でも生きたいと願う顔は今でも覚えている。


「最初はお前達と一緒にいれば甘い汁が吸えると思ったんだ。だからどんな危ない綱渡りでも必死こいてついてきた!俺を追い出したクラスメイトを見返すために!でもな今ではそんな事は欠片も思っちゃいない!あの時の自分はアホだった!馬鹿だった!愚かだった!」


リョースケは勢いのままに話していく、自虐も交えながらも必死で私達に着いてこようとしている。


「だから、頼むよ。俺をお前達の横に立たせてくれ俺はお前達になんっにも恩を返せちゃいない。その恩を返すのは今なんだ…今しかないんだよ…」


リョースケの説得の言葉の末尾に本当の本音が溢れ出す。着いていきたい、恩を返したい。全員で立ち向かいたいと。


わかっている、リョースケの気持ちはわかっている。それでも連れていくわけにはいかないのだ。



だから…



「お前は荷物持ちだ!それ以上でもそれ以下でもない!第一お前に何ができる!精々が補給だ!お前の身体能力でついてこられるとは思っていない!お前がいたところで足手纏いにしかならない!」



だから諦めてくれ



足手纏い、という言葉が効いたのか黙り込んでしまった。リョースケは顔を俯かせ微動だにしない。


10秒ほどだろうか急に顔を上げ、決意を決めた顔で何かを話そうとする。


「俺は…!」


言葉を続けようとするリョースケの口を塞いだのは私の右腕だった。顎を狙い一気に気絶へと持っていく、倒れこむリョースケを支えた私の腕は様々な事を察知する。


鍛え込んだ体と隠れた傷、まだまだ未熟だが戦いを知らない男がいきなり鍛えたのだ、未熟で当然。しかしここまで鍛えたのは賞賛に値する。


しかし、右手を防げない時点でこの戦いでは即死だ。相手はデカブツとはいえ龍であり最上位種、これ以上の早い攻撃はごまんとあるはずだ。それを察知し行動を起こさない時点で死は確定する。


図体の割に重い体を運び、愛馬へとくくりつける。万が一にも落ちぬようにと。目覚めた時には混乱するだろうが縄抜けのやり方は教えた。


急いで仲間達でリョースケをくくりつけ他一頭の馬に食料や路銀などを積み込み、袋の入った荷物の上に手紙を添える。


やらなければならないこと、私や仲間達の友などに繋げられる委託の旨、そして私含めた仲間達のそれぞれの手紙。


龍が来ているのだ、それを念頭におきつつの手紙。


全てを積み込み、二頭の馬を離れぬように緩めに繋ぐ。逃げないだろうが念のためだ。

この子達の頭は良いし、長年私たちと旅を続けてきたのだ、今では人馬一体の如く心を通い合わせられていると自負している。


そんな馬とも今日でお別れかもしれないが別れの挨拶はせずに


「私の仲間を頼む」


その一言だけだ、それでいい。馬は察してくれたのか龍とは真逆の方向へと駆けていった。




残った私は同じく残ったアヴェル、ガーネット、ドルドテに対して意思を問う。


しかしそれら聞くまでもなかった。私含め残った四人は拳を突き合わせる


私はなんて素晴らしい仲間達を得たのだろう。


思えば私の人間的なんてものを考えた事はなかった


ただひたすらに自身を強くする方法を追い求めてきた。最初はガーネット、次にドルドテ、次にリョースケ、最後にアヴェルの順で出会って行った。


私にはもったないほどの出会いだ。


しかし今はこんなことに意識を割く時間はない。


最後の確認を済ませ、龍に向かいながらも方針を決めていく。


目標は討伐もしくは龍の撤退


撤退とはいっても逃げた先で襲う可能性を考慮すると討伐が好ましい


補給はリョースケ不在のため、自己で管理する。それがなくなったとしても街の者たちの家から最悪拝借してしまえばよい、罪ならばいくらでも背負う。




龍の姿をようやく近くに見えてきた時、街の守備隊と他の冒険者たちが必死の抵抗を敢行していた。


勿論、龍は地上なんて着地せずに余裕の態度で空から攻撃を守備隊や冒険者たちへと向ける。


当然、守備隊や冒険者たちは空へ向けて魔法や強弓を放つが全て硬い龍の鱗によって阻まれていた。


他にも龍を拘束し、地面に引きずり落とそうと画策している者たちもいたが、全て避けられてしまっている。


このままでは一方的になぶられて終わりだ、私には空への手段はあまり持ち合わせていない。

一番可能性の高そうなガーネットに目を向けるが、とっくに彼は行動を起こしていた。


「精霊よ、妖精よ、、拘束せよ」


この一言で龍は突如として動きを止める。


ガーネットは持っている杖を地面へ振り下ろすとそれに連動するように龍も地面へ振り落とされていく。


世界との対話は彼の大魔術師たる所以の一つである。


生物を主として精霊や妖精とすらも対話を行うことができ、果てには事象とすら対話の相手とすることができるという。


彼は長年の対話からそれらの対象から少しだけ力を代理で使うことができる。それと彼の元々の魔術の素養によって唯一無二の魔術師として君臨している。


しかし、地面に衝突する寸前に龍は急に旋回し地面との衝突を避ける。


チッもう対応したか、とガーネットは悪態づく


対話が行えるのは素晴らしい、しかしそれもそれの本家である龍にとっては珍しい魔術であるだけで対応が少し遅れただけだろう。


地面スレスレで衝突を回避した龍はプライドが傷ついたのか知らないが右腕を守備隊と冒険者に対して振るう。


ゴゥッ


重量物で風を切るような音がした。


大量の土煙と捲り上げされた地面によって守備隊と冒険者が見えなくなる。おそらくほぼ全滅だろう


龍が守備隊と冒険者に気を向けた隙に私達はようやく攻撃の間合いに入ることができた。


私は剣を抜き龍に対して切り掛かる。


高らかな響きと共に火花が舞う。


それが合図となり、私たちはいつの日の酒の席で夢見た龍殺しを始めた。








結果なんてものは分かり切っていた


いや私はそれを考えなかっただけかもしれない。自分は特別な存在であると、努力をすれば全て叶うと、子供の夢見る英雄になれるのだと。


何より、今の私は龍を屠り、全てを護ることができると



盾役のアヴェルが脱落したのが崩壊の始めだった。



最硬の象徴であるアディール鉱石をも断つと伝えられる鉤爪で盾ごと裂かれたのだ。


「「飛ばせ!」」


私とドルドテは同じタイミングで叫ぶ


辛うじて命を繋ぎ止めたアヴェルをガーネットは遠くへと転移させた。


ドルドテも私と同じく装備をなくした味方を無闇に殺すよりもマシと判断したのだろう。


実際裂かれた盾は予備であり、鎧の予備はない。


私とドルドテの判断は決して間違ってなどいないと信じている。例え常識とはかけ離れていても私は仲間が死んで欲しくはなかった。


二人の意見を一瞬で汲んでくれたガーネットは私に対して滅多に見せない笑顔を向けてきた。下手くそで不器用な笑顔だったが、私はこの上なく嬉しかった。




戦いを始めて何時間たったのだろうか


破壊の限りを尽くした地表に立っている影は巨大な龍の影とちっぽけな私の影しかなかった。


周りには折れた剣やグズグズに溶けた魔術頁、そこらから離れた場所には原型を留めていない街の姿があった。



残ったガーネットは最後の力を振り絞って私に魔術をかけてくれた


残ったドルドテは賢者の秘法を用いて堅牢極まりない鱗を砕いてくれた



最後に残った私の装備はボロボロで鍛えに鍛えた体力ももうこれっぽっちもない、長年付き添った剣も限界を迎えていた。


様々な魔術が刻み込まれた魔術頁も一つしか残っていない。それに対して龍は消耗はしているものの、殺すには程遠そうな様子だった。



今にも倒れ伏してしまいそうな体、暗闇に誘う意識、傷を伝える激しい痛みももはや感じなくなっていた。私は今になって死を悟る。


ドルドテ、ガーネット、リョースケ、アヴェル


私は何がしたかったんでしょうか?


故郷が焼かれ、そこから全てを護れるよう、必死に生きてきた私は人類最強となりました。


しかしこの状況が人類最強です、首を断つのではなく精々が傷程度、これが人という限界なのです。



全てを護れないのはわかりました


しかし、私は……私は!



死を悟った体は急速に死という抗えぬ概念へと進んで行く


しかし努力と意志の果てに奇跡に近い偉業がここにて生まれることとなった


抵抗をしない棒立ちの男を強靭な顎で食いちぎらんとしていた龍の顔を左に避けた男は龍の右腕の付け根へと最後の力を振り絞って剣を振る。


そこはドルドテが破った鱗の箇所である


ブチッと筋肉が千切れる音と軋む骨の音を耳朶に捉えるがお構いなしと言わんばかりに刃を食い込ませる。


人々を、少しでも、護りたい!


やがてパキンッと剣の折れる音とともに折れた剣の破片とともに金と銀の光沢を放つ腕が落ちるのを見た。


龍のたかが片腕だが、その腕は一体何千、何万の人々に手をかけるのか、そう考えるだけでも私には悔しくて、悲しくて、耐えられない。


だから


全てを護れぬのならば少しでも護る。



死の際に昔の事を思い出す。


それはまだ私が未熟だったころ、当時の人類最強と言葉を交わしたことがあった。その男はとある言葉を教えてくれた。


それは龍を除く人類や多種族の扱う言語には決して当てはまらない。


それは龍の扱う言葉で再戦を誓う言葉


[また戦ろうぜ]


この言葉をリョースケが聞けば驚いただろうが今ここにリョースケはいない。


金と銀と破片が織りなす光景に男は最後の最後で少し不満だが、どこか満足そうに、そして子供のように笑って目を閉じた

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