タイトルなし

かすてら

泥棒


みかんが2つ無くなっていた。

みかんの皮がゴミ箱に捨てられていた。決して自分の食べたものではなかった。

僕はゴミ出しをしたらその日はゴミを出さないと決めていた。だからゴミ箱の中にみかんの皮が捨てられているのはおかしいのだ。僕は酒を飲んだりすることもない。(つまり酔ってみかんを食べその記憶がないということはない。)寝ぼけてみかんを食べたりもしない。

そもそもこのみかんの皮のむき方は僕と違うものであった。

僕はヘタに爪をかけて花形に皮を剥くのが好きだし、そうしている。しかしながら捨ててあるみかんの皮は包丁で剥いたリンゴの皮のように一本の線になっていた。それはそれで情趣があるものだな。と思った。

そもそも僕はみかんに対してこだわりを持っているため机の上にあるカゴに入ったみかんが減っていたら気づけるのだ。

そんな謎を抱えながら、一日が始まった。


ハンバーグを焼いている。ジューシーな匂いがした。我が家のハンバーグは牛を一切入れない完全な豚挽肉によるハンバーグであった。理由として自分が牛肉の持つ肉肉しさが苦手であること、そして牛挽肉を入れないことによる費用の削減という理由があった。

冷凍されたブロッコリーを茹で、砂糖を絡め甘くした人参をつくった。

デミグラスソースは市販のものだ。

2つ皿を用意し、焼いた2つのハンバーグ、茹でたブロッコリー、そして甘い人参をほぼ同じように盛り付けた。そして片方にラップをし、冷蔵庫に入れた。もちろん両方にデミグラスソースをかけた。

食事は2人分作るようにしていた。料理をするのは一日一回きりだった。

故に一日二食というスタイルが僕の中でできた。

1人用のこたつに足を入れ、静かに「いただきます。」と言って食べ始めた。

それなりの出来だった。


スーパーに買い物に出掛けた。家に食材のストックはあるがラクトアイスを食べたくなったのだ。そのために自転車を走らせ、ラクトアイスを二つ取り、カゴに入れ、そしてレジへと歩みを進めた。

会計を終えた後、みかんコーナーを一瞥し、違う。と思いそのまま帰路を進んだ。


二軒目のスーパーの自動ドアが開いた。ボタン式の自動ドアに見えるのだが、何故か近づいただけで開いた。勿論、ボタンを押しても開くらしいが、試す機会が無いためにそんか話しか僕は知らなかった。

勿論アイスは冷凍庫に入れてから再度出掛けて、ここに来た。

10kgのみかんが入った箱を持ち、それを一目散にレジに持っていった。

先程も言ったが、僕はみかんに対してこだわりを持っていた。このみかんにたどり着くまでにそれなりの時間をかけそれなりの量のみかんを食した。

大学生である僕は高いみかんを買うような資金力を持っていなかったため、予算を4000円と決めていた。勿論高ければ高いほど美味しいものには巡り会えただろうが。可能な限り節約を重ねそれでも味に妥協はしたくなかった。

その結果、ここのスーパーのこのみかんに終着した。

みかんは少し重い、しかしながらそれを食べられるそう考えるとペダルを漕ぐ足に少しばかり力が入った。


一人用こたつから続くプラグはコンセントと繋がっていなかった。しかしこたつ毛布はしまっていなかった、理由はなかった。しまうスペースはあった。でもしまわなかった。時に洗濯をして、元の位置に戻した。

ラクトアイスの袋を開け、食べた。

爽快感のある味だった。濃厚なアイスクリームや適度に美味しくしつこさのないアイスミルクも時にはいいが、食べたい時にまず最初に食べよう。となるのはラクトアイスだった。

食べ終え、棒を見ると「あたり」と書いてあった。今度スーパーに行った時交換して貰おう、そう思った

二つ目も開けた。元々僕は冷凍庫の中にラクトアイスを長時間入れるのは好きではなかった。(勿論これはラクトアイスに限った話ではないが。)自分は物忘れがあるので、そのままにしてしまい、冷凍焼けしてしまうのだ。それが嫌だった。だから食べた。二つ目は1つ目に比べたら美味ではなかった。少し寒さを感じた。


タンスを開けた。この家にはタンスがあった。2段構えのタンスだ。容量はそんなにないが、一人暮らしにはちょうど良かった。服を集める趣味もない故に、ちょうど良かった。

そのタンスの上の段には通帳が入っていた。それを開いて、少しばかり思考した。

これがなくなったら、いよいよ終わりか。そう思った。


17時を知らせる鐘が鳴った。風呂の準備をしつつ、洗濯を始めた。

この部屋の唯一残念な所はベランダがない事だった。故に洗濯物を外に干せなかった。よって僕は乾燥機能が付いた洗濯機を購入していた。

冷蔵庫から作り置きしていたハンバーグを取りだし、温め、そして食べた。デミグラスソースをかけた状態で冷蔵庫にいれると少し味が落ちる。そんな評価をした。そんなの(己のイメージの中にすぎないが)知っていたが、それでよかった。

風呂の時間は少し好きではなかった。僕は蒸し蒸しした環境は得意ではなかった。明らかに湿度の高い浴室という場所は少し苦手なものだった。

しかしながらシャンプーをしているのは好きだった。その匂いが好きだった。

風呂という場所は苦手だが風呂を出た後の涼やかな心地はとても好きだった。身体を拭いてパンツを履き、サーキュレーターの電源を風量を弱にした状態で入れた。そんなのがとても好きだった。

数分して、肌寒くなって、服を着た。

そして歯を磨き、布団を敷き、寝転がった。


睡眠をするつもりはなかった。みかん泥棒を見つけるためである。そんな泥棒は常識的に考えてありえないと思ったが、しかしながらそれ以外に今回の事件を説明出来るものはなかった。目を閉じたふりをした。何時間かそうしていた。僕はそういうのが得意だった。

この部屋に時計はあったが、アナログの時計であった故に暗い部屋でそれを確認するのは不可能であった。携帯電話も持っていなかったから、僕は時間を確認できなかった。故に何時間待った、とは断言できないが、体感3時間近くはそうしていた。

もぞもぞという音がした。こたつに足を入れる音だった。

来た。と思った。少し怖いと思った。目を閉じたまま。相手に悟られないように。

相手はきっと入りたては警戒するだろう。しかしずっと警戒し続けるというのは人間には難しい、油断が生まれるのだ。その油断をじっと待つ、それが勝機だ。相手は武器を持っているかもしれない。

寝息をたてた。勿論寝たふりである。

薄目でこたつ側を見る。どうやらここでみかんの皮を剥き始めたようだ。なら今だろうと思った。

我が家の明かりはスイッチだけでなく、リモコンでもでも点灯、消灯が可能であった。故にリモコンをずっと胸元に隠し持っていた。それを使った。

明かりがついた。


「ありゃ。」

それが泥棒の一言目だった。僕はじわじわと臨戦態勢のまま近づいて行った。

「殺したりなんてしないよ。」

「それを信じるのもなかなか難しいものだね。」

「確かに。じゃあ一緒にみかんを食べようよ。」

確かに、と言った後の結論としては微妙では無いか。と思ったが、まあいいと思った。目の前でみかんを食べている人を見ると、自分も食べたくなったし、やはりずっと警戒したままなのは精神的に疲れるものであった。

「美味しいだろう?」

「とても。すごい高そうな一品だね。」

言うと思っていた。しかしながら美味しさと値段の高さは比例しないものだ。まだ相手はそれをわかっていない。少し残念に思った。

「10kgの箱1つ4000円もしないさ。僕はそんなにお金持ちではないんだ。」

「そうなんだ。だとしたら、きっといい目利きが出来る人なんだね。君は。」

褒められている。そう思った。

悪くない気分ではある。

「そうだな。みかんに関しての目利きは得意かもしれない。

でも僕は決して何か目利きする上での根拠や要素を持ってるわけじゃないんだよ。

感覚的に、きっとこれは美味しいだろう。又は、不味いだろう。一目見て、そうなんだなあとなる。基本これは外れない。

でもそれで分かるのはあくまで美味しいか美味しくないかの判別だけなんだ。

ぼくは味覚的な記憶力がないのかもしれない。美味しいという事実は覚えているがどんな味だったかは思い出せない。だからとても優劣を付けるのは大変だった。このみかんにたどり着くのにもそれなりの時間を要したんだよ。」

目の前にいる男は顔色変えず静かに表情で相槌を打ちながら、優しい声でこう続けた。

「それはきっととても凄いことなんだって僕は思うよ。

それは何故か。簡単さ。なんだかんだ人間は自分を丁寧には扱えないんだ。何故かと言うと優しいから。でもその優しさはある種己に反してしまうんだよ。

例えば人は一人暮らしをする時自分の快適を求めて理想に限りなく近い家を買い、家具配置を決め、利便性を考えて家電を買い、暮らすけど、でも大抵の人間はそれを維持できない。

例えば疲れて家に帰ってきたらソファに倒れ込んでしまう人がいる。ネクタイを放り投げ、鞄を乱雑に扱う。

その後の自分はそれに対してきっと後悔するんだ。きっと大多数が想像するような"後悔"の形ではきっとない。

つまりだよ、人間は結局自分に対して負荷をかける決断をその場しのぎのために使ってしまうんだ。

これは少しばかりスケールが大きい話だけど、小さく考えても同じだよ。

君がこのみかんにたどり着くまでにどれだけの時間をかけたのかな。どれだけのお金を使ったのかな。どれだけのスーパーマーケットを回ったんだい?

その努力が出来るのは君のとても素晴らしい所なんじゃないかな。って思うよ。

味覚的な喜びに君がどれだけの価値を置いてるんだろう。君はこのみかんを手に入れるために自転車で片道50分以上ある道を毎回通っているんだよ。

ここには半径2km未満の距離感に4件スーパーがある。

半径3km未満の距離感には4件と更に3件スーパーがある,

半径4km未満の距離感には7件と更に5件スーパーがある

それらの12件のスーパーを通り過ぎて君は5km弱の距離があるスーパーに行きみかんを買う。そして息を切らしながら帰るんだ。自転車のカゴには綺麗にみかんの箱が入ることはない。故に重心が狭い一点に固まってしまう。それを危惧するからか帰る為に要する時間は行きの時間より約20分も長いんだ。

そして家に帰っても君は定期的にみかんがひとつでも腐ってしまわないように箱の中の重心を変えたり、カビが生えてしまわないように湿度の調整すら行っている。

僕はそんな君がすごいと思う。とても美しいと思うよ。」

そんな話をした。なんだか、うん、

とても、嬉しかった。

別に泥棒だろうが何でも良かった。害を与えて来ないなら、別に害をもたらすならそれはそれで受け入れた。でも別に害はなかった。ただ男は部屋の中で1つのみかんを食べて行った。それだけだ。

ゴミ箱の中には朝見たような剥き方をされたみかんの皮があった。しかしながら僕はその皮を決して昨日見たものと同列に視界に捉えることは出来なかった。



ある種僕は彼に感謝をしていた。それは果たして伝える必要のある感謝であるかはそれまた考えものであった。

しかしながら僕は彼を求めていた。彼を欲していた。それがどの感情の派生形であるかは分からなかった。

ただのつまらない一日にある種の彩りが与えられたのだ。朝起きてその日の分の料理をし、ささやかな娯楽を求め出かけたり、定期的にみかんの買い出しに出て、苦手な風呂に入る。それだけのちょっとした、体感的に彩りを感じられないこの毎日に彼は何色なのかは分からないが彩りを与えたのだ。それは幻想かもしれない。しかしながら僕の感情は彼に動かされたと言えた。


"


実を言うなら僕は近いうちに死ぬことを考えていた。この結果になることは決して望んだ形では無い気がしていた。そう。即ち僕は"望んだ結果"が己の中で判断がつかないのだ。これこそ己のイメージの範疇を逸脱することの無い。ただの推測と言えるものだが、僕は昨日彼の言った所謂[自分に負荷をかける決断をその場しのぎにしようとしている]のかもしれない。

ある種逃げ道なのだ。死というのは。

イメージが簡単であるし。特に深く考えないでも簡単に選択肢として現れてくれた。

命に対する執着になり得る要素が生きてきたこの道筋の中にひとつでもあればこの選択肢が僕の脳内に湧き出ることすらきっとなかったと思う。

でもそうでないからこそ僕は何も後悔もなく、懸念もなく、この選択肢に甘んじて背中を預けようとしているのかもしれない。

いつかの日に死が待っている。これはもちろん全人類に、いや、全生物に言えることだろう。しかしながらそれを近日に控えていると考えている人間は人生に対する考え方は違うのだろう。

近いうちに死んでしまうから、今日何しようがどうでもいい。

近いうちに死んでしまうから、今日どうなろうがどうでもいい。

ただ、今の自分に対しての評価を数値化した時、ある程度の数値であればいい。

その上で唯一妥協しなかったのが、ある程度では良くないと思ったのが、僕の中でみかんだった。それだけの事だった。

ある程度僕は自分の中に美学を持っていた。それはとてもくだらないように見えたが僕の中では重要視された。

僕はこの死という選択に対して逃げというふうに、その場しのぎの決断というふうに思っている節がある。

しかしながらそれを認めているつもりもさらさら無いのだ。逃げる気はない。しかしながらこのままだと死ぬと思う。そしてきっと死を選ぶのは逃げになり得てしまうのだろう。

即ちこれは矛盾なのだろう。

だから僕は明らかに死ぬようなことはしない。定期的に己の通帳を確認して命の残り時間を見ているだけに過ぎない。

目の前が毒の塗りたくられた棘のような分かれ道ではなく進んでいくといつかは沈んでしまう沼が続く分かれ道を選んだのだ

どうせ金が無くなれば人は働くか死ぬかしかないのだ。そういう世界なのを自覚してるからきっとこのようにしているんだと思う。

つまり僕は逃げたくないけどきっと死を望んでいるのだろう。それはとても簡単だ。新しいことを始めたけどつまらなくなったからそれを辞める。

SNSのアカウントを作ったけどつまらなくなったからそのアカウントを削除する。

そんな行為と大きくベクトルは変わらないのだろう。

でもその時までのささやかな楽しみを、その時までのささやかな時間の彩りを。

あのみかん泥棒は与えに来てくれたのかもしれない。

死に至るその時まで。どうやら毎日現れてくれたらしいから。

毎日の会話を全部が全部覚えている訳では無い。覚えていたとしても書く気は無い。でも不思議だとは思わないか?

ただみかんを食べたいなら人の家に侵入する必要はなかった筈。

明らかに怪しいはずの人間。それなのに何故か話し込んでしまうのだ。

彼を悪として見れなかったのだ。それは自分のもつ物差しの問題でしかない。勿論これは列記とした犯罪でしかない。しかしながらそれは悪ではなかったのだ。

そんな人間と何ヶ月か毎日夜遅くにみかんを食べながら話すその日が一番人生を楽しんでいる気がした。もちろん気がしただけだ。でも人生にある種萎えた人間に少しでも楽しいと感じさせるのは並では出来ないことだった。僕の持つ欲求をピンポイントに彼は想像し当てた。そこに対する僕の心の中に恐怖はなかった。


本題はここからだ。今日はみかんを使ってカステラを作っておいたんだ。決して毒なんて入っていないよ。でも僕は今まで客人に対してただナマモノをあげていただけだ。それはとても怠惰で失礼な気がしたんだ。先の文を読んだなら分かるだろう。

これはある種僕からの感謝の証とでも思ってくれ。味は保証するよ。それなりに美味しいはずさ。ちゃんと味見もしたからね。僕のみかんに対する味利きを舐めてはいけないよ。

でも残念ながら今日でお別れだ。もう息もできないほど僕は沼底に沈んでしまったんだよ。君がくれた酸素ボンベの中身も尽きてしまったんだ。

君が最初にここに来た目的が今更ながら気になりつつあるよ。でもきっとそんなのどうでもいいんだ。ある種ゴールが見えてしまったから雑念が湧いてしまったんだよ。人間とはそういうものだろう?

ゴールというのはとても簡単だ。5文字で終わる。下に記すよ。





ありがとう


"

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る