第17話 あとひとつ

「おかえりなさい、糸。そちらの方が新しい仲間ですの?」


 拠点では、雪夜が晩御飯を作って待ってくれていた。


「ああ。宮本だ。宮本、こっちは雪夜な」


「お……女の子だ……! か、可愛い……」


「ふふ、よろしくお願いします」


「じゃあ決まりを説明するぞ。まず、得られたクリスタルは順番に配る。宮本、雪夜、俺の順だ。雪夜と俺は今1つと2つのクリスタルを持っているから、少なくとも俺達が出て行くまでに宮本は2つのクリスタルをゲットできる」


「本当っすか!?」


「ああ。だから、お互いのクリスタルは絶対に奪わないこと。分かったな」


「はい!」


 俺達は雪夜の作ってくれた晩御飯を食べる。


「うまい……!! うまいっす!!」


 宮本も雪夜の料理をせっせと食らう。


「宮本にも作れるようになってもらわないと困るぞ。お留守番の機会は多いだろうからな」


「頑張るっす!」



 ◇◇◇



 新体制で新たな生活がスタート。

 相変わらず1週間に1度くらいのペースで、雪夜はクリスタルをドロップさせてくれた。


 B3で魔物がクリスタルをドロップする確率が0.1 %。つまり、雪夜は1週間に1000匹程度の魔物を倒していることになる。一方、未だに俺と宮本は合わせて3匹。まさに、おんぶにだっこ状態。無能力者と超能力者には、これほどの差があるのだ。


 この状態を雪夜はどう思っているのだろうか。2人で探索に行っているときに恐る恐る聞いてみると……。


「糸は人事を尽くしています。結果はどうあれ、私は過程を見て貴方を尊敬していますので、問題はどこにもありません」


 無力な自分が憎くて情けない。そう思いつつも、俺はこの状態に甘んじるしかできなかった。




 そして、ついに俺のクリスタルが3つ溜まった。


「おめでとうございます、糸!」


「おめでとうっす!」


 雪夜と宮本が祝福してくれる。だが、これは元を辿れば全て雪夜が集めてくれたクリスタル。当然、ノコノコと先に外へ出るわけにはいかない。宮本と雪夜を二人にするのもなんか嫌だったし。


「ありがとう、でも俺は雪夜が出れる状態になるまではここにいるよ」


「糸……いいんですの?」


「当り前じゃないか」


 ということで、地下生活はまだ続く。

 だがこの後も順調で、1週間後に宮本の2つ目のクリスタルが溜まり、いよいよあと1つで雪夜が外に出られるリーチがかかった。

 その時、いつもは内気な宮本の口がハキハキと動き出した。


「あの……二人が外へ出たら、俺はどうすればいいっすか?」


「え……それは……」


「半年に1度のクリスタル配布にはまだ2か月もあるんす。それまで待てってことっすか?」


「まあ……。さすがに1つくらいは自分で溜めろよ」


「九重くんだって1つも溜めてないじゃないっすか! 無能力者がクリスタルを1つ溜めるのがどれだけ大変か知っているでしょ! 松蔭さん、次のクリスタルをゲットしたら、本当に出て行っちゃうっすか? 俺を見殺しにして、出て行くんすか?」


「……私は糸に合わせます」


「宮本、いい加減にしろ。元々そういう約束だっただろ」


「……」


 納得いかないと言わんばかりの表情をした宮本を拠点に置いて、俺と雪夜は探索に出た。



 ◇◇◇



「どうしましたか? スッキリしない顔をしていますが」


「俺、宮本に冷たかったかな。別に間違ったことは言っていないのに、なんか胸騒ぎがするんだ」


「それは糸の優しさですわ。ならば、今日で2つのクリスタルをゲットするというのはどうでしょう」


「えっ!? さすがにそれは無茶だろ」


「このフロアじゃ数を倒さないといけないので無理ですが、下の階なら行けるかもしれませんわ」


「雪夜は大丈夫なのか……?」


「分かりませんが、きっと大丈夫です。ほら、外に出る前にどんな場所か見ておきたいでしょう?」


 ということで、俺達は初めてB4へと進んだ。

 のどかな青空が広がるB3とは打って変わって、洞窟の中のように薄暗い。


「あっ、魔物だ! でかいぞ!!」


 現れたのは大きなトカゲ。


「……いきますわ」


 雪夜が【闇の次元】に干渉する。

 いつものスライムなら、ものの数秒で倒せるが、今回はそうはいかなかった。


 シュッ!!!


 トカゲの大きな舌が凄い速さで飛んでくる。雪夜は間一髪避け、闇の攻撃を仕掛ける。


「はあああああ!!!」


 俺には見えない大きな闇の攻撃を放ち、トカゲを倒した。雪夜はだいぶマナを消費したが、残念ながらクリスタルはドロップしなかった。


「はあ……はあ……これで10%は、結構渋いですわね……」


「大丈夫か……? やっぱりB3に戻った方が……」


「いいえ、今日だけは頑張ります。気持ちよく外へ行きましょう」


 雪夜は頑張ってくれた。B4の敵は手強く、トカゲの他に大きなムカデやカマキリなど恐ろしい魔物が生息していた。そして13匹目を倒してようやく1つ目のクリスタルがドロップした。


「はあ……はあ……」


 その代償に、雪夜はフラフラ。普通の人が1つドロップさせるのに半年はかかると言われるクリスタルを、1日2つというのはやはり無茶なのだ。


「雪夜、やっぱり帰ろう。もう俺達の分は揃ったんだから!」


「はあ……はあ……。では、もう少しだけやってみて、それでもドロップしなければそうしましょう……」


「うわあああああああ!!! 誰か助けてくれ!!!!」


「ひ、悲鳴!? どこからだ!?」


「あの階段の下からですわ……!」


 階段の下。それは魔のB5への入り口。


「馬鹿な!? 誰があんなところに行ったんだ! 命に関わるって言ってただろ!?」


「ですが、助けを呼ぶ声が……。私達にしか助けられません、行きましょう」


 絶対に行きたくない……。でも、雪夜の心は汚させない。雪夜の正義が行きたがっているのなら、止めない。


「……分かった」


 俺達はこの地下の最深部へと通じる階段を下った。

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