第6話 少女売春

 人通りの少ない街を流れる川まで着た二人は、一息ついた。

 互いに顔を見合わせると、どちらからともなく笑った。

 一徹は言った。

「青葉が、良い機転を効かせてくれるとは思わなかった」

「おいおい。軽量級だけど俺だって男だぜ。まあ、一徹の行動力には劣るけどな。俺一人だったら、怖くてスルーしてた。それで、卑怯者になってた。俺がさっき男になれたのは、お前のお陰だよ」

 青葉は、少女を救い殴られたことを後悔していなかった。すると、青葉は照れくさそうにして笑って続ける。

「でも、本当に怖かったんだぜ。だから、一徹が助けてくれなかったら、俺は逃げ出してたと思う。ありがとうな」

 青葉の言葉を聞いて、一徹は思った。

(やっぱり、青葉は強いな)

 一徹は、青葉に勇気づけられて再び立ち上がることができたのだ。

 そして、今もこうして青葉と一緒にいることで、一徹の心は救われている。

「それより、将来のオリンピック候補をケンカさせちまったというのがな」

 青葉の言葉に、一徹は苦笑いを浮かべて言う。

「オリンピック? そんなもの俺は興味ない。目の前にいる虐げられた人を助けられなくて、何の力だ」

 拳を握り、一徹は拳を振り上げると、空に向かって突き上げた。

 それは、自分の気持ちを奮い立たせるための行動だった。

 そんなやり取りをしていると、二人は地を踏む音を聞いた。

 視線と向けると、一人の少女が息を切らせて立っていた。

 二人が助けた、あの少女だった。

「あの……。ありが、とうございます。…………それと、ごめんな、さい。私、のせいで……ケガをさせ、てしまっ、て…………」

 少女は余程急いで二人をさがしたのだろう、途切れながらも必死に謝り、その場に倒れ込むようにして座り込む。

 一徹は、その少女の様子を見かねて、手を差し伸べていた。

 少女は、一徹の手を取ると、涙目になりながら言った。

「ありがとうござい、ます。おじさん」

 青葉は足元が滑った。川沿いに植えられた木に、もたれかかる。急に悲しくなった。

 それは一徹も感じていたようで、複雑そうな表情をしていた。

 しかし、今更訂正するのは恥ずかしいし、気まずくなるのも嫌だったので黙っていた。

 少女は、一徹の手を離すと、改めて頭を下げ、自分の名前を名乗った。

 彼女は、青木里美と言った。

 年の頃は17歳。

「あの。私の友達を助けて下さい」

 里美は一枚の紙を取り出すと、助けを求めてきた。

「あの。これって」

 青葉が口を挟むと、里美は真剣な眼差しで言う。

「私が監禁されていた場所の地図です」

 一徹と青葉は互いに顔を見合わせると、一徹が言う。

「事情を説明してくれないか」

 すると、里美は言った。

 一徹が説明を求めると、里美は経緯を話し始めた。

 里美は、とある男に拉致され、売春を強要されたのだという。

 里美は家出少女で、生活するお金が欲しくてSNSにあった簡単なアルバイトに申し込んだという。

 それは、素人モデルあった。

 元手も資格も必要もなく容姿一つで稼ぐことができるモデルは、容姿に程々自信のある家出少女にとっては恰好の仕事であったが、実際は違っていた。

 男達は、住所が曖昧で家族から絶縁状態の家出少女だけを厳選していた。

 里美は衣装に着替えている最中に男達に拘束され、裸の写真を無理やり撮られたという。

 そして、写真をネタに里美は売春を強要されていたのだ。言うことを聞かなければ写真をネットにばら撒くぞ、と。

 里美は、その時のことを思い出したのであろう。泣きじゃくりながら、恐怖に怯えた表情をして身体を震わせていた。

 青葉は、怒りに震える拳を抑え込みながら、里美の話を聞いている。

 一徹も怒りで顔を歪めているようであった。

「少女売春か」

 韓国では、家出少女を標的にした性暴行・売春あっせん事件が相次いでいる。

 20代の男は少女に売春をあっせん。約80回にわたり客を取らせ、日本円で約120万円を荒稼ぎしていた。

 また、現役の刑事(37)が家出少女に金を渡し、買春を行った容疑で逮捕された。刑事は、自身が捜査していた売春事件で補導した少女(18)に接近。事件処理後に個人的に少女を呼び出し、性行為に及んだという。2人の売買春関係は数カ月間で5回ほど続いたといわれている。

 上記のような個人による犯行ではなく、家出少女たちを組織的に売春させていたグループも、摘発されている。こちらは大邱で起こった事件だ。

 20代の男たちが運営していた同グループなど、家出した青少年たちがワンルームやモーテルを借りて家族のように一緒に生活する集団は、韓国では通称「カチュルペム」(家出ファミリー)と呼ばれている。

 男たちは、ネットを通じて売春をしている家出少女たちに、客を装い接近。「警察に行くか、2,000万ウォン(約200万円)を払え。もしくは、俺たちの下で働け」

と脅迫しながら、組織を拡大していったという。

 カチュルペム内部の人間関係は、壮絶なものだったようだ。男たちは家出少女たちを軟禁状態に置き、暴力でマインドコントロールしていたという。

 また、少女たちが互いに監視し合う体制を築きつつ、逃げ出そうとする女性に対しては「SNSで写真をバラまく」などと脅し、グループを抜け出せないように強制したという。

 「(カチュルペムの)売春あっせん期間は比較的長期にわたり、犯行地域も広範で、収益も相当なものだった。家出少女それぞれに1日のノルマを課し、生理や性病など身体状態を考慮しないまま売春を強要していた」

 この手の話は毎日ニュースをにぎわしている。家出少女と売春絡みの話は、静まる気配がない。

「お願いします。友達が2人捕まっているんです。あいつらは、ほんの3日前に、この件に手を染め始めたばかりなので、私達は無事なんですが、いつ売られるか分かりません」

 里美は涙を流しながら懇願してくる。

「これはもう、警察に頼んだ方が良いんじゃ……」

 青葉が言うと里美は、即座に反応した。

「ダメなの! あいつら警察に言ったら写真をばら撒くって。もし、そんなことになったら……」

 里美は涙を浮かべて、必死に訴えてくる。

 一徹は里美の肩に手を置き言う。

 里美はビクッと身体を震わせた。

 そして、一徹は里美の頭を撫でながら、優しい口調で言う。

「大丈夫。君の友人は、俺が必ず助ける」

「本当ですか?」

 里美の目に絶望の淵から、希望の光が宿った。

 一徹は力強くうなずくと、里美は笑顔を見せる。

 その光景を見て、青葉は胸を痛めていた。

 里美は一徹に、お礼を言うと一徹の手を握る。

「青葉。青木さんと、ここで待っていてくれ」

 その言葉に、青葉は驚く。

「お、俺も行くよ!」

 すると、一徹は真剣な表情をして、首を横に振る。

「ダメだ。酷いことを言うようだが、お前が来ても何もできない。むしろ、足を引っ張ることになるかもしれない。だから、ここは俺に任せろ」

 一徹は、そう言い残すと二人を残して、地図にあった場所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る