ひまわりの花束〜ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい〜

逸真芙蘭

夢の高校生活

 親和性という言葉をご存知か。

 化学における親和性は「ある物質が他の物質と容易に結合する性質や傾向」であるが、一般人が使う親和性は、単に二者の相性の良さについて述べるときに用いられる。

 ブロッコリーとマヨネーズは親和性が高い、みたいに。別にブロッコリーとマヨネーズが結合しやすいわけではない。


 そのことを踏まえて、「青春と恋愛は親和性が高い」という命題について考える。


 個人的な意見を先に述べておくと、俺は青春だの恋愛だのと叫んでいるやつが概して苦手だ。別にそれ自体が嫌なわけではなく、それが如何に素晴らしいものかを、けたたましく誇示する人間が嫌いなのだ。特に素晴らしき青春イコール恋愛と決めつけている奴らは大っ嫌いだ。バーカ、ちくしょーめ。


 青春という概念は、異性に関心を持ち始める時期を包括していることから、上の命題がほとんど真実であることは認めざるを得ないわけだが、親和性が高いからと言って、青春なるものが恋愛なければ成り立たないかというと、そうとは言い切れない。


 俺自身は恋愛というものを忌避しているわけではないのだが、あちらさんはどうやら俺のことが嫌いみたいで、俺にまつわる話は浮くどころか常に沈んでいる。何なら話題にすら上がらない。多分クラスの女子は誰も俺になんて興味ない。


 それはそれとして。


 青少年の恋愛は、青春の王道であることは俺も否定しない。


 だからといって俺が青春を過ごしていないかというとそういうわけでもないだろう。

 熱に浮かされて恋愛をするのも、グラウンドで白球を追いかけるのも、部屋に引きこもってガンプラを作るのも、貴賤の差はなくそれぞれがひとつの青春なのだ。

 つまり王道の青春を過ごさないのもまた青春なのである。

 青春すれば恋愛をすることにはならないし、恋愛すれば青春することにもならない。

 結論として、恋愛−青春親和力なるものは、この世に存在しないのである。


「そうは思わないか」

「見苦しいわよ」

 俺が恋にとんと縁のない純潔無垢たる少年少女の心の拠り所となるべく、感動的な演説をしたというのに、内海うつみはピシャリと終わらせてしまった。この悪魔め。

 

「いや、ほら、なんかもっとあるでしょ?」

 

「……一つ確かなのは、私と銭丸君の親和性は極々低いということね」

「……うん、そっか」

 確かに。俺と彼女の相性が最悪なのは、初日で気づいていたよ。


 俺は眦に光る一欠片の宝石を彼女に見られないように拾いながら、窓の外を見た。

 俺たちを出迎えたときは桜色だった学校の正面玄関も、今は青々としている。


 それをぼんやり眺め

「暇だ」

 と呟いた。


「そう。だったら部活でも入ったら」

「……あいにく、これも部活なんだがな」

「私の言う部活というのは、こんな若さの無駄遣いみたいなものを言うのではなく、グラウンドで球を追い回すような部活のことを言っているのよ」 


「おい。自分たちの所属する部活を、無駄遣いとかいうなよ、お前。悲しくなるだろ」

「じゃあ、社会不適合者の掃き溜め」

 内海うつみみおという女は他虐(被害者は主に俺)だけでなく、自虐も好きならしい。


「……お前、自分で言ってて悲しくならないのか」

「え、別に。社会不適合者はあなたで私はそこの管理人だから。どちらかというと」

「あのな」

 なんでこの娘は「何を言ってるの?」みたいな顔を、そこまで完璧にできるのかな。


「でもそうね。あなたに部活らしい部活を行わせるのも、酷な話よね」

「なんでだよ」

「だって青春物語の主役である彼らとあなたが相容れるわけないじゃない。そこに放り込むのはかわいそうだわ」

「向こうはどう思ってるが知らんが、俺はあいつらのこと好きだぜ」

「あら、意外ね。どうして?」

「だって、恋をしなくても青春は送れるっていうのを体現してくれてるわけだろ。つまり俺の味方だ」

「何を言っているの? 天は二物を与えるものよ。むしろ運動部のスターにこそ、恋人がいるものよ。持てるものがすべてを持ち、持てないものは何も持てない。それがこの世界の現実よ」

「なるほど。滅びてしまえ、そんな世界」


 俺がそう言い放ったら、内海は鼻を鳴らし、いそいそと自分の読書へと戻っていった。


 ほっぽかれた俺はまた考える。


 そもそも青春とはなにか。

 恋とはなにか。

 なぜ人は恋をするのか。


 恋愛感情の本質がどこにあるのか、およそまともな恋愛などしたことのないこの俺に分かるはずはないのだが、得体のしれない低次の欲求に、青春時代のすべてを握られているなんて、やくざな話はたとえ真実だったとしても認めたくないものである。

 そもそもなぜ我々は青春時代を過ごさねばならないのか、という話にまで首を突っ込むならば、それが大人になるうえでの通過儀礼だとか、尤もらしくはあるが、本質的な問に対する逃避的な解答に過ぎないものを以て、無垢なる少年少女たちを騙そうとするのではなく、単に同調圧力に過ぎないことは触れておくべきか。


 青春時代を送れない者たちに対する、蔑視とも言える、この国に蔓延る思想こそ、我々が青春を過ごすべき理由になっている。

 つまり青春に本質的な意味などないのだ。


 青春とはこうだ。


 少年たるものかくあるべし。

 きらびやかな将来を予想して、途切れることのない明日への渇望を抱け。


 散々、この国の未来を否定する大人達が、その未来に生きる子どもたちにそう嘯くのだ。

 

 我々に求められている青春というものの正体は、大人達が過去にも未来にも永遠に失ってしまった幻想なのだ。


 それが、俺が青春賛美歌を合唱する人間に対する拭いきれない不信感の原因となっている。

 

 そこに恋愛を絡めてきた日にはもう戦争だ。


 恋こそ青春時代の主役と謳う、彼らの抱く選民的で下品な思想は、反恋愛同盟の総長に、自称するまでもなく、成り上がってしまったこの俺からすれば、目の上のたん瘤どころか、目に刺さるまつげくらいに鬱陶しい。だから、人間が人間的である条件から、恋愛という項目が除外されうるなら、俺のようなまともな感覚の持ち主にしてみれば、喜ばしいことこの上ないのである。  

 なるほどわかった。


「青春を送るから素晴らしいのではない。素晴らしい人間が送る青春こそ美しいのだ」


 内海は俺のことをジトッと見て

「あなたが何を言いたいのかよくわからないけれど、取りあえずあなたみたいに斜に構えた可哀想な人には素晴らしい青春時代なんて到底送れそうにないわね」


「……別に俺は青春したいなどとは言ってはいない」


「あらそうなの? てっきり手に入らないばかりに、負け惜しみを言っているのだと思ったわ」

「ちがわい」


 俺は己の矜持のために、否定した。吹けば飛ぶような矜持ではあったが。


 彼女は続けた。

「青春が何なのか私にはよくわからないけれど、恋愛が何かは知っているわ」


「ほう。なんだ」


「性欲よ」

 彼女はキメ顔でそういった。


「……女子高生がキメ顔で言う言葉じゃないだろ、それ」


「どうして? 人間が恋をするのは子孫を残したいからでしょう? つまりエッチしたいのよ。保健の教科書に書いてあるわよ。それの何がいけないの?」


「例えそうだとしても、乙女なのだから、恥じらいというものをだな」

 俺が諭すように言えば

「何が恥じらいよ。生き恥晒して生きているような人に言われたくないわよ」

 と彼女は睨めつけてくる。


「おい、酷いこと言うなよ、お前は」


「そうごちゃごちゃ言っても、あなたも女の子が嫌いというわけでもないんでしょう」


「まあ、女子が嫌いだったら、こんな部活でお前と話なんてしてられないだろうな」

「それはつまり、私のことが好きということかしら?」

「それは違うな」


 彼女は不満げな顔を見せる。

「あっそう。どうせあなたも、胸の大きい、頭の緩そうな女が好きなんでしょう?」

「おい。おっぱいの大きい女の人が頭悪いみたいな言い方するなよ。自分の胸が少々……」

「少々、なにかしら?」

 ギロッと睨まれ、ひよった俺は慌てて言葉を言い換えた。

「……風通しがいいからと言ってもな」

「死ね」

 効果はいまひとつだ。


 その時ガラッと戸が開かれた。見ると、もうひとりの部員である伊吹いぶき楓子ふうこの姿がそこにあった。

「なになに? 何の話?」

 伊吹は戸を開けるなりそう尋ねてきた。


「この男が、私がペチャパイだって言ってきたのよ」

「え、最低」


「言ってなかろう」


「何の話しててそうなったの?」

「銭丸君の好きな女性のタイプについてよ」

「え、それで胸の話になる? ほんと最低!」


「だから、俺は胸とかどうでもいいって」

「じゃあ、どう言う人がタイプなの」


「そうだな。入学式の時挨拶してた先輩、とかかな」

 俺はそう言いながら、およそ一ヶ月前の日のことを思い出していた。


 まだ俺が高校生活に夢を見て、胸を高鳴らせていた頃、新入生の俺たちに向かって、凛とした立ち居振る舞いで、演説をしていた先輩。

 名前は言っていたはずだが、高校で過ごした一ヶ月の間、萎んで消え去った高校生活に対する期待とともに、忘却の彼方へといってしまった。


「え、葵先輩のこと?」

「誰それ」

「だから執行委員長の」

「あ、そうそう」

「あー、なるほど」


 合点のいったような顔をした伊吹の隣で、やはり不服そうな内海が

「やっぱり胸の大きい女じゃない」

 とボソボソ言っている。


 伊吹は頷きながら

「まあ、わかるよ。美人だし」

 と一応は俺に同調している。


 のだが、内海は

「あと胸も大きいし」

「お前はとりあえず胸から離れろよ」


 なんだろう。そこまで気にすることなのだろうか。大きすぎても服を選ぶのが大変というではないか。貧乳は正義だよ?

 などと言っても、さらに怒りそうだから余計な口はつぐむ。


「まあ、話したことないから、どんな人か知らないんだけどな。多分俺みたいなやつは、彼女みたいな人間とは、まともに話す機会もないんだろう」

 正しく縁もゆかりもない人だ。彼女と同じ学校にいられるだけ、俺みたいな日陰者には幸せだろう。


「何言ってんの。葵先輩、文芸部の部長じゃん」


「え、そうなの? 俺見たことない。俺てっきりこいつが部長かと思ってたんだけど」


 そう言って内海を指したら

「何で一年の私が部長やってるのよ」

「だって俺がこの部屋来た時、お前が『入部するならこの用紙に記入してくれるかしら?』って言っただろ。普通、部長なんだって思うだろ」

「それは代わりに頼まれていただけよ」


「先輩、委員会の方で忙しいからね」


 ほーん。じゃあ、内海が俺に偉そうなのは、部長だからではなく、単に俺を下に見てるだけだったということか。ここに来て最悪の事実が判明したぜ。


「ていうか、なんでお前らは、そんなに先輩について詳しいの? 全然会ってないのに」

「だって、中学同じだし、同じ部活だったし。私割と仲良いよ? だから高校でも先輩と同じ部活入ろっかなって思って」

 伊吹の説明に引き続いて、内海は

「私は従姉妹よ」 

 と宣う。


「え、滅茶苦茶関係者じゃん」

「そうよ。じゃなきゃこんな得体の知れない部活に入るわけないじゃない。あなたみたいに不気味な男までいるというのに」

 なるほど。


 俺に対して口が悪いと言っても、同じ部活にいて、毎日話をしているのだから、言うほど嫌われていないと思っていたが、どうやらこれは本当に危うくなってきたぞ。


 いや、俺は嫌われていない。多分。まだ。



   *


 数日後、部室で部活動に勤しんでいたところ、部屋に入ってきた内海が

「銭丸君。そこに直りなさい」

 と開口一番いきなり命令をしてきた。

「なんだよいきなり」

 ぶーたれながら、渋々言うことを聞く。言うことを聞いてしまうくらいに飼いならされている哀れな俺。


 何だ何だと正座して待っていると

「紹介するわ。私の従姉で執行委員長かつ文芸部部長のあおい日向ひなたさんよ」

「いやあ、悪いね。せっかく入部してもらったのに、放ったらかしにして。どうもはじめまして、あおい日向ひなたです」

「え、あ、はじめまして」

 俺は敬礼せん勢いで、挨拶をした。


「名前なんて言うの?」

銭丸ぜにまる玄徳げんとくです! よろしくお願いします!」

 憧れというと大げさではあるが、学校の有名人とも言える人を前にして、自然と背筋が伸びた。


 顔を上げたら彼女はにっと笑っていた。近くで見るとより一層きれいな人だと思った。あといい匂いもする。


 彼女は面白がるような表情をしながら口を開いた。

「おっぱいの大きい女性が好きだと言うのは、君かい」


 ……。


 俺は奥に立っている内海を見た。

「……おい、お前紹介の仕方間違えているだろ」

「何のことかしら?」

 内海は澄まし顔で、心当たりがないと言わんばかりの顔をしていた。


 何が『そこに直れ』だ。どんなに取り繕ったところで、事前情報で人相最悪じゃないか。


 本当に可愛くない女である。

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