Stained by me
姫路 りしゅう
承(あるいは掴み)
べちゃり
あるいは、ぐちゃり、という感触。
靴底に伝わってきたそれは、髪の毛の溜まった排水溝を掃除するときのような不快感を想起させ、夏奈の全身が総毛だった。
「ねえ、ふゆゆ、もう帰ろうよぉ」
夏奈の数歩先を歩く少女は振り返り、顔をしかめた。
「まだ半分も来てないよ、ここで帰るとわたしの自動勝利になるけど、いいの?」
「うう、それでもいいよぉ……」
「わたしがよくない。ほら、がんばろう」
ふゆゆ、と呼ばれた少女、冬は夏奈の手を取り、ぐい、と引っ張った。
その手の温もりにほっとしたのもつかの間、ぴちょん、と夏奈の頬に水滴が落ちて、彼女は悲鳴を上げた。
「ひっ」
「どうしたの!」
「いや、ごめん、大丈夫」
こんなことでびっくりしていたら、心臓が何個あっても持たないよね、と夏奈は自身を律する。
ここはかつてたくさんの電車が走っていた廃線跡地の長いトンネル。
十年ほど前までは、線路という本来の役目を終えた後も、ハイキングコースとして賑わっていた。
懐中電灯の灯りを消せば何も見えなくなるほど長く暗いトンネルは、少年少女の冒険心を擽り。
トンネルを抜けた先の美しい景色は、疲れた大人の心を癒した。
しかしそんな人気の外出スポットは、今となっては見る影もない。
長いトンネルの入口には黄色いテープが張られ、色褪せた立ち入り禁止の看板が立っている。
周辺の小学校では、絶対に立ち寄らないよう教育がされ、子どもたちが立ち入っていないかどうか、近隣住民の有志が定期的にパトロールをしているほどの厳戒態勢が敷かれている。
この十年、一日たりとも欠かすことなく、だ。
それはなぜか。
この廃線跡地の周囲で、人が消えているのだ。
十年前、一気に十数人が消えたことを皮切りに、この十年でもパトロールの目を搔い潜った子どもたちが数人、行方不明になっている。
原因は不明。
「ねえ、ふゆゆ」
「どうしたの」
真っ暗なトンネルを、懐中電灯の白い光を頼りに歩いていく二人。
「結局、行方不明の原因って何なんだろうね」
「さあね。っていうか、今日はそれを解明するために来たんだよ」
「そうだけど」
「今わかっていることはひとつ。人が消えたと推定される日、トンネルの周辺で何らかの爆発音が鳴っている、ということだけだね」
「爆発音……」
震えた声を出す夏奈の頬を冷たい風が撫でた。
背中にぞぞぞと悪寒が走ったのは、風が冷たかったからではない。
長い長いトンネルの中で、頬の横から風が吹き込んでくることなんて、あり得るのだろうか。
怯えながらも、夏奈は一歩ずつ足を踏み出した。
べちゃり
あるいは、ぐちゃり、という感触がする。
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