故郷にて
目覚め
「――頭痛っ」
目を覚ます。なにか悪い夢を見ていたような、遠いところに行っていたような。
思考がまとまらないが、とりあえず生きている。前……、ここにいる以前の記憶が曖昧だ。
「俺は……、えーと……」
鈍痛のする頭をトントンと指で叩いて冷静を促す。やがてひとつ思い出す。
「クロム……。 俺の、名前」
一番大事、かはわからないがまずひとつ記憶を取り戻す。すると芋づる式にポロポロと付随して記憶がやってくる。
「えー……?」
自分がなに者が判然としない。アバウトには理解できるのだが言語化ができなく、どういった人間だったかはわかるがどういった経緯でここまで生きてきたかがわからない。
まず地面に横たわっている。全身に痛みはあるが死を感じるほどひどくもなさそうだ。
視界は明るい、今は日中らしい。
息をなんどか吐いて吸うと平静さを取り戻し、体の痛みが離れていく。両手に力を込めると思ったより頼りない感覚ではあるが体を起こすことができた。
膝立ちの状態になり、今度は下半身に力を入れて直立する。
立つことはできたがよろよろと力なくふらつきながら体を支える場所を探す。横には大きな木があり、そこに片手をつく。少し性急にしすぎたか。思っているよりも動揺していることがわかる。
こういった状況、異変や異常には適応力が高いはずだ。そのことも思い出す。自分はなにかと戦い、戦う術を身につけているはずだ。
そこまで考えるとこの状況で最も把握しなくてはならないことを思い出し、自分の手を見る。
小さい、柔らかそうな手である。それに力を込めると、なにかが隆起する。
――はずなのだが。
「……相棒?」
いるはずの、いたはずの我が半身。頼りになる相棒が反応しない。いつからかは思い出せないが、いつからか身に宿っていたもう一つの生命。呼び声に呼応して我が身を守る鎧となり、力を貸してくれる頼りになるアイツ。
一応死んではなさそうだが、そういう感覚はあるのだが答えてはくれない。衰弱しているのだろうか。
しかしなんだろう、見落としていることがあるような気がする。
「……なんだ、この手」
右手を、左手で触る。むにむにとさわり心地のいい柔らかな肌、感触。よくは思い出せないが、こうではなかった気がする。
心もとない足取りで移動を試みる。何度となく休憩をはさみ、木に体を預けながらどこかへと向かう。
どこへだろう。少なくともあたり一面の木々には見覚えがない。こんなところにはいなかった気がする。答えを得ようと模索する。
やがて少しだけ開けたところに水場があった。背丈と同じくらいの岩から流れ出る水がその足元に水たまりを作っている。
そういえば喉も乾いている、そして腹も空いているようだ。すがるようにひざまずき流れるように手に汲んですする。
体に良くないことをしている気がするが、相棒が正常ならば問題ないはずだ。自信があまりないが体が勝手に水を求めて手を動かす。
満足するまで飲み続け、ついでに顔を洗ったところでようやく気がつく。
「誰だこれ」
黒く、だが光の当たると銀色に輝く髪、同じ色の瞳。間違いなく自分だ、少なくともそう認識している姿。しかし目に写ったのは記憶とは異なる顔。しかしよくよく見ると覚えがあるような……、ひどく懐かしい気がする。そう、遠い遠い記憶。
「子供に戻ってる?」
自分の発した言葉を何度か反芻する。
「……ほほう?」
まるきりフィクション、おとぎ話のようなことだ。信じられない、記憶にノイズが多いためそもそも認識を誤っている可能性もある。だがもう少し大人の姿だったような気がする。
しかし今現在はこの状態を異常だと思わずにはいられない。
「んんー……、えー……」
状態と状況と、行動指針が定まらない。何をしている途中で、なんのためにこの場所にいて、どこに行くべきなのか。
すべてが蒙昧で不明瞭、ただ間違いなく言えるのはこのままでは良くないということ。
「とりあえず、歩くかぁ」
それしかない。なにが、どこが危険であるのか検討もつかない以上選択肢は限られる。
維持か、変化か。
どちらにもデメリットがついてまわるが、私が選ぶのは後者だった。
ここは森であり、傾斜のついた山の途中らしい。それを登ることにした、見通しが効けば少しはなにかがわかるかもしれないし、もしあるのであれば支援が得られるかもしれない。
……そんなものがあるような気は一切しないが。
それにしても厳しいのが体力、見た目相応かそれ以下のものしかないらしい。それなりに自信のある部分だったような気がするのだがないものは仕方がない。それに空腹がかなり深刻である。
そしてあまりの動揺に気がついていなかったが自分は今全裸だ。刺すような寒さは感じないが、さすがにこのままはよろしくない。
移動するよりも水場の近くで寝床を確保するほうがよかったのだろうか。
日は着実に傾き、日暮れまでそんなに余裕もなくなってきた。疲労も相まって悶々としていると、少し木々が開けてきた。気の所為ではなく、歩くほどに間隔が空いていくと、やがてぽっかりと開けた空間にたどり着いた。
人のいる形跡、荷車や薪などが目に付き安心感を覚える。実際には安心せず警戒を持って当たるべきなのだが、相当に衰弱している。なんとか栄養や休憩を得られないか願ってしまう。
若返りしたかどうかはまだ定かではないが、見た目が幼いのは間違いない。十歳そこそこの少年であることは警戒心を解くのに効果的に働くだろう。媚びを売ることも辞さない。自分で言うのも何だがあどけなさの残る面立ちは愛嬌があると言っていいだろう。
「……よし」
意を決して前に進み、いくつかある建物のうち最も近く、他と孤立しているものに近づいていく。見比べても貧相な感がただよう、はっきり言ってみすぼらしい納屋のような木の建物。
中に人がいるか怪しく思えてしまったが、入り口までたどり着く。戸は閉まっておりそれを小さな手でノックする。
反応がない。
音が小さかったかともう一度、余裕もないので殴るように叩く。それからいくらか待っているがやはり何も起こらない。留守かあるいは空き家か。それとも警戒心の強い人だろうか。
落胆の念が募りその場を後にしようとした時、扉の奥になにかが近づく気配。ぱっと顔を上げ見つめるとゆっくりと内開きの戸が開かれた。
顔をのぞかせたのはかなり大柄な、肌が緑の男。
「おっと?」
疑問が一気に押し寄せるがまずは状況を伝えねば。
「あの……! わた……ぼく困ってて!」
幼く振る舞え、庇護欲をそそれ!
「……」
「えっと……」
戸が閉まる。冷たい目で一瞥されただけだった。ひどい。
「なんでー……」
落ち込むと目の前が暗くなる。思いの外にショックで疲労が一気に押し寄せてきた。
「ぎゅう」
力尽きて倒れ込む。どうしてこんなことになってしまったのだろう。なにか悪いことでもしたのだろうか、これが夢であることを願いながら意識を失った。
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