Trick or Treat!
今日もベリーの散歩のためにいつもどおりに
チャイムを鳴らす。夕飯の支度中の伯母が手を止めてインターホンに出る。電子音のくぐもった声で「鍵開いてるから勝手に開けて入って」と言われる。玄関扉に手をかける。
扉を開けると、巨大な白い犬が飛びついてきた。ベリーだ。これもまたいつものことだった。
しかし今日のベリーはいつもと違ってオレンジの頭巾をかぶっていた。
「なんやこれ」
よく見ると黒い目がついたかぼちゃのかぶりものだった。ジャックオランタンだ。
こんなところでハロウィンを感じることになるとは思っていなかった。椿の家には小さい子供がいないので、ハロウィンとは向日葵とその母桂子がパンプキン味のスイーツを食べるためだけにあるイベントだ。由樹子伯母の家も同様のはずだ。伯母には三歳と一歳の孫がいるが、この子たちの一家は普段大阪に住んでいてめったに帰ってこられない。
ベリーが椿の胸に両前脚を置いて後ろ脚だけで立ち上がる。尻尾を振り、舌を出す。頭巾ぐらいでベリーの態度が変化することはない。
「トリック・オア・トリート!」
台所のドアが開いて、エプロンをつけた由樹子伯母がそう言いながら廊下に出てきた。椿はベリーを抱えながら「いや違いますやん」と突っ込んだ。
「イタズラする子にお菓子をあげる」
「逆ですし僕イタズラしませんしお菓子いりません」
「家に来る子供にお菓子を配る日じゃん」
「子供と違います」
由樹子が手に持っていた紙袋を差し出した。白い小さな袋からはバターの芳醇な香りが漏れ出ている。どこかで嗅いだことのある匂いだ。いりませんと言った手前だったが、非常に食欲をそそられる。
「イーラdeの中のDONQの量り売りクロワッサンが強烈においしそうだったもんでバカ買ってきたさ。椿くんにも分けてあげる」
バターのいい匂いに負けた。
「ほんならいただこうかな……」
手を伸ばした。
紙袋をつかんだ。
次の時だった。
ベリーが伸び上がった。
「あっ!?」
ベリーが紙袋に噛みついた。
牙と唾液に負けた紙袋があっけなく破れた。
玄関のたたきに落ちたクロワッサンを、ベリーが容赦なくむさぼり食った。
「…………」
そんなに食い意地が張っているつもりはなかったが、ベリーがおいしそうにクロワッサンを食べているのを見るとすごく惜しかった気がしてくる。イーラdeとは沼津駅の南口にある再開発ビルなので向日葵に頼めば今日の帰りにでも買ってきてくれると思うが、自分が食べ物に執着していると思われるのはなんとなく嫌だった。
無言でベリーを眺めている椿に、由樹子が言った。
「それが、台所に行けばまだあるだよ」
椿は思わず「やった」と呟いた。
「上がんな、ベリーに食べられないように戸棚に隠した分、ベリーに取られる前に食べちゃいな」
「はーい」
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