ある日うちのネコがモンゴル軍を迎え撃ったんだけど
杉浦ヒナタ
第1話 ノブナガ、敵の本陣へむかう
「起きろ蘭丸、
枕元でネコのノブナガが怒鳴っている。
「なによそれ、まったく意味がわからないんだけど」
寝起きにそんな難しい言葉を使われても、あたしの頭がそれを理解するには、きっと半日以上かかるだろう。
「おろか者め、モンゴルの者どもを撃退に向かうぞ。早く支度をせい」
じれたノブナガは、あたしの頭をぺしぺしと叩く。
「おほう、ちょっと気持ちいい。もっとやって」
「貴様、本当に手打ちにするぞ」
実はこのノブナガ、中の人が異世界の織田信長とつながっていて、この町内のネコをすべて制圧すると向こうの世界での天下統一が成るらしい。
そして、あたしの事は子分の森蘭丸だと思っているのだ。
「今回の相手は強敵じゃ。よって応援を求めねばならぬ」
「応援って、誰に?」
興奮したノブナガにおでこを引っ掻かれたあたしは、口をとがらせる。
「お主のかつての学友であろう、斎原という娘だ」
「あ、ああ……」
「なんじゃ、忘れたのか。お主と一緒で、かつて隣の古本屋の息子に振られた、あの元図書委員長ではないか」
「覚えてるよ。それに余計な紹介はしなくていいからっ」
古傷をえぐるな。なんでそんな事まで知ってるんだ、このネコ。
たしかに斎原さんは高校の同級生だったのだが、応援って?
「うむ。今回はあやつの能力が必要なのだ」
ほう。あたしが知らない特殊能力を持っているのだろうか。斎原さん。
「え、車? 持ってるけど」
斎原さんは中指で丸いメガネを押し上げながら首をかしげた。相変わらず小柄だけど、出る所は出ていて羨ましい体型だ。
「ほら、これ」
車庫に案内されたあたしが見たのは。
「うわー、すごくホコリかぶってるけど、ちゃんと動くのか?」
もとは赤い色のボディなのだろうか。それすら判然としない。
「うん。前回の車検の時は動いたからね、多分、大丈夫……だと思うよ」
「あ、そう」
いったい何年前だ。
どうやらノブナガが言っていた能力とは運転免許のことらしい。そのノブナガは斎原さんの胸に抱かれて、普段見たことのないような至福の笑みを浮かべている。
なんか許せん。
「おおう、エンジンがかかった」
その振動で車庫中に埃が舞う。咳込みながら、あたしは気付いた。
「でも何だか音が変じゃない?」
あたしが知ってるクルマの音じゃない気がする。やはり壊れかけてるに違いない。
「違うよ、これはディーゼルだから」
一旦、車から降りた斎原さんは少しむっとしている。
「え、こう見えて列車なの?」
(注:この地方では年配の人を中心に、列車のことをディーゼル、またはジーゼルと呼ぶのである)
「エンジンが、ってことだよ」
なるほど、そういえばバスやトラックもこんな音がしているな。このクルマはそれよりもっと小さくて、軽自動車より少し大きいくらいだけど。
☆
「さあ出発だ!」
あたしは声をあげた。
「折木戸さん。それで、どこへ向かえばいいの」
おっと、これはもっともな質問だ。
「まずは
ノブナガは後部座席で仰向けに転がったまま答えた。
ほうほう。たしかに高い場所に陣を敷くのは鉄則みたいなものだからな。
「だ、そうですよ」
斎原さんの表情が曇った。というより、あたしの精神状態を危ぶむ顔だ。
「もしかして、そのネコをナビに使ってるの?」
「え、いやまさか、そんな。あはは」
やはり斎原さんにもノブナガの声は聞こえていないようだった。
「えっと、じゃあ三瓶山の方向へ向かって下さい」
「は、はい……。じゃあ、行くよ」
車は市内を南に進む。
「ひいっ」
対向車とすれ違うたび、斎原さんがハンドルを左に切り、小さな悲鳴を上げるのが気になるが、やがてあたしたちの行く手に、この地方での最高峰、三瓶山が見えてきた。
あたしたちの敵は、あそこにいるらしい。
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