第26話 輪廻閉じし最期の王
2080年12月。
闇の渦を浄化し魔物が出現しなくなってから70年が経った春。
世界は驚くべき速度で進化を遂げ、SFの世界を体現したような姿になっていた。
空飛ぶ車、宇宙旅行、機械化による労働の自由等。
人類の寿命も医学の進歩によって伸びていたが、そんな中でもそれを望まない人々がいた。
206号室-坂崎竜太様-
見た目は30代中身は10万歳にまでなったディンは、そう書かれた病室のドアをノックもせずに開けた。
「よう竜太、具合のほうはどうだ?」
「お父さん……。今日はなんとか、いい方だって、先生が言ってたよ。」
「そっかそっか。あれ、今日は竜人達は来てないのか?」
「もうすぐ、来てくれるって。孫たちも、連れてきてくれるってさ。」
そこにいたのはすっかりおじいさんになり、顔をしわくちゃにして笑う竜太。
「にしてもさ、いつ来ても竜太はじいさんだな。」
「お父さんが、若いんだよ。」
「結局寿命なんかは人間のまんまだったもんな、竜太。俺より老け出したときは驚いたよ。あ、これお見舞いの果物ね。今時にしては珍しく、ちゃんとしたとこで作った高級品。」
そう言いながらベッドの横の椅子に座り、持っていたバスケットをベッド横の机に置く。
「でも、今日でおしまいなんだもんな…。」
「そう、だね。僕もやっと、みんなと、同じとこに行けるよ。」
「俺は1人残されるから寂しいんだけどな。」
「ごめんね、お父さん。」
色々な世界で色々な力を発現させていったディン。
いつしかその目は、人間の寿命を感覚的に認識出来る様になってしまっていた。
「いいんだ。みんなは先に逝っちまったし、竜太が逝けば俺もこの世界から消える。どうせ別れる宿命にあったんだろ。」
「……。」
「だからそんな暗い顔すんなや、辛気臭くちゃ竜人達来るまで気まずくなっちまうだろ。」
「はは、そう、だね。」
ゴホゴホと咳き込む竜太と、背中を優しく摩るディン。
傍から見れば、見舞いに来た孫の様に見えてしまう。
「おじいちゃーん、来たよー!あ!ディンじいちゃんだ!」
「おお竜也!元気だったかー?」
「うん!」
「お祖父さん、お久しぶりです。」
「竜人、お前また老けたか?」
「お祖父さんが若すぎるんですよ、もう。」
少しして、コンコンとドアを叩く音がしたと思うと、竜太によく似た元気な少年が転がり込んできた。
その後ろからは40ほどの男性が入ってきて、それを追う様に同年代の女性が赤子を抱えて入ってきた。
「お祖父さん、お久しぶりです。」
「お、綾子さん元気だった?竜樹も元気だったかー?」
「もう6ヶ月ですからね、元気いっぱいですよ。」
「ほらディンじいちゃん!おじいちゃんが竜樹見れないよ!」
「おお、ごめんごめん。」
赤子に挨拶をしていると、竜也がディンの服の袖を引っ張りどかそうとする。
笑いながら謝ると、ディンは綾子と竜樹が竜太の元に向かうのを静かに見つめた。
「ほーら竜ちゃん、じーじだよ?」
「あーうー!」
「はは、竜樹は元気に、育っているかい?」
「ええ、お義父さんのおかげ様で元気すぎるほど元気ですよ。」
「そうかそうか、それは、良かったよ。」
「じいちゃん、元気だったー?」
「竜也の顔みたら、元気になったよー。」
喋るのも少し辛そうな様子だが、それでもにっこりと笑って孫と話す竜太。
ディンは一歩引いて家族の時間をやろうと、静かにその様子を見守る。
「父さん、もうだいぶ良くなってきた?」
「ああ、お陰様、でな。」
「退院はいつになりそう?」
「早ければ、1週間ほどで、退院出来る、そうだ。」
ゴホゴホと咳き込みながら答える竜太。
その姿は到底退院できるような状態ではなく、「治療のしようがない為死に場所を好きに選べ」と言われているようなものだった。
「……。」
「じゃあ今日はちょっと立て込んでるから、また明日来るよ。」
「おじいちゃん!またね!」
「おうおう、またおいで。」
「それじゃお祖父さん、また明日。」
「ん、気をつけて帰れよ。」
10分ほど話していた家族だったが、何やらバタバタと急いで帰ってしまった。
その背中を見送る竜太はどこか満足げで、ディンも笑みを浮かべて見送った。
そして。
「竜太、もういいのか?」
「うん、いいんだ。」
「そっか……。」
終わりの時は近づいている。
死神は音を立てず、しかしすぐそばまで歩みを進めている。
ディンは一瞬悲しげな顔をすると、他の「兄弟」にしたのと全く同じ問いを投げかける。
「竜太、お前の人生は幸せなものだったか?」
「大切な人々に囲まれた、幸せすぎる人生だったよ。」
「使命は果たされたか?」
「生きていくという、人間の宿命、人々を護る、守護者の使命、ぼくは、果たせたのかな。」
咳き込むことなく、穏やかに答える竜太。
噛み締めるように、己に反芻させながら。
だんだんと感覚の空いていく、心拍計の音を静かに聞きながら。
「この世界は好きか?」
「世界は、いろんなものに満ちていて、大好きだよ。」
「年輪の世界、それは正しいものなんだろうか?」
「先代様は、きっと……。」
きっと、なんなのだろうか。
その答えが竜太の口から零れることは、もうない。
心拍計はその役目を終え、長い電子音を病室にこだまさせる。
「……。竜太、お前の最期はお前自身の願ったものになったか?」
「……。」
「竜太、お前は本当によくやった。その言葉に自分は値するか?」
「竜太……。今まで頑張ったな、ゆっくり休め。」
「……、みんなは俺の自慢の、最高の子供達だったよ。今までも、これからも。」
何万年生きようと大切な者の死はなれない。
静かに涙をこぼし、そして老いた息子のほほを撫でる。
「俺の命が尽きるその日まで、俺の命が尽きたその後も。」
静かに目を閉じ、そして思い出す。
ともに戦った日々を、ともに歩んだ道を。
「みんなは俺の誇りだ、みんなと過ごせたことを、俺は何より誇らしく思うよ。」
初めて出会ったその日のことを、ときにぶつかりあった時間を。
「我が剣は誇り、それは愛する者を護れることを誇る剣。」
ともに泣いた日々を、ともに笑った日々を。
「しかしてそれはみんながいたから成し得た使命、この世界はみんなのおかげで守れたんだ。」
家族として愛し合った者達の、最初と最期の姿を。
「俺は最期まで誇りに思う、お前たちの存在全てを。」
応えるものはいない、悲しき誓い。
「だから安心して眠れ。」
それは永遠のような時を過ごす、孤独な神の誓い。
「ありがとう。」
年輪の世界の最期の守護者が誓う、最期の愛。
全てを守ると誓った守護者が、全てを捨ててでも守りたかったもの。
それは小さな、とても小さな家族の愛だった。
-坂崎竜太/リュート・ライラ・アストレフ-
享年84歳。
竜太の死後から49日後。
ディンは子供達と守護師の子孫の中でも直系に当たるもの達全てを呼び寄せた。
それぞれが眠る、10の墓がある墓地へと。
「これで最後の守護者が役目を終えた、最後は安らかに眠るように。」
直系の子孫達の数は多く、子供から壮年まで30人を超えている。
その全員が竜太の墓に手を合わせ、そしてその祖先たるディンの言葉に耳を傾ける。
「坂崎、河野、荒井、佐野妻、綾乃、山内、岩崎、村瀬。9代目竜神王ディン、守護者デインとの契約を果たした陰陽師の末裔、そしてその子孫。10代目竜神王として、今ここに新たなる契りを求める。」
その声は決して大きくはなかったが、誰しもが聞き入った。
生まれたばかりだった赤子でさえ、泣くことを忘れその言葉を魂に刻みつけていく。
「それは願いといってもいい、ここに眠る者達の家族として願う、子孫繁栄のようなものだ。」
昔から変わらない癖でタバコを吸いながら、ディンは子孫達をぐるりと見渡し笑う。
「幸せになってくれ、幸せに生きてくれ。死が肉体と魂をわかつその日に、幸せだったと思えるような生き方を。」
その笑みには哀しみを、その言葉には願いを。
「俺はもうこの世界には戻ってこない。全ての世界を守る守護者として、輪廻を閉じる最期の竜神王としての役目を果たさなければならないから。」
その声音には寂しさを、その瞳には希望を。
「だから……。今までありがとう、こんな馬鹿な話に付き合い続けてくれて。」
それは果たして誰に向けられた言葉なのか。
「みんなに流れている血は特別なものだ、でもそんなのは関係なく、俺にとってみんなは特別だった。」
子孫達はその言葉に聞き入り、理解するものは涙をこぼす。
男も女も少年も少女も自らより若くみえ、しかし計り知れない程の時間を生きてきた自らの祖先の、その父を見つめ。
「何百万年生きようと、みんな以上に大切に出来る人は現れない。それが断言できる程、みんなは最高だったよ。」
我慢できずに嗚咽をこぼすものもいる、別れをしり泣きじゃくる童がいる。
「陰陽師の一族よ、その力を世界を守るために使っておくれ。でもまぁ、使わないで済む世界であってくれるよう願っているよ。」
寂しげな笑みは夕景に照らされ、黄昏を忘れることのない記憶として刻む。
「さあ、これで最後だ。」
その言葉に全ての想いを託し、世界の守護を誓い。
「坂崎悠輔、悠輔は生まれた時からずっと一緒だったな。陰陽の王だとか竜神の王だとか色々大変だっただろうけど、本当によくやってくれた。」
ディンは別れを告げるべく、一つ一つの墓に向かう。
「坂崎浩輔、浩輔は誰よりも優しいみんなのお兄ちゃんだったな。浩輔の気持ちに何度救われたか数え切れないよ。」
子孫達はそれに言葉を挟むことは出来なかった。
「坂崎裕治、裕治は兄ちゃん達がおっちょこちょいだから頑張ってたな。ありがとう。」
一人一人。
「佐野妻大志、大志はしっかり者だったけど甘えん坊だったよな。あの時気持ちを伝えてくれて本当に良かった。」
あの時の笑顔を思い出しながら。
「荒井大樹、大志のこと大好きなのみんな知ってたぞ?その愛の深さは誰よりも慈愛に満ちていた。」
死する時を思い出しながら。
「河野陽介、陽介は天然ちゃんでみんなの癒しだったよ、可愛い末弟だった。」
過ごした日々を思い出しながら。
「綾乃源太、源太は悠輔のこと本当に気にかけてくれてたよな、チビ達の事も。」
過ぎ去った日々を哀しみながら。
「山内雄也、雄也ごめんな。俺が原因でゲイになっちまったの。でも可愛かったぞ。」
別れを惜しみながら。
「村瀬文昭、村さんはずっと俺のこと気にかけてくれてたよな、お世話になりました。」
ともに笑った日々を懐かしみながら。
「岩原重吾、岩さん初めて会ったとき覚えてる?弁護士なのに詐欺に遭ってさ。」
ときにぶつかりあった日々を目に浮かべながら。
「最後に……。」
血のつながりのある本当の息子。
「坂崎竜太、竜太、ずっと頑張ってきたな。竜太がいてくれたおかげで俺はみんなを守れた。あとごめんな、俺が終われせなきゃいけなかった事を押し付けて…。」
皆で過ごした日々が溢れては流れていく。
それは幸福というにふさわしい日々だった。
「10人の守護者とその子孫達よ、其方らの役目はこれにてお役御免となる。これよりは自らと愛する者達の為に生きよ。そして……、汝らに幸福のあらんことを。」
子孫達に背を向けたまま、ディンは最期の言葉を吐き出した。
肩が震え、声も震え。
泣いているのだろう、本当は苦しくて仕方がないのだろう。
愛する者達全員の命を見送り、そして二度とこの場所に戻ることはないのだから。
幼い王が愛した世界、幼い王が愛した者達。
それを手放すことが、どれだけの苦悩なのだろうか。
「我は最期の王、10代目竜神王ディン。今我が名のもとに、全ての宿命に終焉を。彼の者は使命を果たし、世界は守られた。ならば我は世界を閉じよう、我は悪しき輪廻を断ち切る者、世界を閉じ守護する神。竜の神守りし年輪の世界よ、今この時をもってこの世界は理より外れる。この世界は光有る弱き者達の世界、闇蔓りし魔物の存在し得ない世界。さあ現れよ神の剣よ、その刃をもって全てを閉じよ。」
ポツリポツリと雨が降り出す中、ディンは10の墓の前で言葉を紡ぐ。
するとディンの周りに光が輝き、それは場にいる者を包む暖かいものとなる。
「竜神王剣竜の誇りよ、我が誇りをもって命ずる。この世界に安らぎを、彼の者達に楽園を!」
現れた剣は黄昏を輝きに染め、そして大地へとその輝きを埋めた。
「さらばだ世界を守りし我が愛する者達よ!さらば愛する者達の子孫よ!二度と謁える事なくとも其方らと我の絆は潰えぬ!」
大地へと刺さるその剣の輝きは世界を照らし、全ての生物がその光に包まれた。
そしてその中心にいる王は、懐かしい者達と再会を果たす。
「みんな、ありがとう。さよならだ。」
それは幻影だったのだろうか。
ともに戦い過ごした日々の姿をしたそのもの達の笑みは幻影だったのだろうか。
否。
竜神王は世界を離れながら確信した。
魂に刻まれた子供達の笑みこそ、世界を守る慈愛の形なのだろうと。
継承者の物語 悠介 @yusuke1994
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