第23話 受け継ぎしもの
(ここは、どこ……?)
(僕確か、悠にぃと一緒にケシニアさんと……。)
(叔父さんのいる闇の中に入って……。)
「……太!」
(誰かが……、呼んでる……?)
「竜太!竜太!」
「……、悠にぃ……。」
「竜太!よかった、闇の中に入った瞬間に意識飛ばしたからびっくりしたぞ!」
「え、そうなの?」
地に足つかず、ふわふわとした感覚に包まれながら、竜太は目を覚ます。
あたりは暗く、見回しても何も見えてこない。
「そうなのって、相変わらず呑気だなぁ。こっちゃ心配してたんだぞ?」
「ごめん……。突入してからどれくらい経ったの?」
隣にいる悠輔を寝ぼけ眼で見つめながら、竜太は問う。
ディンの気配が近くにないことから、そんなに時間は経っていないはずだけど、と考えながら。
「多分3分くらいじゃないか?俺も入ってから時間の感覚が掴めねえ。それよりちゃんと身構えろよ、きい抜くと飲み込まれちまう。」
「う、うん。」
魔力を使って上手く身体を起こしながら、竜太は頷く。
「さて、じゃあデインを探すか。」
「でも、どうやって探せばいいのかな……?近くには気配ないみたいだし……。」
「確かになぁ。案外ディンが来るまでは待ってたほうが……、うぉ!?」
「わぁ!」
どうするかと思案していると、突然突風が巻き起こり、2人の身体を襲った。
清風の魔力では抗う事が出来ないその風に押され、2人はどんどんと奥へと飛ばされていってしまった……。
「さて、俺も行かなきゃな。って、厄介なことになってんなぁ。」
ぐったりとしているが浅く呼吸をしているケシニアを目視すると、ディンは魔物の群れに目を向けた。
その間10秒ほどだったのだが、渦の中から魔物がどんどんと沸き上がり開いたはずの道を埋めていく。
そして、湧き上がった魔物達は溶けるように闇に還元され、一つに集まっていく。
「あれ、ぜってえでけえの出てくるよな。」
それを見て苦笑いを浮かべるディン。
強さの程は分からないが、巨大な魔物というのは基本強力な力を持っているというのは経験している。
「おいおい、なんだよあれ。」
闇の集合体が形を成し始めると、ディンは苦笑いをしかめ顔に変える。
黒々しかった塊は肌色になり始め、継ぎ接ぎだらけの人型へとなっていった。
その姿はまるで……。
「成る程、俺の心の中にあるトラウマを形にしたってわけか。いい度胸だ。」
10メートルほどまで膨れ上がった手足の長さも違う継ぎ接ぎの巨人には、顔が5つあった。
頭だけではなく、腹や背中にも現れた顔。
それは、前回の子供達の最期を型どり、子供達の「残っていた部分の一部とその時していたであろう表情」を形にしたものだった。
「人んこと煽るにしちゃ随分趣味が悪いもんだな、こいつぁ。」
剣を握る手に力が入り、小刻みに震える。
「そんなに俺に斬られたきゃ刻んでやるよ。」
怒りを露わにし、顔を引きつらせる。
それに気づいたのか、苦しみにもがく6つの顔が、12の眼が一斉にディンの方を向いた。
一触即発。
どちらかが動けばあたり一帯が灰燼に帰すような、そんなイメージを周りの竜神達は覚える。
それほどまでの怒りのオーラが、ディンから発せられているのだ。
「ディン!怒りを静めるんだ!」
「……?」
そんなディンの耳に響いた一つの声。
そして、地上付近から急ぐようにディンの元に上がってくる一つの影。
「父さん……。」
「ダメだよディン、君がそんなんじゃ。」
「そんなんじゃって、こりゃ結構なもんだと思うぞ?」
現れたのはディンによく似た顔をしている男性、父ディランだった。
どことなく穏やかな顔をしつつ、ディンを諌める目は険しい。
「でもダメだ。ディンが怒りに振り回されてると、君の力で今ここにいる僕らに影響がでてしまう。」
「そうなのか、そこまでは考えつかなかったよ。」
「そうなのかって、僕も大概抜けてるって言われるけど、緊張感のなさは君のほうが上そうだね。」
「今そんなこと言える父さんのほうが能天気でしょ。……。だいじょぶ、怒りに任せて行動はしないから。」
一触即発のはずがへんに穏やかな空気が場に流れ、ディンは思わず笑ってしまう。
ディランの剣の名が憂いだったのを思い出し、それと今目の前にいる父の雰囲気の違いにも笑えてしまったようだ。
「もう、こんな話しに来たわけじゃないのに……。あの魔物は僕とレイラ、お祖父さんとお祖母さんでなんとかするから、君は竜太達を追いかけなさい。」
「……。あの魔物は俺の心の闇を映し出したやつだ。多分強いけど、平気?」
「僕達を誰だと思っているんだい?仮にも先代の王とその一族だよ?」
笑うディンに若干呆れたような顔をするディラン。
半笑いで問われたことに対し、半笑いで返す。
「じゃあ任せるよ、父さん。」
「任せといてよ、ディン。」
そう言ってディランが剣を掲げる。
何がしたいか察したディンも剣を掲げ、乾いた音とともに剣と剣が交差した。
「王の一族の誇りと命にかけて。」
「王の誇りと約束に誓って。」
「「全てを護る守護者の使命を今果たさん!」」
再びガキンと乾いた音。
それと同時に、2人の姿が消えた。
「さあレイラ、僕達の力をちゃんと息子に見せないとね!」
巨大な魔物に接近しながら、ディランがその見た目と雰囲気からは想像もつかない程力強い声を張り上げると、どこからともなくレイラが現れ、ディランの剣に自身の剣を重ねる。
「最後だものね。ディンにはしっかりと私たちの力を受け継いでもらわないといけないわ。」
「さあ竜の憂いよ!」
「竜の慈愛よ!」
「今2つの剣1つとなりて、巨悪を討ち滅ぼさん!」
言葉とともに剣の形が変化する。
正確にいえば、2つの剣が共鳴し、1つの大きな光と変わり始めた。
「いでよ!双竜剣神威!」
ディランにその名を呼ばれると同時に光が霧散し、3メートル程の大きな剣となる。
剣の形状自体は変わらないが、持ち手の部分が2人で持てるように3又に分かれており、両端を2人が持つ。
竜神の中でも禁忌とされる技、双竜剣。
絶大な力を用いる代わりに、己の存在が消えてしまうと言い伝えられている。
竜神の存在はその剣と共にある、が故に。
「闇照らす光よ、立ちはだかる巨悪を清めたまえ!」
「愛する息子の行く道を照らして!光波天昇閃!」
しかしディランとレイラにはもはや関係がない。
至近距離まで接近すると、巨大な魔物から苦しげなうめき声が聞こえた。
王の一族である2人すら知らなかった、魔物の本質。
魔物は、魔物として産み落とされた瞬間からずっと、苦痛に苛まれていた。
その苦痛から逃れる為、人を襲っていた。
しかし、今は躊躇している場合ではない。
迷いない一閃が、6つの顔を持つ魔物を切り裂いた。
ギャアァァァァァ!
魔物は耳を劈く断末魔と共に、煙を上げて溶けていく。
しかし、6つの顔は何処か穏やかで、解放された喜びを感じているようにも見えた。
…ありがとう…
どこからかそんな声が聞こえた。
長い時を経てなお、ディンの中の何処かにあった苦しみが。
暖かい光に包まれ、消えていった。
「……、彼らは幸せだったんだろうね。」
「ええ、きっと。」
そして、禁忌とされる技を使った2人もまた、霧散しようとしている。
光となり霧散した剣を持っていた手を、互いに繋ぎあい微笑む。
「僕達の息子はやっぱり偉大な王になったね。」
「歴代の誰よりも素晴らしい、素敵な王になったのよ、ディラン。」
「未来はあの子に。いや、あの子達に託されたんだね。」
「そうよ。あの子に……、悲しみを断ち切り輪廻を閉じる者。いいえ、私達のかわいい息子がいれば大丈夫よ。」
どこまでも高く、誰よりも速く飛ぶディンの背中を見て満足そうに笑うと、2人は手を繋いだまま、光へと還っていった。
「父さん……、母さん……。」
後ろで2人の気配が消えたことを知り、一瞬哀しげな顔をするディン。
しかし振り返る事も、戻る事も無い。
自分は行かなくてはならない。ここにいるすべての竜神達の魂に報いる為に、世界の為に、子供達の為に。
そして、デインの為に。
「あと少し……。あと少しで……!」
群がる魔物を切り倒しながら進むディン。
ケシニアとレヴィストロは戻ってこない、アリステスは周囲の魔物に手間取っている。
他の竜神達が加勢に来る事もない、それはわかっている。
だから、自分1人で進むしかない。
そう考えたとき……。
「我が後継者よ!ここは儂等に任せよ!」
「早くデインの処にお行きなさい、私達がこの場は引き受けてよ!」
「先代!ライラさん!」
ディンを追い越すように飛ぶ2つの影。
先代ディンと妻ライラの姿。
「レイラとディランはその役目を果たしたようじゃな!儂等も役目を果たさねばなるまいて!」
「そうですわね。ディン、私達が道を開きましょう、貴方は哀れな子を助けに行くのです!」
「先代……、ライラさん……。」
「そうじゃ我が後継よ!お主に課された役目を伝え忘れておったわ!」
「役目?守護者じゃなくて?」
先代ディン、ライラと同じ高さまで飛翔したディンは、先代の言葉に引っかかりを覚え立ち止まる。
「そう、役目じゃ。儂の役目は『分ける者』じゃったよ。代々の王に課せられた運命のようなものじゃ、心して聞くが良い。」
「それ、今じゃなくて昔に言っとくべきことだったんじゃ……。」
「まあよいではないか。いいか、お主の役目はな……。」
「貴方様、魔物の群れが来ましてよ?」
「おお、そうじゃな。良いか我が後継よ、お主は『閉じる者』じゃ。」
「閉じる?」
襲い掛かってくる魔物を薙ぎながら、ディンは先代に問いかける。
先代ディンの役目が「分ける者」だったというのは、世界分割の話を聞いていれば察しがつく。
ならば自分の「閉じる者」の意味するところは…?と。
「お主は輪廻を閉じる者。悪しき輪廻を閉じ、未来を創る者ともいうのじゃ。」
「輪廻を、閉じる……。」
いまいち掴めないといった様子のディン。
しかし、あまり悩んでいる時間はないというのもある。
「ディン、貴方はこの何百万年と続いてきてしまった魔物と世界との縁を断ち切って、長く続いてしまった竜神の使命と、幾千に分かれた世界の争いの輪廻を閉じる運命を背負って生まれてきたのですよ。」
「……。」
「初代竜神王の予言ではな、お主は最後の王と呼ばれている。お主以降、世界は儂等を必要としなくなるということだと思っておる!」
ライラは炎と氷を同時に操り敵を倒しながらディンの元に近づき真意を告げ、先代は剣をふるい続けながら、怒鳴るようにディンに予言を知らせた。
「縁を絶ち、輪廻を閉じる……。」
「そうじゃ!しかし今は考えておる時間はなかろう!さあ新たなる王よ、世界を護って見せよ!」
「……、わかった。ありがとう、二人とも。」
「さあ、私達が道を示しましょう。」
ライラはそういいながら両手に魔力を溜め、詠唱を始めた。
「原初より至る8つの力よ、8つの原初用いるは神なる竜、8つの力今ここに、皆母竜の名の元に!お行きなさい、エンシェントオブマナ!」
「皆母竜より呼び起こされし原初よ、王の剣に重なり放たれよ!エンシェントドラゴン!」
ライラが放った8つの属性が重なった魔術に、先代ディンの剣撃が加わり膨れ上がる。
それは虹色に輝く竜となって魔物の中心部まで到達すると、空を仰ぎ高らかに吼えた。
そして咆哮と共に輝きは増し、魔物の中心部で爆発した。
「ありがと、行ってきます!」
膨大な魔法攻撃によって魔物は灰燼と化し、道は開けた。
ディンは2人に礼を伝えると、一気に飛翔し道を通り抜けていく。
「ライラや、儂等の務めもここまでじゃな。」
「そうですわね。貴方様、最後に手を繋いでもよろしくて?」
「よいよい。ともに眠ろうではないか、愛しき妻よ。」
淡い光に包まれながら、老夫婦は穏やかに手を繋ぐ。
王とその妻ではなく長年連れ添った夫婦として、先代竜神王と皆母竜は光の中に消えていった。
「……。」
2人の気配が消えた事を感じた頃には、ディンは闇の渦の目の前に来ていた。
「デイン、今行くからな。」
剣を消し左手を渦の表面に当てると強い拒絶反応が感じられたが、そんなことはお構いなしに腕に力を入れる。
すると、一瞬阻まれたと思いきや左手が渦の中に入り、ディンはそのまま闇の中へと侵入していった。
「……、これが闇の渦の中か。竜太と悠輔はどこいったんだ?」
闇の中への侵入に成功したディンは、探知魔法で2人を探す。
しかし反応はなく、2人がどこにいるか検討もつかない。
「入ってから動いてねえはずなのに出口はねえ、って事は中にいんのは確かなんだが……。」
ふと後ろを見るとそこには闇が広がっており、侵入口と出口が同じ場所にはないとわかる。
「なんか変な匂いしてるし……、こりゃ長居は無用だな。」
異臭。
何かが腐ったような、そんな匂いが立ち込める黒々とした空間。
どこまで続いているのかも、果たして果てがあるのかもわからないその空間を、ディンは探索し始めた。
「……。」
10分ほど経過しただろうか。
結構なスピードで飛んでいるはずが、なかなか何も見えてこない。
「2人とも、どこにいる……?」
ディンは気づいていた。
竜神の守護の力が働いているにも関わらず、少しずつ闇に蝕まれ始めていることに。
「もし2人が取り込まれでもしてたら……。」
考えられる最悪の結果が脳裏をよぎる。
「焦ってもしゃあないのは分かってっけど、こりゃまずいかもな。」
2人を先行させた事を少し悔いながら、ディンは動き続ける。
自分が中心部に向かっていると信じて、2人が無事だと信じて。
更に15分程時間が過ぎていった。
ディンは手がかりを中々見つける事が出来なかったが、1つ2人の居場所を知る術を考えついていた。
「……。みんな、もう一回だけ手を貸してくんねえか?」
首からぶら下げていた勾玉、自分の時の子供達の魂が宿る宝玉を握り締め、静かに問いかける。
「2人のこと、失いたくねえんだ。」
皆の魂と1つになって蘇った悠輔の場所ならば、宝玉に残された魂の残滓が導いてくれるのではないかと、一縷の望みに賭けて。
…コッチダヨ…
「……。ありがとな、みんな。」
囁くように聞こえた声。
と共に宝玉から光が溢れ出し、どこかへと繋がる一筋の導きとなる。
ディンはその先に2人がいると信じ、全力で光の標の先へと飛んでいった。
……ユウスケ、オキテ……
……浩、輔?……
……リュウタガシンパイシテルヨ、サア……
……竜太が……
「ん、んぐぅ……。」
「悠にぃ!よかったぁ!」
「竜太?」
時を5分ほど遡り、悠輔と竜太のいる場所。
巻き起こされた風と共に吹き荒れた瘴気によって気を失った悠輔に、竜太は死に物狂いでしがみつきなんとか分断されずに済んでいた。
そして、飛ばされた先で必死に悠輔を起こそうとしながら、無意識に守護の力を発動しなんとかこらえていたのだ。
「今度は俺が気絶してたのか……。悪い竜太、迷惑かけた。」
「僕は平気、なんでか闇がまとわり付いて来たの途中から感じなくなったし。それより、悠にぃは大丈夫?」
「大丈夫だ。それより竜太お前、なんか力覚醒してないか?さっきとは比べ物にならんくらい守護の力が強くなってるぞ?」
「え?どうなんだろう……。それより、どこまで飛ばされちゃったんだろう……?」
あたりは変わらず闇の世界、どこまで飛ばされたのかどれくらいの時間がすぎたのか、全く把握出来ない。
竜太は最早、どちらから飛ばされてきたのかもわからなくなっていた。
「どうせ分かんねえだろ。それより、もうディンも入ってきてるだろうから、早く合流しねえと……。」
「そう、だね……。」
「なんか引っかかるか?」
「うん……、父ちゃん来てるなら、探知出来ると思うんだけどって。」
もしかしたら外で何かあったのでは?と不安げにこぼす竜太。
「いや、ディンが来るって言ったんだ。絶対に来てくれるさ。」
「そう、だよね。父ちゃんは絶対来てくれるよね!」
「そうだ、だから俺達はデインを探そう。」
悠輔は竜太の目をまっすぐ見ながら目的を思い出させる。
闇に呑まれた空間ではあるが、2人の体からは守護の光で微かに発光している為、お互いを視認できる程度には見えている。
「おーい!デイーン!」
「叔父さーん!」
5分ほど経って、2人はデインを呼びながらゆっくりと進んでいた。
ディンの守護に竜太の守護が加わり闇に蝕まれずに済んでいる2人は、見当も付かないまま彷徨っている。
「……。そう簡単にはみっかって……、ってあれ?」
「なんか悠にぃ、光ってない?」
ふと悠輔を包む光が強くなり、何処かへと繋がっているであろう光の線と繋がる。
「多分俺の中にいる浩輔の仕業だな。恐らくだけど、ディンを導いてくれてるんだろ。」
「前の浩の?」
「ああ、さっき浩輔の声が聞こえたんだ。だから、なんとなくそんな気がするんだ。」
光の先に目を向ける2人。
どこまで続いているかは分からないが、そう遠くないところに繋がっているのが悠輔にはわかった。
「ディン、こっち向かってきてると思うぞ。だから、安心してデインを探そう。」
「そうだね、父ちゃんが追いついてくる前に叔父さんの事見つけちゃお!」
2人は改めて気を入れ直すと、感じられないデインの気配を探りながら光と反対方向に向かっていった。
ディンがそちらからくるのであれば、自分達が探すべきは反対側だろう、と。
「遠いな……。」
その頃、ディンは1人光の線に導かれ超速で飛んでいた。
「これ、2人はもっと侵食されちってんじゃねえのかな。だとしたらやべえな。」
時折自分の身体を見ると、手や足の先からゆっくりと闇に蝕まれていっているのが、身体を包む光が消え闇がまとわりついているのを見てわかる。
自分が入るまでの時間もここにいた2人は、更に侵食されているかもしれないと焦りを感じ、飛行速度を更にあげた。
「侵食されてるとこ、少しずつ言う事聞かなくなってきてやがる……、こりゃ支配系の魔力が練りこまれてやがるな。」
試しに左手を握ろうとするが、神経が麻痺している感覚に襲われ上手く動かせない。
両足首も同じで、常に浮いている今でこそ平気だが、地上戦になった途端に不利になってしまう。
「どうにか身体が侵食され切る前に……、ん?」
最高速で飛ばしつつ、何かが聞こえた気がして耳を澄ませる。
うめき声のような、悲鳴のような何か。
先に入った2人の声とは違うが、何処か聞き覚えがあるような、そんな何かが聞こえた気がした。
「なんだ……?」
魔物こそいるだろうが生物自体は存在しないはずの闇の空間の中で聞こえた微かな音に、ディンの注意は向けられる。
……ケテ……
「やっぱ聞こえんな…。」
……スケテ……
……タスケテ……
……タスケテ、タスケテヨ……
「助けて…?」
……ディンニイ、タスケテヨ……
……イタイヨ、ディンニイチャン……
……オニイチャン、クルシイヨォ……
「俺のトラウマ再び、世界の闇の嫌がらせ第二弾、ってとこか。」
反芻する声の主達に気づいたディンは、速度を緩めず苦笑い。
どこから聞こえて来るかわからない、いないとわかっている子供達の声が聞こえてくるのは、心の中に眠るディンのトラウマを具現化しているだけなんだと。
……ディンオニイチャン、ナンデボクタチヲマモッテクレナカッタノ?……
……タスケテヨ、ボクタチヲシアワセ二シテクレルッテイッタノハウソダッタノ?……
「……。ごめんよ、みんな。力不足だった、なんて言ったって言い訳にはならねえけど、俺が弱かったから。」
聞こえてくる声に、ポツリと呟く。
「だから、今度そこみんなを守って見せるよ。今度こそ、みんなが幸せになれる様に。」
呟きながら竜の誇りを発現させ、魔力でひと振りした。
「それで許されるなんて微塵も思っちゃいない。でも、俺は償い続けるよ。」
剣は白く真っ直ぐな軌跡を残しながら闇の中を流れていった。
途中で何かを切ったようで、真っ暗な空間の中で一際黒い何かが霧散していくのがディンにはわかった。
「……。」
それを横目に見ながら、ディンは急いだ。
光の指し示す先に、2人がいると信じて。
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