第15話 絶望せし者の救い

 雄山での一件から1か月が過ぎた。

 皆と一緒に暮らし始めた悠輔とデインは、すぐに家族になじんだ。

特に皆の事を知っている悠輔は、すぐに子供達にとって兄のような存在になった。

 デインも、最初こそぎこちない部分はあったが、ディンと悠輔のフォローもあり次第に解け込んでいった。

 一方、魔物の出現頻度は多くなった。

多いと日に3.4回程出現し、そのたびにディン達は戦った。


「これで終わりだ!」

 悠輔が宣言とともに最後の魔物を討つ。

 悠輔はディンの中にいる間に、先祖の持っている力に目覚めていた。

結界を得意とする陰陽師の中で、珍しく攻撃する術を多く持っている、それが陰陽王と呼ばれた者の力だった。

「ティル、強いね!」

 それに加え、ディンの中で眠っているうちに知らず知らずのうちに魔力に目覚めていたのだ。

ディンが竜神の力に陰陽師の力を加え戦っているのなら、悠輔は陰陽師の力に竜神の力を加えて戦う。

表に出ている力が違うだけで、同じような魔力を持ち合わせている。

 ちなみにティルとは、ディンが着けた悠輔の偽名だ。

「いやいや、デインの方が強いって。」

 故に魔法戦においてはディンと同様、ないし悠輔の方が強いかもしれない。

「2人とも強いよ!」

 一方デインはというと、元々接近戦を主として戦っていた為、竜太と近い戦闘スタイルだ。

戦闘経験においてはデインの方が上、潜在能力では竜太が上。

お互い、いいライバルとして研鑽しあっている。

「さ、帰ろう。」

「はーい。」

 褒め合っている所にディンが声をかけ、皆気を緩める。

「オー!ジャパニーズヒーロー!ブラボー!」

 今いるのはアメリカニューヨーク州、自由の女神のすぐ近くでの戦闘だった。

ローブを着て素顔を隠している4人だったが、今やその姿は世界中で報道されている。

 遠い国でも、様々なやじ馬が現れる。

「オー!ワタシ、アナタタチノファンネ!サインクダサーイ!」

 ダイナマイトボディのブロンド白人美女が片言の日本語で話しかけてくる。

「あー、どうしよう……。僕英語出来ないよ……。」

 一番近くにいてペンを渡されてしまった竜太が、戸惑う。

「こういう時は黙って離れればいいんだよ。」

「そっか。」

 ディンが小声で耳打ちをし、竜太にアドバイスをする。

「サインクレタラ、オネイサンイイコトシテア・ゲ・ル!」

「ううー。」

「こらリュート、帰るぞ。」

「ゴメンナサーイ!ソーリーソーリ―!」

「同時転移。」

 美人に誘惑され迷っている竜太を叱り、同時転移を発動するディン。

胸元を強調している美人の前から、4人は消えた。

「アン、ダメデシタ!」

「やはり、やつがいる時に接近するのは難しいか。」

「ソウネ。」

「あの小さい2人だけの時に近づくとするか……。」

「オウ!アナタワルイカオシテルヨ!アスマ!」

「ふふ、我々の計画は潰えていないのだよ…。」

 不吉な会話。

美女の隣に、ひげぼうぼうの如何にも悪人といった風な男。

男はニヤニヤと笑いながら、美女を連れて人ごみの中へと消えていった。


「みんなお疲れさま。」

「疲れたぁ。」

「二日立て続けだったからね。」

 家に帰ってきた4人。

ディン以外の3人はそれぞれの武装を解き、ソファに体を沈ませる。

 日本では夜中だった為、寝ている所を起こされ戦った為眠そうだ。

「……。」

「あれディン、どうかしたの?」

「いや、何かなぁ。」

 窓際に立ち、首をかしげているディンにデインが声をかける。

しかしディンは明確な答えを言わず、なあなあで済ませる。

「ん?父ちゃんなんか変な事でもあった?」

「いや、多分気のせいだ。」

「そっか、じゃあ僕寝るねー。」

「あ、僕も寝るー。」

 そんなディンに対し少し疑問を覚えた竜太だったが、話そうとしないディンを見てすぐに聞くことを諦める。

 デインとともにだらだらと部屋に行ってしまった。

「なんか気づいたら教えてな?」

「おう、先に寝ててくれ。」

「わかった、お休み。」

 悠輔は黙ったままにしてしまわないようにくぎを刺し、寝室へと向かっていった。

「……。」

 豆電球だけの暗い部屋に1人、ディンは戦闘時に感じた違和感を思い出そうとする。

「なんか嫌な予感がするんだよなぁ……。」

 1人首を捻る、何かを感じた。

 殺意や憎しみではない、何かを。

どこかで感じた事がある気配、しかしそれが何かを思い出せない。

「んー、昔なんかあったっけなぁ?」

 前回の記憶をたどろうとするが、所々忘れてしまっている。

もどかしいが、結局思い出せない。

「思い出せないって事はそこまで重要じゃない、と良いんだけどな。」

 1人でそう完結し、ディンも寝室へと向かっていった。


 ニューヨークでの戦闘から3日後。

珍しく魔物が現れなかった事もあり、ディンはゆっくりと羽を伸ばしていた。

 場所は東京新宿、おしゃれなカフェで村瀬と2人ゆっくりしていた。

「いやぁ、魔物が出ないとゆっくり出来ていいねぇ。」

「そうだな、私も後処理の必要がないし何より心配しなくていい。」

「あれ、心配かけてたの?」

「あたりまえだ。」

 ディンはカフェオレを、村瀬はブラックコーヒーを飲みながら他愛のない話をする。

 平日で午前中という事もあり、店内に客の姿はない。

そして店主がディンに対し肯定的であるため、遠慮なく話が出来る。

「そういえばディン、2人は上手くやっているか?特にデインの事は心配なんだが。」

「平気だよ、2人ともうまく馴染んでるから。特に悠輔はみんなのお兄ちゃん状態だし。」

「そうか、それは良かった。」

 話をしながら飲み物を飲み切ってしまい、追加の注文をする2人。

若い女性の店員が丁寧な応対をし、戻っていった。

「甘い物なんて珍しいね?」

「普段はあまり食べないよ、子供のようだと言われたくないからね。」

「甘いもの一つで子供って、極端じゃない?」

「……。実は新人時代、そういわれたことがあったんだ。それ以来、人前でデザートを食べないようにしているんだよ。」

「へー、村さんにもそんな時代がねぇ。」

「君に言われたくはないな。」

 少し恥ずかしそうに白状する村瀬。

普段は真面目で堅物、眉一つ動かさずに現場で指揮を執っている村瀬だ。

村瀬の直轄の部下である入栄は、まるで別人のようだと驚いていたものだ。

「甘いものはとても好きなんだが、私のイメージに合わないとも言われたかな。」

「それって、奥さんに?」

「ああ。しかしイメージに合わず幼げな部分もあるのもまたいい、と言われて恥ずかしくなったものだよ。」

「んー、村さん俺の前だと感情わかるし、そっちの方がイメージ湧かないけどねぇ?」

「君の前で感情を隠しても無駄だろう?」

「まあ確かに。」

 そこまで話した所で注文したものが目の前に置かれる。

「私、村瀬さんって結構年齢の割に若いのかなって思ってたけど、違うのね?」

「あや、聞かれていたか。」

「ごめんなさい、なんだか楽しそうで。」

「いいっていいって!時間あるならおしゃべりしましょうよ!」

 店員の女性はゆっくりと珈琲を置くと、失礼だけどという感じで話に入ってきた。

村瀬は恥ずかしそうに肩を竦め、ディンは女性を誘う。

「じゃ遠慮なく。なんだか私、ディンさんの方が大人っぽいっていう印象なのよね。ほら、岩原さんともよくここに来るでしょ?なんとなく気になってたの。」

「ほほう?お姉さん、中々わかってるじゃないの。」

「こら、ディン。」

「でも、ディンさんもちょっと子供っぽいわよね、笑顔があどけないっていうか。」

「ありゃ、こりゃ恥ずかしいわ。」

 女性の歯に衣着せぬ物言いに思わず笑うディン。

村瀬も、驚きながらも会話を楽しんでいるようだった。

「あーでも、ディンさんはお父さんって感じかしら?なんだか、包容力がありそうっていうか。」

「それは私の器が小さいという事かな?」

「いいえそんなんじゃないわ。村瀬さんは大人の魅力があるし、ディンさんは若そうだけど父親の魅力があると思うの。」

「ありゃりゃ、女性にこんなに褒められたの初めてだよ。」

「私もだ。」

 照れくさそうな2人を見て、店員はふふと笑う。

そうしていると、店長が店の奥からカップを2つ持って現れた。

「吉野君、良かったらいかがかな?お客様、お邪魔でなければ私もご一緒させていただいても?」

「店長、ありがとうございます。」

「ああ、遠慮なくどうぞ。話し相手が増えるのはいい事だからね、村さんも構わないかな?」

「私は構わないぞ。」

「では失礼して……。」

 そういってナイスミドルな初老の店長はテーブルに腰を下ろし、珈琲を一口啜る。

「お客様、本日の珈琲のお味はいかがですか?」

「お、今日もおいしいよ。香りもいいし、何より苦すぎない。」

「ディンは苦いのが苦手だからな、私はそのままの風味や味を楽しませて頂いてますよ。」

「それは良かった。本日の珈琲豆はグァテマラでしてな、程よい苦みと酸味がブラックでもカフェオレでも楽しめるものですから。」

「店長、毎日違う豆使ってるからお客さんからの苦情も多いのよね。私はそういうのが好きでここにいるんだけど。」

 そこから始まる珈琲談義。

どの豆はどんな特徴があって、どんな挽き方がいいかとか、どんな飲み方がいいかだとか。

 話し相手がいて楽しそうな店長と、その話に耳を傾ける3人。

幸いにも他の客は来店せず、穏やかな時間が過ぎていく。


「と、少々熱が入り過ぎましたかな。お二人様、申し訳ございません。」

「いやいや、興味深い話でした。ここに通う理由が一つ増えましたよ。」

「それはありがたい、所でお二人にお聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

「ん、かまいませんよ?なんです?」

「実は私、お礼を言いたい相手がおりまして。お2人ならもしかしたらその方のお知り合いなのではないかと。」

「お礼?」

 30分ほど経ってから、ふと店主が話を変える。

遠回しな聞き方に首をかしげるディンと、なんとなく察した風な村瀬。

吉野はそれを知っているからか、口を挟まず黙っている。

「その方とは、狂暴な魔物と戦っている方でして。一度助けていただいた時にお礼をと思っていたのですが、すぐにいなくなってしまいまして。」

「あー、世間でいう化け物さんの事ね?」

「化け物などとんでもない!あの方は我々を守ってくださっている、声を聴いた限りだとまだ少年でしょうに、命を懸けて戦っているのです。」

「そうよ、あの子たちまだ子供でしょうに。普通だったら怖くて戦うなんて出来ないわ?」

 2人の話を聞いて顔を見合わせるディンと村瀬。

「もし珈琲がお嫌いでなければ、一度ふるまってお礼を言いたいものです。そこで、よくいらっしゃってその方のお話をしているお2人なら何か知っているのではないかと思ってたのです。」

「……。」

「もしも知らないのでしたり、知っていらしてもご紹介頂けない理由がございましたら構いませぬ、元々叶わぬ願いですから。」

「もしその子たちに会えたとしたら、その事を誰かに言いますか?」

 店主の真剣な表情を見て、ディンは考える。

「いいえ、妻には言うでしょうが、他の者に話すつもりはございませぬ。私も、世間の風潮は存じ上げております故。」

「そうですか…、どうしよっか。」

「どうするかは君が決める事だろう?」

「……、そうだね。」

 店主の言葉を聞き、ディンは考えをまとめる。

「実は…、その子供達の一人って、俺なんですよ。」

「やはり、そうでしたか。」

「知ってたんですか?」

「だってディンさんがお店に来るの、大概魔物が現れた直後じゃない?テレビで警報が流れて、止まって。その直後に何回も来る人なんて、ばれてるようなものよ。」

「……。中々推理力がありますね、しかしそれなら遠回しにする必要はなかったのでは?」

「誰しも秘密にしておきたい事はございます、世間の風潮を考えれば尚更でしょう。」

 ディンの告白に驚くこともなく、種明かしをする2人。

 実は半月前、吉野がその事に気づき、店主に話をしていた。

そこで店主は、無理に聞き出すのはよそうと進言していたのだ。

「でも驚いたわ、よく珈琲を飲みに来る人がまさか!ってね。」

「そりゃそうでしょうよ、誰に言ったって驚かれるし。」

「では、ご一緒に戦っている方々はディンさんのお知り合いで?」

「ああ、あの子達は僕の兄と、弟と息子です。」

「さようでございましたか。」

「やっぱりディンさんって父親だったのね?」

「まあ。」

 胸の内を明かしてくれる2人にホッとし、笑顔になるディンと村瀬。

実際、良かれと思って話をしたら大変なことになった、なんてことも過去にあった。

そんな中、こうして受け入れてくる人がいる。

 それはディンにとっても、子供達にとってもとても喜ばしい事だった。

「真偽のほどはわからなかったとしても、珈琲をふるまえていた事はやはり、嬉しいというかなんといいますか。」

「はは、なんかありがとうございます。」

「滅相もない!私の身勝手な願いでございます、どうかお気になさらずに。」

 柔和な笑顔を浮かべる店主を見て、ディンの心が温かくなる。

感謝しつつ、美味しい珈琲をゆっくり口に含んでいく。

 そんな時。

ディンの携帯電話が鳴る。

着信音を設定しているから、家からの着信とすぐにわかる。

 ディンは2人に会釈をしながら席を立ち、電話を取った。

「もしもし?」

「ディン、今平気か?」

「悠輔か、どうしたよ?」

「竜太と陽介が出かけたまま帰ってこないんだ、出るときには昼までには帰って来るって言ってたんだけど、電話も出ねえし……。」

「どっかで遊んでるんじゃないか?」

 話しながら時計を見ると、確かに昼を過ぎていた。

「それがさ、ちょっと心配でデインに共鳴使ってもらったんだけど、反応がないって。」

「どういうことだ?」

 悠輔の報告に眉間に皺を寄せる。

デインの共鳴能力は決して低くない、ディンのように世界中とはいかないが、軽く日本全域までは広げられるはずだ。

「俺も今探してるけど、確かに反応がないな。少なくとも、関東圏には。」

「どうしたんだろ……、竜太って転移あんまり使えないよな?」

「ああ、そのはずだ。それに、転移できたとしても連絡くらい入れるだろ。」

「だよなぁ……。あ、なんかデインがわかったっぽいから代わるな。」

 そういって電話の向こうが一度静かになり、すぐ別の声に変わった。

「ディン?聞こえる?」

「ああ、聞こえてるよ。」

「この電話って言うのすごいね!力使ってないのに話しできるんだ!」

 電話を使うデインは興奮気味だ。

なにせ、1000年前で文明はストップしていたし、自身が電話を使うのは初めてだったからだ。

「デイン、感想はあとで聞かせてくれ。」

「そうだね。あのね、今2人を探してるんだけど、変なのが見つかったよ?」

「変なの?」

「うん。なんだかある特定の範囲で共鳴の波動が弾かれてるんだ、場所はわかんないけど家から西の方向。」

「距離は?」

「んー、100キロは行ってないと思う。」

 不可解な情報を元にディンもその周辺に共鳴探知を集中させる。

すると、確かにほんの一部波動を弾いているところがあった。

「あ、見っけた。デインはもう少し探してみてくれ、俺がそこにいってみるから。」

「わかった、それじゃね。」

「ああ、頼んだ。」

 最後の言葉を言い終える前に電話は切られた、デインも慌てているのだろう。

ディンは日本地図をその場に出現させ、弾かれた場所に照らし合わせる。

「どうした?」

「なんか竜太と陽介と連絡がつかないって、んで共鳴探知で見つからなくて変に弾かれる場所が1か所。」

「もしかして、2人は誘拐されたのか?」

「その可能性あり、でもみんなには悪しき感情持って近づくやつがいたらすぐわかるようにしてるんだけど……。」

 村瀬と会話をしながら、照らし合わせを続ける。

大体の位置を把握すると、ペンを出現させその地点を丸で囲んだ。

「大体この辺だな、東京湾付近の海沿いの倉庫だ。」

「江東区のそのあたりか…、そこ付近で確かなにかあったような……。」

「とりあえず行ってみようと思う、当たりなら良し、外れなら次だ。」

「どうする?私も行こうか?」

「いや、共鳴を弾くってことは何らかの魔術干渉が行われてる、しかも俺らのだからね、かなり強いのが。」

「行っても邪魔になるだけ、か。」

「まあ言っちゃうとそんなとこ。逮捕者出るようだったら連絡するよ。」

「頼んだぞ。」

 ディンはうんと答えると転移の光とともに消えた。

「消えてしまわれた……。」

「あ、お代は私が……。」

「いえいえ、何か重要な事なのでしょう、お代は結構でございます。」

「しかしそれでは……。」

「いいのまた今度来た時色々聞かせてくれればね。」

「その通りでございます。」

「……、それではまた参ります。」

 村瀬は上着を持つと、急いでカフェを出て車で本庁へと向かった。


「ここだ。」

 東京湾沿い、倉庫が集合している地域。

アニメや映画に出てくるような湾岸倉庫区に、ディンは立っていた。

 相変わらず竜太や陽介の気配は探知できない。

そして、近づいてみると強い魔力が探知波動を弾いているのがわかる。

 魔物か人か。

しかし魔物なら現れた瞬間にわかるはず、そして人ならば結界を張れるはずもない。

 ディンは注意深く魔術結界の中心の倉庫に近づき、階段を使って2階の窓から様子を見る。

「……。」

 外から少しだが日光が差し込んでいるはずだが、暗い。

倉庫内も明かりがついていないようで、なかなか見えない。

「だめか……。」

 ふとため息をつく。

飛眼を使い中を確認しようとしたが、やはりというべきか結界の中では魔力が封じられてしまっているようだ。

(この結界、どっかで……。)

 妙に知っている感覚に襲われる。

何故か自分達の使う結界に、どこか似ているものを感じた。

 しかし、結界を確認したところ六芒星が使われているようで、竜神の一族は五芒星を、八竜が使う結界は八芒星だ。

 六芒星の魔法陣を使う竜神の話を、ディンは聞いたことがない。

「入ってみるか……。」

 持前の筋力で窓を外し、2階から侵入を試みる。

物理防御系の術式は組み込まれていないようで、あっさりと侵入に成功した。

「……。」

 中の暗さに慣れるまで身をひそめるディン。

 大きさは大体400メートル平方程度だろうか。

2階に網目状の通路があり、そこから1階に降りて作業をする仕組みのようだ。

コンテナが所せましと積まれており、全体は見えない。

「……?」

 何か音が聞こえてくる。

くぐもって、かつ物に阻まれてどこから聞こえたかはわからなかったが、確かに音が聞こえた。

 暗闇に慣れたディンは2階端にある事務所のような所に近づき中を覗いたが、人の気配はなかった。

「誰もいない、か。」

 事務所内の明かりを一瞬つけて確認したが、人影どころか何もなかった。

そして、暗闇に紛れ誰かが反応して来るか、待つ。

「誰も来ない、か。」

 反応するような何かがいない分探索はしやすい。

が、これが逆に罠に嵌りに行くことになるかもしれない。

 ホッとしたような、そうでないような。

微妙な心境で、ディンは探索を再開する。

 ゆっくりと、足音を立てずに全体で繋がっている細い通路を進む。

誰かが来れば隠れる事は出来ないが、1階を確認するには都合がいい。

「……、また声が……。」

 何か、口をふさがれているときに出てくるような声が聞こえる。

 しかし、倉庫内で声が反響し、声の質が判断できない。

「だめか……。」

 どうやらコンテナが詰まっていて、2階通路からは確認出来ない箇所があるようだった。

どこからか降りて、コンテナ群の間を通って探索しなければならない。

 近くにあった階段から静かに降り、またゆっくりと歩き出す。

すると、何処か2階からは見えない所に明かりがある様だった。

「……。」

 静かに、ゆっくりと。

足音を抑え、呼吸を殺しながら。

 ディンはその明かりを辿って、広めの空間がある所を見つけた。

「……!」

 ディンの目の前には驚くべき光景が広がっていた。

そして、確信とともに怒りの感情が沸き上がって来た。


「いい加減我々に協力するつもりになったかね?」

「……!」

 そこには手足を縛られ猿轡をされ地面に横たわっている陽介と、同じく縛られ椅子に座らされている竜太、黒いローブを着た数名の人間がいた。

その中で一番体格のいい男の声に、竜太は首を横に振っている。

「君の仲間はここには来れない、この少年の命が惜しくはないのかね?」

「……!……!」

 男が陽介の方を向くと、怒りを顔に出しながら暴れようとする竜太。

必死に縄をほどこうとしているが、手の届くところに結び目がない為無駄な抵抗になってしまっている。

「いいかね?君が我々に協力し人間を滅ぼすというのなら、この少年は解放しよう。」

「……!」

「暴れても無駄だ、君に選択肢はないのだよ!」

 男が顎で隣にいた小さなローブの人間に指示すると、ローブで顔を隠した人間が陽介に近寄り、ナイフを取り出した。

「君が断ればこの少年の命は……。」

「ふざけんな。」

「誰だ!?」」

 男の脅しで怒りが絶頂に達したディンが、握りこぶしを固めながら物陰から現れる。

ローブの集団は、騒めき慌てる。

「君は……、守護者の一人か、都合がいい。」

「都合がいい?てめぇら、何者だ。」

「我々か?我々は神より使命を賜りし者達だよ!君達も出会ったことがあるだろう?」

「そうだな、てめぇらあの時の奴らの残党か。」

 男は余裕のある声でディンに話しかける。

そのディンはといえば、集団の正体に気づき引き攣るような笑みを浮かべていた。

「そうだ、あの時は多くの犠牲を出したが、おかげで君達の情報を得られたよ。」

「情報?そんなことの為に8人も犠牲にしたのか?」

「殺したのは君だろう?」

「……。」

 2か月前、ディンが戻ってきた日。

そして、竜太が襲撃された日。

「君達守護者は人間を殺せないと聞いていたものだから驚いたよ。」

「……。」

「まあちょうどよかった。君からも彼を説得してくれたまえ、断れば大切な子供達がどうなるかわかっているだろう?」

「さあ、わからねぇな。」

「ほう?中々冗談が好きなようだ、では実演を……。」

「教えてくれよ、どうなるんだって?」

「そんな、馬鹿な!?」

 ディンの姿が消え、別の所から声がする。

 ローブ集団がそちらを見ると、ナイフを突き付けていたローブの人間を一瞬で気絶させ、陽介を抱えているディンの姿があった。

「この術式の中で魔術を使うのは不可能なはず!?」

「魔術じゃねえからな、これ。」

「……!父ちゃん!」

 また瞬間移動をし、今度は竜太を開放する。

集団が騒めいている中、ディンは早口で竜太に指示を出した。

「竜太、陽介を連れて先に帰れ。」

「父ちゃんは……?」

「こいつらとお話合いをしてから帰るよ。」

「……、ちゃんと帰ってきてね?」

「あぁ。」

 竜太がディンの言葉に頷くと同時に、ディンは転移の力を使って2人を離脱させた。

「何故力を使える……!?我らが神は絶対!君如きに破れるものではないはずだ!」

「お前は言ったな、魔力を封じたって。なら魔力じゃなかったとしたらどうする?」

「どういうことだ!?」

 焦りを隠すように男は怒鳴る。

逆にディンは2人を離脱させる事が出来、少し余裕を取り戻していた。

「守護者の魔力を封じる結界だと!神は仰られていた!」

「だから、今使ったのは魔力じゃねえって。」

「ならば何だというのだ!?」

「守護者の力、何かを守るためにだけ使える力だ。何を出来るか、じゃなくてどうすれあ守れるか、その考えと意思によって発動する。」

「!?」

 ディンの話に驚き、狼狽える。

力を封じてしまえばただの子供、人質を取り脅せば協力すると踏んでいた。

 恐ろしい、恐怖が集団を支配する。

「残念だったな、所でおめぇらの言う神ってのはなんだ?」

「か、神は!人間の罪を浄化し、せ、世界を浄化、するために、え、選ばれたと!」

「そこじゃねぇ、てめぇらの神は何者だって聞いてんだよ。」

 完全に力関係が逆転してしまい、男の声が震える。

他の者は逃げようとするが、恐怖で足が竦んでしまい動けなくなってしまっている。

「か、神は!竜の、神の王、だと!」

「竜の神の王、ね。それで?」

「せ、世界を救うためには、人間を滅ぼすすひつようがあ、あると!」

「なるほど。」

 ディンはその男の狼狽えぶりに若干あきれつつ、その正体を探る。

竜神王、それは自分の事だ。

しかし自分はそんな事をした覚えはない、ならば。

「その神の名は?」

「な、なまえ……!?」

「ああ、そいつはなんて名だ?」

「か、神の名は……!」

「答えろ!」

「れ、レヴィノル様と、お、仰り……!」

「レヴィノル!?嘘じゃねえな!?」

「は、はははいい!」

 集団の信仰する神の名を聞いた瞬間、ディンの纏う気が荒々しくなる。

それは不可視の力となり、集団に更なる恐怖を与えた。

「全部繋がった!あの糞爺!ふざけた真似しやがって!」

「……!?」

「いいか屑ども!レヴィノルは竜神王なんかじゃねぇ!てめぇらは騙されてたんだ!」

「そそ、そんなことが!」

「騙されたんだよ!なんせ竜神王は俺なんだからな!」

「……!?」

「あの糞爺、死んでまで面倒残していきやがって!」

 ディンの口調が荒くなるのに比例し、不可視の圧力は強まっていく。

集団の中には恐怖で腰を抜かすもの、失禁する者、意識を飛ばし倒れる者まで現れた。

 殺される、無慈悲に。

ディンの怒りの力は、最悪の死を思い描かせた。

「って、てめぇらは騙されただけだからな、そこに関しちゃ罪はねぇ。」

「で、では……!」

「ただし、事実てめぇらは世界に危険をもたらした。俺の家族に手を出した、俺の家族を傷つけ過ぎた。」

「ど、どうか慈悲を……!」

「慈悲?そうだな、慈悲ならくれてやる。」

 ディンが再び引き攣り笑いを浮かべると、男はガタガタと震えだした。

慈悲といっても、許されるという意味ではない。

それが、ディンの表情をみてわかったのだろう。


「……。てめぇらが絶望する気持ちはわからなくもない、でもだからって世界中を巻き込んでこんなことして許されると思うなよ。」

「そ、それは……!」

 少し落ち着いたディンが男に語り掛ける。

「それに気づいてたか?てめぇらあんな爺の事信仰してたせいで、人間じゃなくなってきてるって。」

「ど、どういう事だ!?」

「そのまんまの意味さ、あんたらはもう人間じゃない。爺の毒気にやられて魔物になっちまってるんだよ。」

「……!?」

 ディンはそれに気づき、一転して憐みの目を向ける。

 それは、魔物の形へと変貌していた。

いや、徐々に魔物の姿へと変貌していった。

 縛られ苦しんでいる、まるでゾンビのように痩せこけた魔物。

それは、集団の各々が抱えている絶望だった。

「本来ならその闇が外に出て魔物になるはずが、爺が馬鹿やったせいで本人ごと魔物になっちまってるんだよ。」

「そ、そんな……!」

「それが恐怖と不信感につられて出てきたんだろうよ。」

 ディンはそういいながら目の前に鏡を出現させる。

それはそこにいる全員の前に現れ、嫌でも自らの姿を映す。

「こ、これは……!?」

「いやぁ!」

「なぜ我々が!?」

「レヴィノル様はおっしゃられていたのに!人類滅亡と引き換えに絶望から救ってくださると!」

 様々な方向から悲鳴が上がる。

なぜ今まで気づかなかったのだろうか、誰もがそう感じる程に魔物化は進行していた。

「恐らく、爺の術式のせいでわかんなかったんだろうな。俺が闇に気づいて対処できないように、あんたら自身にも、誰にもそれが感じられない程、強い錯乱をかけた。」

「そ、それでは……!」

「きっと、ずっとあんたらはそうなってたんだ、誰も気づかないうちに。俺もさっきそう見えるようになったくらいだからな、よっぽど強い魔術だったんだろう。」

「なぜ、何故それが今になって!」

「それはきっと、レヴィノルを疑ったからだろうよ。洗脳と錯乱、信じ込ませることで初めて発動する術式。リスクがある代わり、多大な効果が出てくる。」

 ディンは、この集団をひどく哀れに感じた。

人生に絶望し、未来を失くし、そこをレヴィノルに利用され自身が魔物と化している事にも気づかず。

「俺に出来るのはてめぇらを開放する事だけだ。」

「それは……、それは我々を斬るという事か……?」

「まあそのニュアンスであってる、そうじゃないとてめぇらは世界を滅ぼす存在になっちまう。」

「……。」

 ディンの答えに言葉を失う男、遊間。

打ちひしがれ、脱力する。

「……。」

 ディンはその姿を無言で見つめながら、結界が弱まったことで使えるようになった魔法陣を描く。

「そうだ、一つ教えてくれ。」

「……、なんだ?」

「なんであの人達がここにいたんだ?本来竜神を助ける宿命にあった、あの人達が。」

「……。」

「教えてくれないか?」

 ディンは静かに問いかける。

その言葉には、怒りも憎しみもない。

ただ純粋に、知りたいという気持ちだけが込められている。。

「……。彼女たちは、我々と同じようなものだ。宿命を与えた者がレヴィノル様だと思い込み、自らの使命を果たそうとしていた。しかし、それも全ては偽りだったという事か……。」

「そうだな。」

「……、竜神の王よ……。」

「なんだ?」

「我々を、浄化してくれ。我々は、もう人間ではないのだろう?」

「……。」

 ディンに答えを示した遊間が、穏やかに願う。

 遊間達は決して、魔物を生み出したいわけではなかった。

絶望の中、世界を守るというレヴィノルの言葉に縋ったのだ。

 儚い希望を抱き、世界の平和を願い。

しかし、それは自らを魔物に変えてしまった。

「……。」

「我等の神は、何故我等を利用したのだろうか。」

「……。あの爺は爺なりに世界を守りたがってた、でも人間を滅ぼせば魔物が消えるなんて、、そんな簡単な話じゃなかったんだ。」

「そうか……。我等の神はどうなったのだ?」

「レヴィノルは俺が殺した。あの爺は自分の考えが間違ってることに最後の最後に気づいて、殺してくれって言ってきたんだ。」

「……、ならば我等も神と同じ罰を受けよう、それがせめてもの贖罪となれば……。」

「……。」

 遊間がそういうと、集団はピタリと動きを止めた。

それまで魔物の姿になったことに悲鳴を上げていたそれらが、全て止まった。

 皆、理解したのだ。

ディンにより殺されることが世界の為であり、それによって救われるのだと。

「限定封印、第四段階開放。竜神王術・業竜炎。」

 ディンが静かに唱えると、黄色に近いオレンジの五芒星が倉庫を囲んでいる六芒星と同じ大きさに広がった。

そして五芒星は光り輝き、巨大な火柱を出現させた。

「ああ、暖かい……。アリガトウ、本当の王よ……。」

 遊間は炎の中、穏やかにディンに礼を言う。

ローブは燃え尽き、魔物としての姿ではなくなり。

生まれたままの姿の人間の形で燃えていった。

「さよならだ、世界の平和を願った人達よ。」

 ディンはその言葉に優しく答え、その姿が消えていく様を見つめる。

 業竜炎。

それは炎に抱かれた者の罪を焼き払い、浄化する炎。

「みんなからしたら、俺個人としてもてめぇらは憎い相手だ。でも王として、世界を守る者として、違う形であれ世界を守ろうとしてくれてた事には感謝するよ。」

 やがて炎は消え、そこにはディンだけが立っていた。

彼らは灰も残さず消え去り、浄化されたのだ。

「……、貴方たちは世界を守ろうとしてくれてたんだな。」

 子供達の親の真意を知り、少し気が楽になった気がした。

彼らのしたことは許されるものではない、しかし彼らの想いは掃いて捨てるようなものではない。

「苦しみの連鎖はいつか止まるかな、いや止めて見せるさ。」

 誰もいなくなった暗い倉庫の中。

ディンは1人決意を新たにし消えた。


「父ちゃん!」

「ただいま、2人とも大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶだよぉ!」

「僕もだいじょぶ、それで……。」

「あいつらは二度と現れないよ。あいつらはただ、騙されてただけだったんだ。」

 2人が怪我なく、怯えているわけでもないことがわかると、ディンは最低限のことだけを伝え、部屋に向かった。

 リビングでディンを待っていた子供達は、そのことを不思議に思ったが、ディンの部屋にいくような事はしなかった。


「……。」

 部屋で一人、椅子に座り俯くディン。

 今回はまだ良かった。

しかし、また同じようなことが起こったら。

 対策を考えようとすると、どうしても嫌な事を思い出す。

しばらく考え事にふけっていると、ドアをノックする音が聞こえ、デインが入ってきた。

「どうした?」

「いや、なんで竜太達のことが見つからなかったのかなって。」

「ああ。あれはレヴィノルの仕業だったらしい。」

「え?」

「レヴィノルが死ぬ前に残してった面倒だったんだ。だから、俺達の力でもみつけられなかったんだ。」

 ディンの言葉に、驚きながらも納得するデイン。

 デインは、レヴィノルのことを知っていた。

10歳までという短い期間だが、ディランと共に育てられていた時、何かとやっかみをつけてきていたからだ。

「あのおじいさん、なんでそんなこと……。」

「さあ、な。真相は闇の中、レヴィノルの墓にでも眠ってるだろ。」

「え、おじいさん、死んじゃったの?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 すっとぼけるようにいうディンに、少し頬を膨らませるデイン。

 その顔を見ているうち、ディンは思わず笑いだした。

「なんで笑うのさ!」

「だって、だってその顔!ははは!」

「もー!」

 からかわれたような気がしたデインがさらに頬を膨らませ、ディンはそれをみてさらに笑う。

「いいよーだ。あ、そうだ。村瀬さんにはあとで説明しといてね!」

「電話来てた?」

「何回も。心配してたみたいだから。」

「りょーかい。」

 デインはそれだけ言うと、部屋から出ていってしまった。

「村さん、怒るかな……。」

 この事は自分の胸の内にしまっておこう。

そう考えたディンは、怒る村瀬の姿を想像しながら、電話を手にとった。

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