第14話 蘇りし者

「父ちゃん!」

 竜太は怯えるように叫び、ディンの元に駆け寄った。

「父ちゃん!死んじゃやだぁ!」

 絶界が消えた、そして清風も消えた。

「ディン!」

「お父さん!」

「ディンさん!」

「ディン様!」

 ディンは戦いの前に言っていた、自分が死ねば結界は解けると。

他の皆やドラゴン達もそれに気づき、駆け寄り降り立つ。

「そんな……、僕のせいで……!」

 ディンを支えているデインの声が震える。

「父ちゃん!」

 そんなデインからディンを引きはがすように引っ張り、竜太は抱きしめる。

「死なないって!だいじょぶだっていったじゃんか!」

 きつく抱きしめながら涙を零す。

「そんな……。」

 場をショックが覆う。

皆、絶望に打ちひしがれたように涙を流す。

「君はい言ったじゃないか……!必ず子供達を守ると……!」

 村瀬はひと際大きな絶望に支配される。

彼は見てきたのだ、子供たちの死とディンの絶望を。

「ディンさん、どうして……。」

「オヤジ……、なあディン!」

 源太と雄也は膝をつき、譫言のように言う。

子供達の中では年長者だった自分達が止めていたら、その罪悪感に支配される。

「お父さん……!なんでっ!」

「お父ちゃん……!」

「とうちゃぁ……!」

 年少の3人にもわかった。

死ねば結界は消える、その言葉はわかりやすすぎた。

「父ちゃん……。」

「父ちゃん言ったよね……!絶対大丈夫だって……!なのになんで……!」

 祐治と浩輔はディンの一番近くで膝をつき、下を向いて泣いている。

「……。」

 竜太はもう、言葉も出なかった。

ただひたすら、言葉が出ない程泣いていた。

「みん……な……。」

 デインはディンを見る。

意識はあった、見えていた。

 ディンという自分の甥っ子が、自分を助ける為に戦っていた。

なのに何も出来なかった、その罪悪感で呼吸が乱れる。

「……。」

 ディンは眼を開けない。

皆が涙を流しているその中心で、静かに眠っている。。


「……、皆さん。」

「……!?」

「ディンは死にません、私達が死なせません。」

「僕達の大事な息子だからね。」

「私の大切な孫ですもの。」

「儂の後継者だ、そして皆の大切なものだ。死なせはせぬ。」

 声がした。

優しい女の人の声、少し疲れている男の人の声。

静かな婦人の声、そして荘厳な老人の声。

 皆涙を忘れて声の主たちを探し、見つけた。

「あなた達は……?」

 竜太は問う。

竜太の視線の先には、ゆったりとしたローブを着た女性が2人、戦士のように鎧を着た男性が2人いた。

「ディラン!母さん!」

 デインが驚きの声を上げる、そこにいたのは…。

「私達は竜神王の一族の者。竜太、貴方のご先祖ですよ。」

 最初の女性、デインが母さんといった女性が声をかける。

「僕とレイラはディンの両親で、デインは僕の兄さんなんだよ。」

 疲れた声の男性ディランが続ける。

「私はレイラの母、ライラと申します。」

「そして儂が先代竜神王、ディンだ。」

 婦人と老人も挨拶をする。

「僕の、ご先祖達……?」

「そうですよ、竜太。」

「母さん、どうして?」

「デイン、私達は貴方を救うためにディンの力になったの。その時、少しだけ意識を混ぜ込んでおいたのよ。」

 竜太とデインの言葉にそれぞれ返し、ディンのもとに歩み寄り膝をつくレイラ。

「ディンがもし力尽きてしまったら、私達の最後の力を使ってその魂を癒そうと、ね。」

「命を……、癒す?それって、父ちゃんを連れて行っちゃうってこと!?」

「そんなの、そんなのあんまりだ!」

 レイラの言葉に浩輔と竜太が反応する、命尽きたのならせめて自分達で弔いたい。

「いいえ、そういう事じゃないのよ。」

「じゃあどういう!」

「私達の最後の力、生命力をディンに与えようという事よ。」

「生命力……、それじゃあ!」

「ディンは死なないわ、この子は死ぬべきではないわ。」

 レイラの言葉に、皆の顔が明るくなる。

涙の跡が残り不格好だが、一様に喜びを顔に出す

「儂らの力も残り少ない、さっさとやってしまおう。」

「そうですわね、さあ皆さん一度お離れになって?」

「僕達がいなくなったら、ディンは眼を覚ますからね。」

 そういって3人はディンの元に歩み寄る。

「あの、レイラさん……。」

「ふふ、お母さんでいいのよ?」

「え?」

 明かされた事実、竜太もまたレイラの子だったのだ。

「おかあ、さん?」

「そうよ。貴方達に辛い思いをさせてしまって、ごめんなさいね。」

「お母さん……、ううんいいんだ。そうなったおかげで、僕はたくさん大事な人と出会えたから。」

「ディンも同じことを言っていたわ、貴方達よく似てるのね。」

「親子、だからね。」

 竜太が涙を拭いて笑う。

確かに、力の事を知った時にはいろいろな考えを持った。

 しかし、ここにいる者達との出会いや関わりは。

かけがえのない物であることも確かだ。

「さあ、始めましょう。」

 レイラは竜太を一度抱きしめ、キスをした。

皆の前で母にキスをされ赤面している竜太を見ながら、レイラは皆を遠ざける。

「あの……、母さん……。」

「デイン、今まで苦しい思いをさせてごめんね。許してもらえるとは思ってないけど、貴方の事はずっと大切に思っていたわ。」

「うん……、いいんだ、僕は。」

「ありがとう、デイン。」

 デインにもキスをしながら抱きしめ、皆のもとに行かせる。


「さあ、我が妻と子孫達よ。今此処に、竜神王に最後の力を。」

「最後の力を。」

 4人の竜神はそれぞれの剣を持ち、ディンの上に掲げる。

4つの剣は交差し、そこからディンに光が零れる。

「竜神剣竜の憂いよ。」

 ディランはディンを優しく見つめながら唱える。

竜の憂いが強く輝き、輝きとともにディランは消えていく。

「竜神剣竜の慈愛よ。」

 次はレイラが。

「竜神剣竜の御心よ。」

 そしてライラが。

「竜神王剣竜の意思よ、我が子孫であり王を継承せし者の力となれ。」

 最後に先代ディンが。

4つの剣が光となり、ディンを包む。

「うわぁ!」

 眩しすぎて目を開けている事が出来ない。

皆が視線を遮る中、光は収まっていった。


「……、んー……。」

「父ちゃん!」

 光が消えると同時に、ディンの声が聞こえた。

短く唸り、瞼を開く。

 竜太はディンの元に駆け寄り、抱き起す。

「……!父ちゃん……!」

「ただいま、竜太。」

「すっごく……!すっごく心配したんだからね……!」

「はは、ごめんよ。みんな、ただいま。」

 泣きながらきつく抱きしめてくる竜太の頭を撫でながら、皆に声をかける。

その言葉に皆安堵の声を漏らし、駆け寄った。

「……、デイン。」

「……?」

 皆にもみくちゃにされている中、ディンは静かにその名を呼んだ。

「お帰り、デイン。」

「……!ただいま……!ただいまぁ!」

 ディンの言葉を聞き、一際大きく泣き出すデイン。

浩輔がデインの傍に寄り手を差し伸べると、その声はより大きくなった。

「デインさん、戻ってきてくれてありがとう。」

 浩輔はそういってデインを抱きしめた。

「ありがとう……!ありがとぉ……!」

 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらお礼をいうデイン。

その姿にディンが笑い、皆がつられて笑いだした。

 1000年という途方もない時間を闇に吞まれ過ごしていた、先代の守護者デイン。

彼は、初めて人の優しさに包まれ泣いた。

 現守護者であるディンに助けられ、自らの願いを果たしてくれた陰陽師の末裔に救われ。

彼は幸せを感じていた。

 そして、皆喜びに満ちていた。

竜神も人間も関係ない、そこには愛が溢れていた。


「みんな、ほんとにありがとう。」

 力の入らない体を竜太とデインに支えてもらいながら、ディンは皆を見回す。

 もうすぐ日が暮れる、山から下りる影が島に夜が来ることを告げようとしていた。

「みんなが居なかったら、俺とデインはここに立ってられなかった。」

 皆が笑う。

デイン救出の成功と、ディンの生存で気が緩んでいるのだろう。

「それと……。」

 ディンは皆から目を離し、少し離れた所を見つめる。

そこには、まだ消えていなかった竜の絆が刺さっていた。

「ありがとう、悠輔……。」

「悠輔さんってすごい力持ってるんだね?」

「ああ、なんたって先代の友の生まれ変わりだからね。」

「それって、昼に話してくれた?」

「そう、1万年前に陰陽師を束ねて竜神を支えた、偉大な人だ。」

 竜太とデインに支えられたまま、ゆっくりと剣に近づく。

そして剣の前にたどり着くと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「……。みんな、やっとデインを助けれられたよ。仇討ちって言い方は変だけどさ、これでやっと、少しは償えたかな……?」

「……。」

「あれから500年、みんなの事を忘れはしなかった。たとえ今ここでみんなと同じ子供達と一緒にいても、それでも俺は……。」

 誰も言葉を発さない。

黙って、ディンの言葉に耳を傾けている。

「俺にとって、みんなはみんな、だからさ……。」

 何故ディンは剣に向かい声をかけるのか。

それは剣に填まった、宝玉にあった。

 その宝玉は、魂の宝玉。

時間移動の直前にディンの竜炎で焼かれ、一つになった死者の魂。

「みんなを守れなかったのに……、こうして生きてる俺が、こんなこと言うのは間違ってると思う……、でも……。」

 聞こえてくる嗚咽。

ディンの顔が見えない子供達でも、ディンが泣いているのがわかる。

「俺は、これからも生きていく。大切な人達を、全ての世界を、守る為に……、だから……。」

 そこからは何も出てこない。

嗚咽だけが、ただただ聞こえてくる。


「……。全く、ディンは泣き虫だなぁ。」

「……?」

「ほんと、そんなじゃいつまでも心配でゆっくり休めないよ?」

「浩……?」

 浩輔の声が聞こえるがしかし、ディンの後ろにいる浩輔は声を出していない。

その声は皆にも聞こえたようだった、皆キョロキョロとあたりを見回す。

「まったく、これだからディンにぃは……。」

「祐治?」

 今度は祐治の声。

しかし、今ここにいる誰も声を発していない。

 皆が周りを見ていると、次の声が聞こえた。

「俺たちを守れなかったって、ずっと泣いてたのか?」

「源太……。」

「もしかして、あの剣から声が……!?」

 デインが最初に気づく。

いや、ディンは気づいていた。

 ディンの事を呼び捨てにしたり、兄と呼んだりするのは前の世界の子供達だ。

そして、子供達の魂は目の前の剣に填まっている。

「にいちゃ、泣いちゃだめだよ?」

「陽介……。」

「やっぱりあの剣から声が……。ってことは今話してるのは前の世界の俺たちか!」

 陽介の声が聞こえた時、源太が予想を口に出した。

その声に皆ハッとし、すぐ納得する。

「お兄さん、今までお疲れ様。」

「大志……。」

 ディンの頬を涙が伝い続ける。

またこうして声を聴けた事が、今こうして語り掛けてくれている事が、たまらなく嬉しかった。

「ディンお兄ちゃん、僕に男は涙を隠すもんだとかいって、自分がこれだもんなぁ。」

「……。うるせえ、これは嬉し涙だよ。」

 大樹の声がディンをからかう。

ディンは一度キツく目を瞑り、涙を止める。

「おいディン、こっちでの俺のこと、あんまりいじめんなよ?」

「雄也……。だいじょぶだよ、今一緒にいんだから。」

 次は雄也の声が。

ディンは思わず笑う。

「ねえ、ディン。」

「なんだ、浩……。」

「僕達ね、1つみんなで決めたことがあるんだ。」

「なんだ?」

 ディンと、過去の浩輔が言葉を交わす。

 他の誰も、口を挟まない。

自分達と同じ声が聞こえても、何が起きても。

今ここで、邪魔をしてはいけない、と。

「先代のディンさん達がやったように、俺達の力であのお寝坊さんを起こしてあげようって。」

「お寝坊さん……、もしかして。」

「そう、悠輔の事を。」

「でもそしたらみんなは……。」

「僕達はもういいんだ。ディンは十分僕達を守ってくれた。すごく辛いことが沢山あったのに、僕達を忘れずにいてくれた。それに、デインさんも助けられた。」

 浩輔の声は優しくディンを讃える。

しかし、ディンは少し浮かない顔をしている。

「だから、僕達からディンに出来る、最後の恩返し。それと、最後のお願い。」

「最後の……。」

「今ここにいる、ディンを支えてる僕達を、必ず幸せにしてあげて欲しい。それと…。」

「それと……?」

「今度こそ、悠輔を幸せにしてよね!じゃなきゃ僕、ディンの枕元で怒るからね!」

 浩輔の声はどこまでも優しく、ディンに伝える。

そして、最後にからかうようなことをいい、ふふと笑う。

「どっちにしても僕達は、もう長くディンとは一緒にいられない。そろそろ、竜炎の力が消えてしまうから。」

「だから、俺達は相談したんだ。どうせ消えるなら、最後になんかしてやろうって。」

「それで、600年もぐーすか寝てる悠にぃを起こしてあげようってこと。」

「僕達のご先祖様が色々教えてくれてたから、今ならそれができるんだ!」

「ディンお兄ちゃんの為に、悠お兄ちゃんの為に。」

「俺達は、ずっとこの時を待ってたんだぜ。」

 子供達の声が反響する。

 誰も喋らない。

ディンすら、黙って話を聞いている。


「ねえ、今の僕!」

「え、僕?」

 しばらく沈黙が続き、ふと過去の浩輔が今の浩輔に呼びかかる。

「ディンのこと、お願いね。あと、悠輔のことも…。」

「うん。任せて、前の僕……。」

「ありがとね。あと、竜太!」

「え、なんで僕の名前知ってるの?」

「ふふ、僕等はディンとずっと一緒にいたからね。」

 今の浩輔に願いを伝え、今度は竜太に話しかける。

突然名前を呼ばれ、驚き変な声を出す竜太に、思わず笑いがこぼれる。

「ねえ竜太、君はディンのこと、好き?」

「……?」

「父としてとか、守護者としてとか、そんなんじゃなくて。ディンアストレフのこと、好き?」

「……、はい。僕は、父ちゃんが大好きだ。父親として、人として。」

「そっか、それなら良かった。ディン、竜太をこの世界に運んでからずっと、そのことを気にしてたから。」

「馬鹿、それは言うなよ!」

 問いに対する竜太の答えを聞き、嬉しそうにこぼす過去の浩輔。

それをばらされたディンが、思わず声を上げる。

「ふふ。あ、もう時間がない。じゃあ、始めるね。」

「ま、待ってくれ浩!」

「なに?ディン。」

「みんなは……。みんなはどうなるんだ……?」

「……。」

「まさか……、消えちゃうのか?」

「……。」

 慌てるに問われた質問に、浩輔は答えようとしない。

ディンは、最悪の答えを想像し、心臓を掴まれたような圧迫感を感じた。

 止まったはずの涙が流れだし、呼吸が乱れる。

「なあ!」

「ディンは心配性だなあ。大丈夫、僕達は消えないよ。」

「だったら……!」

「僕達は悠輔に、魂の宿す力を与える。それは、悠輔と一緒になって、悠輔を起こしてあげることなんだ。」

「それって……。」

「だから、僕達は消えない。悠輔の中で、ずっとディンのそばにいる。」

 その言葉と同時に剣に填っている宝玉が光りだした。

 そして、浩輔……。

過去に確かに生き、ディンとともに過ごした、今いる浩輔より少し成長した姿の幻影が映し出された。

「あれって、僕……?」

 思わず、今の浩輔が声をあげる。

それもそうだ。

自分より少し成長した、しかし自分と同じ顔が目の前に現れたのだから。

「ディン、僕はずっと傍にいるよ。だから、泣かないで。」

「浩……。」

 その幻影は、2人に支えられているディンの目の前に歩み寄り、ディンの頬にそっと手を添えた。

涙でぐちゃぐちゃになっているディンの顔を見て、微笑みながら伝える。

「みんな傍にいる。だから、ディンは1人じゃない。」

「浩……、輔……!」

「大丈夫。きっとまた、会えるから。」

「浩!」

 浩輔は最後の言葉をディンに伝え、消えた。

ディンがその名を叫ぶが、幻影はもう、現れない。

 皆が呆然とし、ディンが泣いていると。

宝玉が再び輝き、剣から外れ浮かび上がる。

それと同時に剣も輝き、2本に戻った。

「……。」

 皆無言で光を見つめる。

これから何が起こるのか。

それを、一瞬たりとも見逃さんとするばかりに。

 宝玉の輝きが8つに分かれた。

そしてそのうちの7つの輝きが、次々に人の形を成していく。

 それは、子供達だった。

皆、今ディンの傍にいる子供達より少し成長した姿で。

ディンと共に過ごした、その姿で。

 子供達は宝玉に向かい両手を翳した。

すると、7つの幻影に囲まれた輝きが、ゆっくりと人の形に変わっていく。

それは幻影ではなかった。

確かに、そこに存在するだと皆わかった。

「あれ、誰?」

 陽介が思わず声をあげる。

「あれは……、悠輔!」

 その声に、村瀬が反応を示す。

いや、その声に反応したのではなく、人の形となった輝きを見て、驚きの声をあげる。

 ディンと村瀬が最後に見たままの。

記憶にある姿のままの、悠輔がいた。

「あれが、父ちゃんの……!」

 竜太も思わず声をあげる。

ディンから一番悠輔の話を聞いていた竜太は、感動のようなよく分からない感情で胸がいっぱいになり、涙を流す。

 幻影達はディンの姿を一度見ると、次々に悠輔の中に消えていった。

そして最後に、浩輔が皆の方を向いた。

「みんな、ディンと悠輔をお願いね!」

そう笑顔で言うと、過去の浩輔もまた、悠輔の中に消えていく。

「……。」

 悠輔の身体から輝きが薄れ、ゆっくりと地面に身体をつける。

そして……。

「んー、ふあぁ。」

 ゆっくりと目を開けると、寝起きのように身体を震わせ、静かに上体を起こした。

「悠輔!」

 ディンは大声を上げ、ろくに身体に力が入らないにも関わらず、走った。

悠輔のすぐ近くで力が抜け倒れそうになるも、何とか残りの力を振り絞って、悠輔に抱きついた。

「悠輔!悠輔……!」

 泣きながら何度も名を呼ぶ。

 目の前にいる悠輔を、しっかりと認識しようと。

もう絶対に、離さないと言わんばかりに。

「ディン、起きてそうそうびっくりするじゃんかよ。」

 悠輔は穏やかに話す。

そして、ディンを優しく包む。

「ただいま、ディン。」

「……!」

 ディンはその言葉を聞いて、幼子のように泣き出した。

臆面もなく、ただ泣いた。

「あはは……。」

 困ったようにディンの頭を撫で、悠輔は皆の方を向いた。

「みんな、ディンのことを支えてくれてありがとう。」

 そう、感謝の気持ちを伝えた。

「悠輔さん……、帰ってきてくれて、ありがとう……。」

 竜太がその言葉に返事をし、傍に近寄る。

ディンが泣いている姿を見て、自分も涙を流しながら。

「君が竜太か。ありがとう、ディンと一緒にいてくれて。」

「いいんです。親子ですから。」

「はは、なんか似てるなあ。」

 竜太の答えを聞き、微笑む悠輔。

眠っている間、何度か断片的にディンの声が聞こえる事があった。

その中に、竜太の事を話している事があったのだ。

「悠輔ぇ……!」

「む、村さん!」

「会いたかったぞぉ!こんな長くいなくなって、お前補導してやるぞ!」

「ははは、ごめんなさい。」

 村瀬も悠輔に駆け寄り、ディン共々抱き抱える。

そして、村瀬らしからぬ男泣きをしながら、悠輔の存在を確かめる。

 それを皮切りに、皆悠輔に近づく。

そして、それぞれが悠輔におかえりといい、悠輔は皆に答えていく。

 それを見ていた竜達は、静かに翼を羽ばたかせ、どこかに飛んでいってしまった。

きっと、水を差したくなかったのだろう。

人の気持ちなど関係ないと言いそうなカテストロでさえ、場の空気を呼んで飛び去っていった。


「みんな、俺のこと知ってたの?」

「うん、悠輔さんの事は、父ちゃんから聞いてたから。」

「父ちゃん?」

「あ、ディンさんのこと。今は、みんなの父ちゃんなんだよ。」

「へー、なあお父ちゃん、子供達に泣いてるとこ見られてもいいのかい?」

 少し落ち着いてから、悠輔は疑問を投げかける。

悠輔にとっては見知った顔でも、皆からすれば初対面のはずだ、と。

「うるせえ、仕方ねえだろ……。」

「あ、そうやってむくれるとこ、まだ治ってない!」

「だあもう!今くらいいいだろ!」

「はは、父ちゃん悠輔さんにはかなわないんだね。」

「なにい!?」

 悠輔にからかわれむくれるディン。

それを見て竜太がからかうと、さらにむくれるディン。

場を笑いが包み込む。

「そんなことより、こんなとこにずっといたらまずいんじゃない?」

「そうだねって、あれ?」

「なんだか、さっきから地面揺れてない?」

 悠輔が周りを見渡し、火山の火口付近だということに気づくと同時に、何やら不吉な揺れが起こり始める。

「それに、少し暑くなってないか?」

「もしかして……。」

 岩原が汗をぬぐいながら文句を言うと、村瀬は1つの結果に気づいた。

「「噴火!」」

 全員の声が重なり響く。

大地の鳴動はどんどんと激しくなっていき、皆がバランスを保てず尻餅をつき始めた。

「まずいって!」

「バーベキューは勘弁だー!」

 裕治と雄也が叫ぶ。

「父ちゃん!」

「わかってる!悠輔、力貸してくんねえか?」

「全く、寝起きの人間に……。」

「いいから!」

「はいはい。さあみんな、行くよ!」

「「同時転移!」」

 ディンと悠輔が叫び、皆を魔法陣が包む。

 そして。

爆発音と共に、皆は消えた。

 10秒も経たず、皆がいた場所がマグマに侵されてゆく。

デインの石碑も。

 1000年間、封印の為にそこに有り続けた石碑は。

役目を果たし、マグマの中に消えていった……。


 坂崎邸の庭にて。

「危なかったぁ。」

「怖かったけど楽しかったね!」

「陽、それはある意味すごいよ。」

 噴火の瞬間に雄山から脱出した13人。

各々危機を脱したことに安心し、脱力している。

「ディン、お疲れ。」

「悠輔こそ……、おつ……かれ……。」

「あれ、ディン?」

「父ちゃん!?」

 悠輔に抱かれ、目を瞑り脱力するディン。

慌てた竜太が、声を掛ける。

「……、……。」

「大丈夫、疲れて寝ちゃったみたいだ。」

「良かったぁ。」

 静かに寝息をたて始めたディンを見て、ホッとする竜太。

悠輔はディンを抱えたまま立ち上がると、竜太の方を向いた。

「ここで寝かせるのもあれだから、ディンはいっつもどこで寝てるの?」

「悠輔さん、力持ちだね……。」

「そうかなぁ。」

「だって父ちゃん、多分100キロくらいあるよ?」

 ディンを軽々と持ち上がる悠輔を見て驚きながら、竜太は悠輔を先導する。

「俺もまだ眠いから、一緒に寝ちゃおうかな。」

「悠輔さん、ずっと寝てたんじゃ?」

「寝てたから眠いんだよ。」

「そうなんだ……。」

 皆に見送られながらディンの部屋に向かうと、ディンを寝かせてから悠輔も隣に横になる。

「あ、そうだ。」

「ん?」

「悠輔さん、これから一緒に暮らして、くれますか?」

「いいのか?」

 竜太の申し出に驚く悠輔。

身体を起こし、竜太を見つめる。

「はい。これから、よろしくお願いしますね。」

「ありがとな、竜太。」

「それじゃ、おやすみなさい。」

「おやすみ。」

 少し緊張気味に頭を下げる竜太。

その姿を見て、微笑みながら礼をいう。


「いい子だね、竜太。」

 竜太が部屋を出てから、ディンに話し掛けるように口を動かす。

「やっと、こうすることが出来る…。」

 600年前、ずっとしたかったこと。

それは、ディンと共に、隣で過ごすことだった。

 ディンが一時的に姿を出せていた時間こそあれ、隣で過ごす時間はほとんどなかった悠輔。

600年前の願いが、ようやくかなった。

「みんな、ありがとね。」

 悠輔は感じている。

自分の中にある、過去の皆の魂を。

そして、過去の皆が自分を蘇らせてくれたのだろうと。

「……。」

 ゆっくりと寝息をたて始める悠輔。

 ディン・アストレフと坂崎悠輔。

共に生まれ、ともに過ごし。

そして、13年という短い時間で別れを告げ。

 最後にあったのは500年前。

ディンの意識の中で、幸せを願った。

 長き時を経て、それが叶ったと言えるのだろうか。

それは、悠輔には分からない。

 しかし、悠輔はこう考える。

これから一緒に、叶えていけばいい。

 安らかな寝顔の2人。

2人の幸せは、訪れるのだろうか。

安らかな寝顔は、幸せを描いていたのだった。

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