「2017年 辰巳真司 48歳」act-10 <誤解>

休みに入った最初の日曜日。平井由美は、再び辰巳の自宅にやって来た。先日昼のうどんを食べながら、辰巳の父親が彼女を桃狩りに誘っていたのだ。

車で十分ほど走ったところに、親戚が営む農園がある。さくらんぼが終わり、今は桃が旬だ。助手席に彼女を乗せた父親はすこぶる饒舌だった。辰巳は、コロコロと笑い転げる平井由美の後ろ姿を、後部座席で見ていた。桃狩りに向けた気合なのか、彼女は髪をポニーテールにまとめ、その先端が車の揺れに合わせ跳ねている。雅子の一件は伝えていない。


農園に着くと、辰巳が兄のように慕う一郎叔父さんがニヤけた笑顔で出迎えた。嫌な予感がした。顔に好奇心がへばりついている。

「この子かい。東京から来たってのは?」

ペコリと頭を下げたポニーテールに向かって、無遠慮な言葉が投げつけられる。

「さすが都会の子は可愛いなぁ。これじゃ雅子が嫉妬するわけだ」

彼女が浮かべた困惑の表情に気付くような大人達ではない。辰巳の父が続ける。

「この前平井さんがウチへ遊びに来てた時、雅子が来たんよ。したらあいつヘソ曲げちゃって、そのまま家出よ。みんな夜中まで探して大変だったのさ」

大笑いする二人を背に彼女は振り返り、説明を求める眼差しを辰巳に向けるが、言葉を返す間も無く「さあ、こっちだ」と、二人の男に両側から腕を掴まれ、畑に向かい連れられて行く。

笑い声が遠ざかり、山間に木霊する蝉の鳴き声と辰巳だけが置き去りにされた。


子供の悪戯書きのようなロゴが刻まれたビニール袋に、はちきれんばかりの桃を入れ、辰巳と平井由美は無言で歩いていた。

農園から戻ると「すぐ近くなんで大丈夫です」と言う彼女を制して、父親は自宅まで送るよう辰巳に命じた。学校帰りに別れる分岐点、吊り橋近くまで歩いた時だった。

「雅子さん、何があったの?」

彼女が探るように聞いてきた。辰巳は用意していた言葉で答える。

「誤解なんだ。家に平井さんがいたのをあいつ、俺が誘ったと思ったんだよね」

「何で辰巳君が私を誘うと、雅子さんがヘソ曲げちゃうの?」

平井由美が足を止め、つられて辰巳も立ち止まる。その質問に対する答えは用意していない。言われてみれば確かにそうだ。

「雅子さん、辰巳君のこと好きなんだね」

彼女は独り言のように呟くと、「モテるなぁ、辰巳くん」という言葉と共に再び歩き始めた。


小さな肩でポニーテールが左右に揺れていた。

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