第44話 転職しました!

魔法少女をクビになり、寮も一週間で退去と言われた時はどうなる事かと思ったけれど、運良く住み込みの旅館の仲居さん募集の張り紙を見て突撃して無事雇われた。

「ようこそお越しくださいました!」

元気な笑顔と接客で女将さんからもお客さんからも評判は上々だ。

……魔法少女の活躍はテレビで欠かさず見ている。

熱心なファンね、なんて言われたりもしたけれどほんの数ヶ月前までは私もあそこで戦っていたんだ。

ボロボロになりながらも前を向いて。

ニュースを見る度にメンバーが変わっている。

多分、戦いが嫌になって辞めたんだ。

それでも魔法少女が減らないのは会長の言う通り『魔法少女』に夢見る存在が減らないんだろう。

どこがいいのかわからないけれど、中の人達がそう選択したのなら私は応援するしかない。

頑張れ!負けるな!って。

一度負けて戦うのが怖くなった私だから戦う怖さも分かる。

だから言いたい。

……自分に負けるなって。

なんて感慨に耽っていても仕事はある。

「山田さーん!これ菊の間にお願いね」

「はい!分かりました!」

夕餉を持って菊の間に向かいお辞儀をしながら精一杯の笑顔でおもてなしをする。

「本日は当旅館にお越しくださいましてありがとうございます。こちら本日のお夕飯になっております」

褒められ続けた営業スマイルを向けた相手は三崎兄弟だった。

なんでやねん。

「いや、なんでいるんですか?」

山盛りにご飯をよそいながら尋ねると三崎さんはお猪口をくいっと飲みながら答えた。

「ここはいい湯のわりに人も少なく我々の間では秘湯扱いになっているんです」

「確かにいいお湯ですよね!私も仕事終わりに入れさせていただいているんですけどお肌がツルツルになってきた気がしますもん!」

「気のせいじゃないですか」

こっちをまったく見ずに直人くんが刺身を食べる。

おい。せめてこっち向いて言えや。

「お二人は、魔法少女をクビになってからどうされてるんですか?」

せっかく会えたんだから聞いておきたい。

ちなみにアキさんはピーマンに説教する不審ピーマンがいると噂になっている地域にいる気がする。

由利亜とはSNSで繋がっているからここではない土地でなんとかやっていることをこまめに知ることが出来ている。

ユウくんは近所でコンビニバイトしているのは知っている。

相変わらず忠犬よろしく、見掛けると尻尾を振る幻覚が見える。

クビになってからのことを尋ねても二人とも無言だった。

というか、直人くんが三崎さんを気遣っている様子だった。

「何度か職には就いたのですが、接客業だと僕目当てのお客様で仕事にならないとクビにされ、内仕事でも女性社員または男性社員の視線を集めて仕事にならないとクビにされて放浪しているところです」

三崎さん、顔面だけはいいからな……。顔面だけだけど。

「僕は変わらず高校に通っています」

「そっか」

みんな普通に暮らしていて安心した。

「山田さんは?」

三崎さんから尋ねられる。

「私?見ての通りこの旅館で住み込みの仲居してるよ」

「そうじゃなくて、魔法少女に未練はないんですか?」

未練……。

三崎さんからそう言われることが意外だった。

「三崎さんは未練があるんですか?」

「顔も隠せて給料良くて温泉地を巡っても怒られない、いい職場でしたから」

その顔を見ていると、それだけではないだろうと察せられる。

三崎さんも直人くんもきっと魔法少女という職業が好きなんだろう。

「私は、私も魔法少女の職業が好きです。まだやりたい。テレビの報道を見る度に、私があそこにいたらどうするか、どう技を仕掛けるか考えちゃいます。出来ることならもう一度魔法少女になりたい」

「じゃあ、なればいいじゃないですか」

三崎さんが軽々言う。

「履歴書なら記入済みです。魔法少女の面接、またみんなで受けませんか?」

「えっ!?」

「魔法少女の募集はいつでも受け付けているそうですよ」

直人くんが楽しそうに言う。

魔法少女にまたなれるかもしれない。

それは喜びだった。

どんなに戦いが苦しくて悲しくて訳もわからないままクビにされても、みんなと過ごす日々はそれを笑って過ごせる楽しさだった。

私は決意を決めると、三崎さんのお刺身を一切れつまみ食いし、女将さんの元へと急いで行った。


勢いで行動したけど、会長にクビにされておいて前の職場に再就職なんて出来るんだろうか?

電柱の影で唸っていると、キュートさんに見付かった。

「やあ、魔法少女志願者だね」

まるで初対面かのような言い方である。

その腕捻ったろか?

「着いておいでよ」

そう言われたので大人しく着いていく。

数歩で寮兼事務所まで辿り着いた。

相変わらずパッと見た感じ普通のマンションだ。

ここが基地なんて思いもしなかったよなぁ。

「まずはボスと面接だね」

キュートさんがボスのいる事務所に案内してくれた。

数ヶ月前まで見慣れたいつもの普通の事務所だ。

何人かの男女が普通の事務員の制服やスーツを着てなにやらパソコンに打ち込んだり電話対応をしている。

「ただいま戻りました」

キュートさんの一言で女性が近寄ってきて「お帰りなさい、キュートさん」と笑顔で答えてくれた。

やっぱり魔法少女よりここで就職したい。

……いやいや、私は魔法少女になるんだ。

「魔法少女を勧誘してきたよ!ボスと面接させたいんだけど、ボスの予定は空いているかい?」

「はい、本日は特に予定もないので奥の部屋にいらっしゃると思いますよ」

よくよく考えたらいきなりの面接である。

今日は遠くから様子を見に行くだけと思っていたから思いっきりラフな格好だけど面接のTPOが全然守られていない。

キュートさんにこっそり訊ねる。

「キュートさん。私、勢いで来ちゃって全然面接向きの服装じゃないけど大丈夫?」

「服を着てるから大丈夫だよ!」

そういえばキュートさんは物事を訊ねてはいけないエイリアンだった。

私の服装や面接の心構えを待たずにキュートさんは気軽にボスがいる部屋をノックした。

いいや、初めての時も覚悟もなく突然の面接だった。

しかも相手は見知ったボス。

なんとかなるだろう。

「ボス~!新しい魔法少女をスカウトしてきたよ!面接してよ!」

「オッケー!入ってきてー!」

相変わらず軽いな、ボス。

大丈夫か、魔法少女の組織。

……会長がアレだもんなぁ。ボスもキュートさんもアレだし。

キュートさんが扉を開けてそのまま中に入る。

恐る恐る私も後に続くいて後ろ手にドアを閉める。

「失礼します」

「採用!」

「早過ぎる!」

あまりの超高速採用に思わず突っ込んでしまった。

このやりとり、懐かしいな。

初めてここに来た時もこんな感じだった。


「来ると思っていたよ、山田真理亜くん」


ボスがデスクに手を置いて答えた。

「他の魔法少女はみんな辞めてしまってね。今いるのは最近新しく雇った人達しかいないんだ」

「入れ替わり早くないっすか?」

「魔法少女なんてそんなものさ」

そう言うと、ボスは背後を見るように促した。

「みんな出戻りだけどね。実力はあるよ」

そこにはいつものメンバーが並んでいた。

みんなもう採用されていたんだ。

私は久々に見る面々に嬉しくなった。

「みんな!久し振り!」

「お久し振りです!真理亜!」

「山田さん!これからもキレのある技を見せてくださいね!」

「やっぱり仲居よりこっちの方が似合っているよ」

「一番魔法少女に似合っているのは兄さんですけど!」

「ピーマン撲滅のために頑張りましょう!」

「いや、ピーマン撲滅はしねーわ」

そこはさすがに突っ込んだ。

職場に笑いが戻った。

そうだ。この雰囲気だ。私が守りたいのはどこかの誰かじゃなくて、このみんななんだ。

魔法少女として民間人を守らないのはどうなんだといわれそうだけど、ちゃんと守っているから安心してほしい。

再就職する事で会長がどうとか知らない。

現場のボスに採用されたんだからどうにかなるだろう。

笑いに包まれた中で楽観的に考えた。


山田真理亜三十五歳、魔法少女に転職しました!

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