第35話 悪の組織にて5

「なんだか最近、上の方がドタバタしているね」

「連携が上手く取れてないらしいよ」

「パシリさんだけじゃなくて専務や社長までやられちゃって一気に異動になったもんね。ここ、大丈夫かな?」

「イケメンの専務が人事異動になったらしいけど、早く戦っているところ見てみたい〜!」

「まじで今度の専務顔がいいよね!私も戦う姿が早く見てみたい〜!」

給湯室というのは女性社員の園だ。

集まって賑やかに噂話に花を咲かせる。

私は適当に頷きながら、また負けたらどうしようと思っていた。

特に魔法少女のリアとユリアの連携が今まで以上に凄くなっている。

専務の顔が良くても顔だけで魔法少女に勝てるとは思えない。

ていうか、魔法少女って倒していいんだろうか?

悪の組織が勝ったらどうなるんだろう?

今更ながらの疑問が頭を埋め尽くす。

……潮時なのかなぁ。わりとお給料もいいし福利厚生しっかりしたいい職場なんだけど、悪の組織なんて長続きしないだろうし…年齢的に転職出来るなら今がチャンスかもしれない。

今度職業安定所のサイト見てみようかな。

そういえば山田さんってどこに勤めているんだろう?

山田さんと一緒の職場なら楽しそうなのになぁ。

なんて、未だに今の職場の人間関係に深く付かず離れず適当に過ごしているから余計に思ってしまうのかもしれない。

久々にする連絡が転職の相談なんて重いかな?

でも山田さんなら笑って受け止めてくれそう。

……よし!考えても仕方がないし、山田さんに連絡してみよう!

山田さんと話すだけでも元気貰えるし!

私はスマホを取り出すと山田さんに会える日がないか訊ねた。

返信をドキドキしながら待つと数分後に何日かの日程を提示された。

私の休みの日を選び、会う約束を取り付けて思わず小さな笑みが綻ぶ。

山田さんと会うの、楽しみだな。

「そろそろ仕事行かないと課長にまた怒られちゃいますし、デスクに戻りませんか?」

不毛な話し合いも自分から中断させられる勇気を貰える。

会う約束をしただけなのに、もうパワーを貰える。

山田さんって凄い!


「山田さん!」

「さなぎさん!久し振り!元気だった?」

待ち合わせのカフェに入ると山田さんはもう着いていた。

「遅くなってごめんなさい。何か先に注文していてくれれば良かったのに」

「遅れてないよ!時間より早いくらい。私の方が早く着きすぎただけだよー!」

へらりと笑う山田さんにこちらもにこりと笑う。

山田さんには人を元気にさせる力があるのかもしれない。

「この季節限定の美味しそうじゃない?」

メニューを見せられると美味しそうな旬のものが所狭しと写真と食欲をそそる文で飾られていた。

「私、この限定パンケーキと季節の紅茶にしようかな」

「じゃあ、私はパフェと季節の紅茶にしてみる」

お互い注文が決まり店員さんに頼むと山田さんが少し真剣な顔になった。

「それで、さなぎさん何かあった?」

山田さんは普段はおちゃらけているけど時々すごく鋭い。

私は足の上に乗せていた手でスカートを握りしめると山田さんに相談した。

「実は、今の会社が社長から平社員まで異動があって上手くいっていないみたいだし仕事内容にも疑問を持ち始めて転職を考えているんだ。山田さんも少し前に転職したって言っていたし、何かアドバイスとかあったら教えてほしいんだけど……」

どうかな?重い話題で引かれていないかな?

そう思ったら山田さんが身を乗り出して私の両手をがっしりと握りしめた。

「分かる!私も今の会社に変な上司と同僚しかいなくて、いいのはお給料だけだもん!仕事内容もやってられないこと多いし……転職したくなるよね!」

めちゃくちゃ同意を得られた。

「山田さんも今の職場で上手くいってないの?ホテルで見掛けた時は楽しそうだったけど」

「あー…。うん。どうかなぁ。楽しいといえば楽しいよ。でも、全部投げ捨てたい時もある」

山田さんが遠い目をした。苦労しているんだなぁ。

「山田さんも大変なのにごめんね、こんな話して」

「ううん!そんなことないよ!職場がしんどいと嫌だよね。軽々しく言えることじゃないけど、さなぎさんが本当に辛かったら転職を考えてみるのもいいかもしれないよ」

真剣な目で諭されて、それもそうかとあっさり納得してしまう。

我ながら単純だ。

「うん…そうだね!ちょっと求人探しながら働いてみる!」

「そうだよ!職場は一つじゃないんだから!さなぎさんがいい縁に恵まれるように私がパワーを送るね!」

そう言うと山田さんは手を前に出して眉間に皺を寄せて一生懸命にパワーとやらを送ってくれた。

それが面白くて嬉しくて笑ってしまう。

やっぱり山田さんに相談して良かった。

「ありがとう、山田さん」

「どういたしまして!…なんて、たいしたことはしてないけどね」

「そんなことないよ!すっごく嬉しかった!」

久々に自然に笑えたら、山田さんも笑ってくれた。

そこでちょうど注文したメニューが届いた。

「美味しいね!」

「うん!」

こういう些細なやり取りでも癒されて楽しい。

元気に戦う魔法少女みたい。

敵だけど、少し憧れる少女達。

「山田さんは凄いな。魔法少女みたい」

「ゲホッ!!ゴホゴホゴホッ!!!!」

「や、山田さん!大丈夫!?」

「大丈夫!ごめんね、見苦しいところを見せて」

なぜか顔色が悪い山田さんの事が心配でもう帰宅を促そうとしたけれど、断られてそのままお互い職場の愚痴大会が始まった。

山田さんなら元気良くどこでも楽しく過ごしていると思っていたけど、やっぱりどこの会社も大変なんだなぁ。

私も転職を頭に考えながらもう少し今の職場で仕事を頑張ってみよう!


「山田さん、今日はありがとうね」

「こっちこそ!愚痴に付き合ってくれてありがとー!」

さて、明日からも元気に魔法少女達を撲滅するために頑張りますか。

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