第5話:後悔先に立たずって正にこのこと
タツヒコとエルトルージェ、たった二人だけの謁見者を迎えるのにここの広さは異様の一言に尽きよう。
後百人が例えここに収容されたとしてもまだまだ余裕の方がある。
そんなただっ広い空間の奥にて、一人の女性が優しい笑みを浮かべていた。
――このヒトが、この高天原で一番の権力者っていうケモノビトか……。
――めっちゃきれいじゃん。
――こんなにきれいなヒトだったら、皆支持するだろ。俺だってそーする。
さらりと流れる藍色の長髪はさながら母なる海のようで、同様に衣装の方についてもよっぽど青系が好きなのだろうか。
心なしかチャイナドレスっぽく見えなくもない出で立ちは、どこか艶めかしささえある。だからなんとなく、頭より生えた鹿をイメージさせる角から、彼女を龍のケモノビトではないか。タツヒコはそう推察した。
腰に佩いたそれは、直刀と極めて珍しい得物である。
「お初にお目にかかります。わたくしの名前はリンファ・S・リューケーンと申します。あなた様が古代遺跡より発見されたと言う――」
「はい、フツミ・タツヒコと申します。タツヒコが名前ですので、呼ぶ時はそちらで」
「わかりました。まずはタツヒコ様、長き眠りより解放されたあなた様の心情察します。さぞ混乱されておられることでしょう」
「……えぇ。正直に言ってまだ、これが現実と言う実感がありません」
「……ですが、わたくしにはこう思うのです。あの冷凍棺桶の中、他の古代人はすべて死していたというのに何故あなた様だけがこうして生きて、そしてこの時代に目覚めたのか。わたくしは何か、大いなるモノの意志よる導きだと、そう思えて仕方がないのです」
「大いなるモノの、意志……」
それはつまり、神様とかそっちの類のことか? 町並みや人々の暮らしから考察すれば、科学文明はタツヒコの時代よりも圧倒的に下回っている。
古き日本が科学的に解明できる事象はすべて神仏や妖怪の仕業である、とそう解釈されていたように。
彼女らが神仏の類を信じていたとしても、不思議なことではない。
生憎と、フツミ・タツヒコは無神論者である。
神様が本当にいるのなら、もっと世の中はよくなっているはずだ。
「タツヒコ様――」
「あ、その様って呼ぶのはちょっとやめてもらってもいいですか? なんというか、まったく落ち着かなくて……。普通に呼んで下さって結構ですよ」
「で、ですが……」
「リンファ様、私もそのように振る舞ってほしいとタツヒコより直接言われましたので、問題ないかと思います」
「そうそう」と、首肯するタツヒコ。
古代人ってだけで特別扱いする必要は彼女らには一切ない。
どれだけ古代人というステータスがあろうと、この時代を生きるケモノビトと比較すれば路傍の石に等しい。
自分と彼女……リンファ、どちらが偉いかと問われれば、もはや質問の意味すらも成すまい。断然、現帝であるリンファの方が偉いに決まっている。
「……わかりました。では改めてタツヒコさん、とそう呼ばせていただきますね」
「別に敬語もいらないんですけど……――それよりも、そろそろ本題の方に入らせていただいても?」
今日
宝物庫の件について、その許可とそれに対する見返りを提案するためにここへきた。
「実は、ここにある宝物庫には古代遺跡から発見された物も管理されているという話をちらっと聞きまして。できれば是非、それを見せていただくことが可能か、本日はそれを
「宝物庫の遺品……ですか。それならば是非ご覧になっていってください!」
「……え?」と、素っ頓狂な声をもらすタツヒコ。
宝物と言うぐらいだから例え古代人でも早々見せようとはしない、とばかり予想していただけに、こうもあっさりと許可が下りたことにタツヒコは逆に困惑してしまう。
「あの、いいんですか?」
「もちろんです。実はその件についてわたくしからも是非、タツヒコさんにはお願いしたいことがありました」
「お願い、と言いますと?」
「宝物庫の中にある遺物について、それを調べて我々に教えていただきたいのです。数百年と言う長い歴史の中、かつてこの地上を支配し高度な文明を築いたニンゲンが何故絶滅したのか。我々はそれを知ると共に彼らが残したモノを大切に、そして後世に伝えていく。それが義務であると思っていますので」
「それぐらいなら、まぁ……」
リンファが提示したその条件こそ、タツヒコが交渉の場に出そうとした提案だった。
それ相応の見返りもなくタダで得ようなどいう甘い考えは
実に好都合だ。内心でほくそ笑むタツヒコに「後一つだけ」とリンファが補足を入れる。
「実はタツヒコさんにもう一つだけ、お願いしたいことがあります」
「は、はぁ……。それはどう言った内容でしょうか?」
「当然ながら現在のタツヒコさんには衣食住がまったく整っていませんよね?」
「えぇ、まぁ……」
実家も何もかもなくなったことで、完全に天涯孤独の家なき子となった。
何もかも当たり前と認識していたものが、きれいさっぱりになくなってはじめて、どれだけ己が幸せな環境にあったかを痛感する。
人間とは失ってはじめて学べない、心底脆弱で愚かな人種だとタツヒコはつくづく思った。
「タツヒコさんの今後の衣食住についてはこちらですべてご用意させていただきます。その代わりと言ってはなんですが、タツヒコさんも是非
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「いやなんでお前が俺より先に驚くんだよ……」
「い、いやだって……ほ、本気なのですかリンファ様! だって
「もちろん、あなたが何を言わんとしているかは重々承知しておりますエルトルージェ。ちょっとこちらに」
ちょいちょいと手招きされて、エルトルージェはおずおずとリンファの元まで向かう。
――ヒソヒソ話を始めたぞあの二人……。
――てか、そういうのは普通俺がいない時にやるもんだろ!
――そんなことされたら警戒するわ!
などと本人らの前で言えるはずもなく。
誰かの手を借りないことには生きていけないから、タツヒコにはどんな対応が待っていたとしてもそれを受け入れる他なかった。
断るのは容易いが失うもののリスクを考慮すれば、愚策でしかない。
「――、ということです。どうでしょう? 悪い話ではないと思うのですが」
「さすがですリンファ様! このエルトルージェ、感服致しました!」
「では、後で他の皆にもこのことは伝えておいてくださいね?」
「はいっ! この命に代えましても必ず遂行してみせます!」
凄まじいやる気を見せたエルトルージェが深々と一礼して、そしてドタバタと走り去っていく。
いったいどんな内容の話だったのか尋ねる間もなく、嬉々とした
「――、お待たせして申し訳ありません」と、リンファ。
にこりとした笑みは美しいが、さっきのやり取りを見た後ではなんだか含みがあるようにしか見えない。
「それで、どうでしょうか? 是非タツヒコさんには
「……今の俺には拒否権なんてないに等しいですので、俺の方からもどうぞ、よろしくお願いいたします」
「もちろんです! こちらこそよろしくお願いいたしますね、タツヒコさん――うふふ」
「あ、あのリンファ……さん?」
「はい、どうかされましたか?」
と、無意識なのかわざとなのか。
口端から涎を垂らすリンファに、タツヒコは頬の筋肉をひくりと釣り上げて、ぎこちない笑みを返した。
「い、いえ……なんでもないです。はい……」
やっぱり引き受けなきゃよかったかもしれない……! 激しい後悔の念に苛まれたタツヒコは心中にて大きな溜息を吐いた。
桜華獣恋記~俺を巡って毎日キャットファイトが絶えない職場だけど今日も元気にやってます(白目)~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123
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