【19000文字小説】不完全なジグソーパズル。
環月紅人
プロローグ
――それはあたしが子供の頃の話。
お隣には幼馴染みの男の子がいて、二人でよく一緒に遊んでいたんだ。
おままごとというか、お人形遊びが好きなようなちょっと物静かな男の子で。
同年代の子よりもインドアで、あまり身体を動かす遊びは得意じゃなくて、ちょっと女々しい。妹みたいって思ったことが何度あったか。
そんな彼に比べて、あたしはとってもやんちゃで、男の子っぽくて、ちょっと強引だった。
夏場はよく手を引いて色んな所に連れ回す。彼がおもちゃで遊んでいる最中でもおかまいなく、人見知りな彼より前に出て、色んな人に話し掛けたりして。
うちは田舎だし、ご近所とはお知り合いだったから、それは特に問題はなくて……問題はなかったんだけど、いつかお母さんが困ったように「今日はじっとしてこれで遊びなさい」って、あたしに言ってきたことがある。
やっぱり心配をかけることが多かったみたい。
あたしは本当に好奇心が旺盛だった。
見たこともない景色があると飛び付いて、目をキラキラさせながらその世界に浸っちゃうタイプで。
だからテレビで映る外国の風景だとか、そういう自然を切り取った写真とかが本当に大好きで、そういうのを見せると大人しくなることを知っていたお母さんは、画家・ラッセンの風景画ジグソーパズルをあたしにくれたんだ。
その日は彼と一緒におでこを合わせて作っていた気がする。
三〇〇ピースのやつ。
小学校上がって間もないような子に与えるにはちょっと細かすぎる気もして、あたしは次第に飽きて眠っていたんだけど、彼は楽しそうだった。
「……ちゃん、おきて。おきて」
ゆさゆさと。
どれほどか時間が経って、寝ているあたしをそう起こした彼は、ちょっと不機嫌にむくりと身体を起こすあたしに対して一歩飛び退き、大きな一枚の板を背に隠していた。
彼はいたずらっ子のように、くししとまるで、次に起こることを楽しみにして胸を膨らませる愛らしい姿で、あたしの反応を心待ちにしている。
「あーに?」
辺りを見ると床に置いていたはずのパネルはなくなっているし、寝る前に「もうやだ!」ってばらまいたピースの一つもなくなっている。
だから、彼が背中に隠しているのはそれに違いないだろう!って。
子供ながらに理解して、胸をときめかせて、だんだんとわくわくしながら。
「じゃーん! すごいでしょ!」
――そこにあった世界は、とっても美しかった!
「す、すごい! すごいね!」
広がった世界に、魅了される。引き込まれるような美しい世界に、呑み込まれる。
手を伸ばしたら本当にそのなかに入れてしまいそうだった。
没入したくなって、海のなかに入りたくて!
うっとりとしたように見つめる。その感動は今でも忘れられない。
指先を伸ばす。
ひょっとしたら、なんて魅入られて、信じ切って。
でも、その不完全性がトン、と世界の中に沈むのを阻んだ。
むーっと不満を隠せないまま。
「まんなか一つ足りないよ?」
「んっふふー」
ジグソーパズルの中央。海面より跳び跳ねて二匹。月が沈む海は明るく、反射する逆さまの世界は美しく。
その二匹のシャチは、身から出る躍動感そのままに背景の大きな月に重なっているけれど。
そのうちの一頭の、ちょうどお顔の部分がない。
「一緒に完成させたかったんだ」
そう言って彼はパネルを一度地べたに置くと、最後のピースを手渡してくれた。
それはちょっと熱をおびるほど、彼の手の内で温められているようだった。
「〜〜っ、いいの!?」
「うん!」
その事実が、たまらなく嬉しくて。自分で世界を完成させるのが、とっても楽しくて。
これを嵌め込めば、二人で作った(九割彼)思い出の品が、大事な大事な宝物がまたひとつ!
きっと味わえる達成感に、ドキドキして、ワクワクして、大切な何かにときめくような心地で、胸が高鳴っていて!
「――くん、ちょっと、来てもらえる? 大事なお話があるの」
がちゃりと開いたその扉に。
それは叶うことはなく、彼は連れていかれてしまったのだ。
◆ 不完全なジグソーパズル。 ◆
――あれから七年。
高校に入学したあたしは、すっかりこんな昔の思い出を忘れていたけれど。
あの時、幼ながらにぎゅっと握ったジグソーパズルの凹凸が、手のひらに食い込んで痛かったことを覚えている。
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