133作品目

Rinora

01

「これやっておいて」

「うん」

「じゃあ終わったら起こしてよ」


 彼女は突っ伏してから「一応係だから活動している感じを出しておかなければならないのが面倒くさいなぁ」と呟いた。

 うんと迷いなく受け入れておいてこんなことを考えるのはあれだけど、彼女はずっとそうだから少し心配になるときがある。

 でも、僕が注意的なことをするのは違うからはっきり言ってくれる存在を待っているものの、上手くやってしまうからこれまでそういう存在が現れなかった。


「五十嵐さん、別に先に帰ってもいいよ」

「先生に言ったりしないのはこれまでのことで分かっているけど怒られても嫌だからねー」


 ちなみに過去に先生が急に来たことがあったけど上手く躱していたわけで、今回だって同じようにできると思うけどな。

 というか一人でなんとかできてしまうことだから帰ってくれた方が集中できるというのが本当のところだった。

 いきなり変なことを言い出す彼女だからこそ不安になるわけで、なにかがあっても僕が云々と説明しておくから残らないでほしい。


「はぁ、ある程度は想像できていたが……」

「うぇっ、た、高下先生っ?」


 まあ、上手く躱せていたのは二人の関係が教師と生徒というだけではないからだ、付き合っているとかでもないけど親戚の男の人らしいからなんとかなっているだけだと思う。

 だからこその問題もあって、他の人が注意したときよりも効果が薄いということだった。


「伊藤、こいつがやっていなかったらはっきり言えって言っておいただろ?」


 うん、同じ係に決まった日から何回も言われている、だけどまだそれを一度も実行していない。

 それは先生がこうして来るのもあるし、やはり僕が言うのは違うからだ。

 単純に面倒くさいというのもある、それならさっさと一人でやって終わらせてしまった方が自由な時間ができるというもので。


「高下先生、生徒にこいつはよくないかとっ」

「うるさい、いいから千波ちなみはちゃんとやれ」

「高下先生、女子生徒の名前を呼び捨てで呼ぶにはリスクがあるかとっ」


 楽しそうだ、クラスメイトの男の子には絶対に見せない顔だった。

 あ、だけどそう考えると僕が見てしまっていいのだろうか? そういうことも気にならないぐらいには先生の存在が大きいということなのだろうか。


「親戚だからいいんだよ。それより伊藤、いつもこいつが悪いな」

「いえ、一人で十分ですから」

「それもどうなんだ? いや、しっかりやってくれていることは分かっているが担任としては……」


 そういう話をしている間にもやらなければいけないことを終え先生に渡した、先生が僕らの担当してい教科の先生だから楽でいい。

 実はこの二人の仲がいいことでやりやすいということも分かっているからその時点で助けられているようなものだった。

 だから言わないのもある、あとはこの二人が楽しそうに話しているところを見るのが好きだったりもする。


「じゃ、なるべく早く帰れよ」

「高下先生の車の鍵を貸して、それで私と伊藤君を送ってもらうから」

「馬鹿を言うな、伊藤、途中までこいつを送ってやってくれ、いつものところまででいいからさ」

「はい、分かりました」


 先生がいなくなると一気に静かになるから腕を掴んで教室を出た。


「伊藤君っていいように使われているとか思わないの? 私にも高下先生にもさ」

「うーん、思わないかな、自分がやりたい派なんだよ」

「へえ、特殊だねぇ」

「五十嵐さんは先生が相手のときだけ明るいけど教室では静かだよね、あんまり他の子といたくないの?」


 似たようなことを聞いて怒られなかったから今回も聞いていくことにした、興味があるからどんどんと相手のことを知っていきたい。

 せっかく一緒にいるのになにも話さないまま終わりましたではもったいないから絶対にそんなことにはさせない、いいのかどうかも分からないけどそのスタンスでずっと過ごしていた。


「そういうわけじゃないけどさぁ、なんでもかんでも合わせて生きていたら疲れちゃうからね」

「でも、先生が相手のときとまではいかなくてもにこにこしていたら五十嵐さんは人気が出そうだよね」

「人気かぁ、そういうのは他の子がなればいいよ、私はぐうたらしつつ最後まで過ごすんだぁ」


 うん、彼女も自分が決めた通りに行動できているわけだからいいことだと思う。

 他者に合わせてなんでもかんでも変えていたら本当の自分というやつが分からなくなりそうだ、それどころか休めなくなって精神的にやられそうだからこれからもずっと同じままだ。

 気に入られたい存在が現れたりしたらどうなるのかは分からないけどね、好きな子ができたことがないからどうなるのかはそのときになってようやく分かるわけで。


「ばいばーい」

「うん、気をつけてね」

「伊藤君もねー」


 そう離れていないからすぐに家に着いた、で、家に帰ったら僕もぐうたら人間だから制服から着替えることもせずに床に寝転ぶ。

 こんな時間ばかりだったらいいのにと考える自分と、流石にそれだと退屈だよと冷静に吐いてくる自分がいて忙しかった。




「おはようございます」

「ふぁぁ~……みちる君は元気だね」

「谷本先輩が朝から元気がないだけですよ」

「そうかな」


 谷本健吾けんご先輩、この人も五十嵐さんの保護者的存在だった。


「千波ちゃんはいないんだね、どうせなら連れてきてよ」

「先輩みたいに寝ていたので無理ですね」


 いつも気にしているから自分から行けばいいのにと言ったことがある、が、「千波ちゃんが頼ってきたときだけでいいよ」と言って受け入れてくれない。

 でも、毎日この繰り返しだからもう自分から行けよ……という感想しか出てこないのだ。


「そうだ、今日の放課後は草を抜かなきゃいけないから伊藤君も付き合ってね、つまり予定を空けておいて」

「え、なんで僕もやらないといけないんですか」

「自分から行動したい派なんでしょ? それに千波ちゃんから頼まれたときだけ動くのは怪し――」

「はいはい、じゃあ放課後になったらここに来ますよ」

「うん、お願いね」


 くそ、先輩が異性だったらまだいいけど同性だからなぁ。

 変わりようがない、そして同性が相手だから変わらなくていいというのが実際のところだ。


「あ、戻ってきた」

「珍しいこともあったものだね、まさか五十嵐さんが待ってくれているとは思っていなかったよ」


 冬だから雨が降るのは勘弁してほしい、そうでなくても寒いからレアな行動もやめてほしいところだった、彼女中心で世界が動いているわけではなくてもこんなありがちなことを言いたくなるときもあるということだ。


「教室にずっといる伊藤君が朝だけは消えるからちょっと探していたんだよ」

「五十嵐さんの保護者のところに行っていたんだ」

「保護者……? あ、健吾ちゃんのことか」


 保護者で伝わってしまうのもそれはそれでどうなのだろうか……。


「私ってそう考えると恵まれているよね」

「親しい人が複数いるというのはそうだろうね」


 先輩と関われているのは彼女のおかげだ、直接的になにかをしてもらったわけではないけどそういうことになる。

 だから彼女の言うことをなるべく聞いているのもあった、だって彼女といなくなったら間違いなく先輩的にこちらへの興味がなくなるからだ。

 そうすると自分でなんとかしないと同級生はともかく年上の人といることは不可能になる、で、残念ながらこちらに魅力なんかはないから駄目なのだ。


「伊藤君もそこに加わってくれれば最強だね」

「僕は面倒くさがりでもあるからどうだろうね、そろそろ大爆発しちゃうかもしれないよ?」

「高下先生みたいになるのはやめてぇ、なんてね」


 というかそういうのがなくてもどうしても五十嵐さんのが気になってしまうという状態だった、昨日も言ったように教室では一人でしかいないからだ。

 もちろん用があれば話しかけられるけどそういう場合は全くにこにこしない、冷たさすら感じてきて本当に同一人物なのかと聞きたくなるときがある。

 だけど放課後になれば解凍されたかのように一気に変わるからそういうところにやられている可能性もあった。

 好きになってしまっているというわけではないと思う、好きならもっと言いづらさやりづらさが出てきているところだろうしね。


「おーい、起きてください」

「……もう朝? あ、草を抜くって話だったか」

「そうですよ」


 草ぼうぼうとかではないといいけどな、前にもこんなことがあって長時間格闘した結果蚊に刺されまくったという経験があるから不安になる。

 というかいまからでも実は女の子でした~なんて展開になってくれないだろうか、相手が異性というだけで分かりやすく言うことを聞いているときのテンションが変わるからそうなってほしい。

 残念ながら僕はこんな人間だ、なにかを期待して動いてしまっていた。


「それにしても満君は朝か放課後しか来てくれないね」

「年上の人が沢山いる教室に入るのは勇気がいるんですよ。さあほら行きましょう、遅くなれば遅くなるほど寒くなるんですから」

「はーい」


 一応教室に寄ってみたら五十嵐さんがいたから誘ってみたものの、残念ながら「肉体労働なんてしたら体が壊れちゃうよ、だからパスでお願いします」と断られてしまいテンションが下がった。

「僕と二人きりは嫌なんだ、残念だな」なんて言っている先輩は放っておいて歩いて行く……こともできない、場所も知らないから適当に歩いたところで無駄に体力を消費してしまうだけだからだ。


「ここだよ」

「って、先輩の家の庭じゃないですか」


 これならまだ美化委員だから~などと言われた方がマシな気がした、自分の家の庭ぐらい自分達で奇麗にするべきだろう。

 ただ、急いで帰っても意味はないからやる気が出てきてしまっているのが微妙なところだと思う、なんで僕はこうなのだろうか。


「学校の草を抜くと思っていたの? 僕がそんなことをするわけがないでしょ、さあやろう」

「やりますけど終わったらなにかをください」

「いいよ」


 麦茶でもなんでもいいから終わったらなにかが欲しい、それはそれこれはこれというやつでなにかがないとやっていられない。

 それでもなにかを貰うからには真面目にやらなければ駄目なので、集中して草と戦い始めたのだった。




「うん、奇麗になったね、見ているだけで気持ちがいいよ」

「今度からは自分だけでやってくださいね、のびてしまう前にやればすぐに片付きますから」


 僕の場合は誰にも頼めないからなのもあるけど、泣くことになるのは自分だから面倒くさくなる前にやっておくのだ。


「それでお礼のことなんだけど、それは千波ちゃんとの時間、でいいかな?」

「いや先輩が直接なにかしてくださいよ、なんで全く関係のない五十嵐さんに求めるんですか」


 そもそも先輩からの頼みであったとしてもそういうことなら来るわけがない、それぐらいのことが分かるぐらいには一緒に過ごしているから断言できる。

 一緒に過ごしたいということであってもこちらが帰ってからにしてほしかった、なんというかそのいちゃいちゃしている男女を見ていると何故か叫びたくなるからだ。

 

「えー、その言い方だと千波ちゃんに不満があるみたいじゃんか、それにもう呼んじゃったんだけど」

「そんなことで来るわけがないじゃないですか――どんな魔法を使ったんです?」

「え、そんなの『遊びたいから千波ちゃんも来てよ』と誘っただけだけど」


 まじか、これが保護者的存在と僕との違いということか、というかよく考えてみなくても途中からは勝手に楽しんでやっていたわけだからお礼なんかしてもらう必要もないわけで、ここは大人しく帰るのが一番だと分かった。

 そもそもお礼をしてもらうために動くって本末転倒ではないだろうか、うん、これに気づけたのは大きいな。


「健吾ちゃん、伊藤君が帰ろうとしているけど」

「捕まえて」

「あーい、というわけでじっとしていてねー、大丈夫だからねー」


 この子の手は相変わらず小さいな、だけど冬にはありがたい温かさだった。

 こうなってくると逃げられはしないから逃げないと言って離してもらうつもりだったものの、何故か離してくれなかった。

 普段言うことを聞いていても所詮これぐらいの信用度だということが分かって一人内側で涙を流していた。


「びゃっくしゅっ、うぅ、このまま外にいるのは辛いよ健吾ちゃん……」

「それなら中に入ろうか、満君も僕の家なら大丈夫でしょ?」

「別に五十嵐さんの家でもなんにも気にせずに上がれますけどね」


 一回誘われて上がらせてもらったことがあるから嘘ではない、というか嘘をついたところでメリットもないからやらない。

 五十嵐さんの家は先輩の家よりも少し大きくてリビングも広くて羨ましかった、昔から狭い場所にしか住めたことがないから尚更そう感じた。

 とはいえ、雨や風にも当たらずに過ごせるわけだから文句ばかり言うのは違うだろう、だから小さい家にも小さいなりのメリットがあると無理やりいい方向で捉えることでなんとかしているというのが最近のことだ。

 あれだ、とにかく掃除が楽でいい、それと移動距離も短くて済むからぐうたらタイムのときに便利な家だった。


「ほんとぉ? 色々言い訳をして上がらないで帰る君が簡単に想像できるなぁ」

「いいから早く中に入りましょう、このままでは五十嵐さんが風邪を引いてしまいますからね」


 話を戻すけどそれでもやはり同性の家の方が落ち着けるのが実際のところだ、まあでもこれは勝手に線引きみたいなことをしてしまっているからであってこれからいくらでも――やめよう。


「はい、甘いりんごジュースだよ」

「ありがとうございます」


 こういう飲み物は自分で買ったりはしないからありがたい。

 ダイエットをしているとかでもついつい沢山飲んでしまうからとかでもなく、単純に高いから買っていない。

 一人になってからはちゃんと考えて買い物をするようになった、ベテラン主婦には敵わないだろうけどそんなに悪くはないと思う。


「甘くないりんごジュースなんてあるの?」

「千波ちゃん、そういうところは満君を見習わないと駄目だね」

「えぇ、ただ聞いてみただけなのに」


 というか本当にそろそろ帰らないと別の意味で泣く羽目になるため、ジュースを飲み終えたら帰らせてもらうことにした。

 本人を呼んだ先輩が適当で途中まで送ることになったものの、女の子を一人で歩かせたくないから特に不満もない。


「呼ばれるまで教室で寝ていたんだぁ、だけど一人だとちょっと怖いから今度からは伊藤君が付き合ってよ」

「じゃあ十七時までは付き合うよ」

「うん、実は暗いのって得意じゃないから完全下校時刻が十九時でもそこらへんまではいられないんだよね」

「あ、それこそ先生に送ってもらうのはどう?」

「これを言ったら『え』って驚かれちゃうかもしれないけど、高下先生には迷惑をかけたくないんだよ」


 えっ、とはならない、前にも言ったように先生といられているときは露骨に態度が変わるからだ。

 単純に甘えられるからという風に見ているけど、実際のところはもっと別の感情が関わっていそうだ。

 あ、僕が単純に恋愛脳だからというのがある、仲良さそうにしている男女を見るとついついそういう風に見てしまうのだ。

 でも、彼女の場合は先生と先輩がいるわけで、どっちとの恋を応援したらいいのかが分からなくときがあった。


「五十嵐さんさえよければ先生と仲良くしているところを見せてほしい」

「ん……? あ、私はこれまで通り高下先生といればいいってこと?」

「うん、楽しそうだから見ていて飽きないんだ、それと放課後までの教室では見られないレアな五十嵐さんを見られるから得した気分になれるからね」

「はは、伊藤君は変なことを気に入っているね」


 彼女ならこういう反応で終わらせてくれると思っていた、本当に期待を裏切らない子だ。

 先輩だったら「えー、見るのやめてよ」などと言ってきていたところだったからそういう差が大きく影響する。

 ただまあ異性をずるいやり方でじろじろ見ているということだから褒められたことではないのは確かなことで、気をつけなければならないことではあった。

 幸いなのが係の仕事で放課後まで残るということがあまりないことだろう、そうなればそういう時間が発生しなくなるから気持ち悪度というのはそこまで上がらないのがいい。


「あ、それじゃあまた明日もよろしくね」

「うん、それじゃあね」


 なんて、いつも通りのふりを心がけたけど心臓だけはいつも通りではいられなかったから別れるところがすぐにきてよかった。

 一人なのをいいことに足を止めて心臓がいつも通りになるまで待ったのだった。

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