02
「あー! 伊藤君その子を止めてー!」
「ん? うわっ」
危ない、受け止められていなかったら地面に押し倒されているところだった。
ちなみに攻撃をするつもりはないらしくこちらの近くではしゃいでいるだけだったけど、いきなり突っ込まれたらやはり怖い。
「なんか急に走り出して困っていたんだ、止めてくれてありがとう」
「元気な子だね、でも、前家に上がらせてもらったときにはいなかったと思うけど飼い始めたの?」
わざわざ隠すようなことでもないからいまここに存在しているということはそういうことだと思う。
「ううん、高下先生が飼っているワンちゃんなんだ、ほら、お仕事で忙しいから私がたまにこうして外に連れ出しているの」
「はは、なんにもないって分かっていてもなんか怪しい関係だね」
「うーん、そういうのはないけどね、高下先生が好きなのは年上の人だし」
あー、好意を持って近づいていても本人からそういうことを言われてしまえば諦めるしかなさそうだ、ただ、そうやって言うことでなんとか揺れてしまうのを回避しているのではないのかなんて考えてしまって一人内側で盛り上がっていた。
大事だからこそだ、先生なら彼女のことが好きでもちゃんと考えて諦めようとしている可能性がある。
親戚とはいっても教師と生徒ということで付き合ってもろくにデートをすることができないのも影響しているだろう、だったら――やめよう。
「っと、ワンちゃんが動きたそうにしているから僕はもう行くよ、五十嵐さんはもうちょっとだけでもこの子に付き合ってあげてね」
「え、いいよ、あ、時間があるなら伊藤君にも来てほしいかな、なんか気に入っているみたいだし」
「暇だから歩いていただけだけど、いいの? 休みの日ぐらい一人でゆっくりしたいんじゃないの?」
「大丈夫だよ、それに君はこの子を止めてくれた恩人だからね」
それなら家に帰ったところで一人で寂しいから参加させてもらうことにしようか、歩くことで地味に運動になるのもいい。
「てれてれー、伊藤君が仲間になった!」
「はは、ん……?」
先生と仲良くしているところを見せてほしいとか言っておいてあれだけど、別に先生や先輩といるとき以外でも彼女が楽しそうなところを見られていたことになる。
僕とこうして一緒にいるときにそうするから勘違いしそうになるものの、なんかやりやすいとかそういう感じだろう。
自分から動きたい派だから使いやすいというのもあると思う、だから表面上だけでもよくしておくのかもしれない。
「どうしたの?」
「そういえば先生も先輩もいないのににこにこしているね、いいことがあったの?」
「いいことはあったよ、お父さんが五千円もくれたんだ」
「五千円かぁ、それはまた大きな金額だね」
五千円か、贅沢をしなければ結構な量の食材を買えてしまうレベルだ、バイト禁止の僕らにとっては大きな金額となる。
やっぱりこういう面では女の子の方が有利なのかもしれなかった、両親と一緒に過ごしていたときも急にぽんとそんな大金を貰えたことはない、誕生日とかクリスマスとかにだって貰えたことがなかった。
いや、これは単純に考え方の違いというだけかな?
「なんか普段頑張っているからって言われたけど、正直、学校でも頑張っているわけじゃないからちょっと申し訳ない気持ちにもなったけどお金を手放せなくてね」
「悪いお金というわけでもないし、相手がくれたんだから申し訳ないとか考えずに受け取っておけばいいんだよ」
普通に羨ましい、僕の場合は両親と仲良く、なんてやれていなかったからなぁ。
こっちに一人でいるのだって半ば追い出されてしまったようなものだし、お金以前の話だった。
まあでも、家賃代とか生活費とかちゃんと困らない範囲でくれているから感謝をするしかない、が、羨ましく感じたりしてしまうのは仕方がないと片付けてもらうしかなかった。
「そ、そうだよね」
「そうだよ、それに係の仕事はともかく他の時間はいつも真面目にやっているのを僕は知っているから」
「お、お絵描きとかしちゃっているけど……」
「でも、テストで赤点を取ったことがあるとかそういうことじゃないよね?」
赤信号になって足を止めるとワンちゃんがなんか寝転んだからわしゃわしゃ撫でておいた、こういうことも普段はできないことだから我慢はしない。
「青になったね、行こう」
「うん」
元々遠くまで行くつもりはなかったらしくそこから少ししたタイミングでやめていた、彼女が寒さにそこまで強くないというのも影響しているかもしれない。
「あ、ここが高下先生のお家だよ」
「意外と近いところにあるんだね、もしかして五十嵐さんの家の近くに敢えてしていたりして」
「いや、学校から近い場所がいいってことでここを選んだみたい」
「近いというのは大事なことだよね、それだけで通勤通学にかかる時間が分かりやすく変わってくるんだから」
話とは関係ないけど今日はこれぐらいかな、だから挨拶をしてから別れた。
誰かに会えるかもなんて期待して出ていたわけではなかったからこうして少しだけでも一緒にいられたことが嬉しかった。
「満君、今回君を呼んだのはこの子に頼まれたからなんだ」
「いつも一緒にいる人ですよね、もしかして同性が相手でも嫉妬してしまったとかですか?」
残念ながら違うようで首を左右に振っていた、ちなみに先輩より身長が高いのに先輩の後ろに隠れようとしているけど無意味な行為だった。
こういうタイプって実は~となる可能性が高い、恥ずかしいわけではなくてこっちと会話をしたくないだけだと思う。
先輩にこうやって連れて来られた人が実際にそうだったから僕が勝手に悪く考えているというわけではなかった。
「ははっ、満君に嫉妬なんかしてどうするのさ」
「いやほら、先輩と一緒にいたいのに僕とか五十嵐さんとしかいないから不満が溜まったりとかあるじゃないですか、まあ、本人に否定をされてしまったので意味はないんですけど」
「あのね、満君にしてもらいたいことがあるんだって」
してもらいたいことがあるのは分かった、けど、なにをすればいいのかをはっきりしてくれないと困る。
こちらが当てるまで待っていたら今日が終わってしまうし、お互いのためにならないからさっさと吐いてほしい。
「僕にできることなんて掃除とかそれぐらいしかありま――なるほどそういうことですか」
「そう、この子って捨てるのが苦手で結構溜め込んじゃうタイプなんだよ、なんでも後で使うかもしれないということで溜め込んじゃうから満君の力で捨てちゃってよ」
「本人が嫌がっているのにそんなことはできませんよ、草を抜くとかそういうことにしてください」
「まあまあ、とりあえずこの子の家に行こうか」
逃げることもできなさそうだったから付いて行くことにしたら確かに物が多かったけど汚いというほどではなかった。
「いらない物と残す物がはっきりしているみたいですけど」
「いやよく見てよ、『いらないかもしれない物』って書いてあるでしょ?」
「そうですね、でかでかと書かれていますね」
あと可愛い丸文字だ、分かりやすく差が出るのは何故だろうか、ちなみに僕の場合は可愛くもなく格好良くもなく上手くもなくて微妙だけど読めるから大丈夫だと片付けている。
「それでこっちになるともうね」
「別に足の踏み場がないというわけでもないですし、捨てなくていいんじゃないですか?」
そもそもこの部屋の主のこの人が望んでいないのだからこれは余計なお節介でしかない、いいことができているようでまるでできていないことになってしまう。
だから僕も動くときは気をつけていた、自己満足で自分のためだけに動いていたら逆に迷惑をかけることになるからだ。
「だからよく見てって、例えばこれとかいらないでしょ」
「これは……食品を入れてある発泡トレーですね」
「これはいらないでしょ?」
「あ、でもこれを使って工夫をしているみたいですよ?」
魚が入っていたパックなんかは使う気にはならないけど、ハムとかが入っていたパックなら軽く洗えば上手く使える機会なんかがくるかもしれない。
なにが無駄なのかはその人によって違うからどうにもならない、ただ、いらない物かもしれないというところまできているのであれば「捨てた方がいい」と言われた際に変わってくるのだろうか。
「うーん、どうせなら奇麗な物の方がいいと思うけどなぁ」
「とにかく余計なことをするのはやめましょう、先輩が迷惑をかけてすみません――え? あの……」
怖ぁ、なんか睨まれているから帰ろう。
先輩も特に止めてきたりはしなかったからダッシュで逃げた、家に着いたらもちろん鍵もちゃんとした。
見間違いか、あの人の聞き間違いか、それとも先輩が迷惑云々と言ったのが悪かったのか、最後のが関係していそうだなとため息をつく。
これまでも気になる異性が関わると暴走してしまう人というのを見てきたから今回もそれだろう。
こういうのは女の子に多いけど別に男の子はしないというわけではない、それどころか直接的な手段でやっつけようとしてくるから睨んでくるぐらいなら可愛いものだろう。
「おーい、開けておくれー」
扉を開けたら緩々な雰囲気をまとった先輩がいた、用があるならどうして先程は止めてこなかったのかと聞いたら「追い出されちゃったから来たんだ」と微妙に噛み合ってないそんなことを教えてくれた。
「あの子に睨まれるとぞくぞくしちゃうんだ、満君は驚いて帰ってしまったようだけど何回も積み重なればきっと気づけるはずだよ」
「そんな自分の存在を知りたくはないですよ、それに敢えて相手が嫌がるようなことをしたくなんかはありません」
「うーん、だけど本当にあの子が頼んできたんだけどなぁ、満君がいるところではいつも通りではいられなかったみたいだね」
また睨まれることになっても嫌だからこの前みたいなことの場合だけ頼んでほしいと言っておいた。
あ、付き合いたいから協力をしてくれということなら積極的に動くつもりでいたけどね。
「疲れたぁ、みんな体育だと本気になりすぎなんだよなぁ」
そのスポーツをやっていない子でも何故か上手くやってしまうから僕が付いていくのは大変になる、足を引っ張らないようにしないとというその考えが分かりやすく自分の体力を奪っていくのだ。
「あの」
「あ、今日はどうしたんですか?」
「……健吾君が起きてくれないので伊藤君が起こしてください」
「分かりました、じゃあ――ぐはっ、ちょっとすみません」
背後から攻撃してきた子の方に向くと「健吾ちゃんのところに行くなら私も行くよ」とあくまでいつも通りの五十嵐さんが、普通に言ってくれればいいのにいちいち攻撃をしてきた理由はと考えている間に目的地に着いてしまったのが残念だった。
「寝ているねぇ、それじゃあこうやって――あいたっ、攻撃はなしだよ……」
「ふふふ、いたずらをしようとする悪い子にはこれぐらいのことをやったってなんにも問題にはならないよ、はい満君、君が代わりに掴んでおいてね」
「それはいいですけど先輩に迷惑をかけないでくださいよ」
「僕もその先輩なんだけどなぁ、でも、この子は寂しがり屋だから確かに寝ていた僕が悪いのかもね」
僕からしたら寂しがり屋なのは先輩の方だ、すぐに五十嵐さんや僕を呼んだりすることからそう見ている。
こちらに手を掴まれたままじっとしている五十嵐さんはそうでもなかった、何故なら自分から先生のところに行ったりはしないからだ。
家でなどはどうかなんて分からないけど冬現在のいままでずっとそうだったから仕方がない、先生が彼女に対して裏でだけ積極的になっていたらおおとなるけどどうだろうかって、すぐにこうなってしまうのが問題だな。
「
「……なんで眠たいのかを教えてくれればいいですよ」
「え、ゲームをやっていたから――痛い痛い、なんでゲームをやっていただけで叩かれないといけないんだ……」
「心配をさせないでください、健吾君はそういうところがはっきりとよくないところだと言えます」
いちゃいちゃしてんなぁ、彼女と先生が楽しそうなら見られて嬉しいぐらいだけどこの二人を見るメリットはないな。
そのため、手を掴んだままなのをいいことに教室をあとにした、単純に年上ばかりがいる教室が落ち着かないからというのもある。
「五十嵐さ――分かった、離すから攻撃するのはやめてくれないかな」
離したうえに距離も作った、が、なんにも言おうとしないから気になって逃げることはしなかった。
保護者的存在である先輩があの人と仲良くしていることで気になったということなら言ってほしい。
「伊藤君の手、すっっごく冷たかったっ」
「表には出さないようにしていたけど先輩達の教室で緊張していたんだよ」
なんかこれって恥ずかしいよな、あくまで余裕ですよ感を出していたけど彼女には丸分かりだったってことでしょ? なにかを買って渡すことで黙っていてもらうことは可能だろうか。
このことが先輩にばれると面倒くさいことになる、間違いなくこのことで一週間ぐらいはからかわれるから避けたかった。
「緊張と手の冷たさって関係あるの?」
「うん、そういう風に書かれていたのを見たことがあるよ――じゃなくてね、なにかを買うから先輩にはこのことを黙っていてくれないかな?」
「別に言わないよ?」
「あ、じゃあお世話になっているからということでなにかを買わせてよ、いつも気をつけて買い物をしているからお金はそれなりに貯まっているからさ」
「え、いいよいいよ、ほら、教室に戻ろう?」
ちなみに過去の僕は大丈夫という言葉を鵜呑みにして翌日を迎えた結果、告白したことがばれていたことがあった。
そういうことに興味がある子ばかりでもないけどそれでも僕にとっては酷い空気だったね、なんとかそのときも今回みたいに耐えきったけど手を強く握りしめすぎて血が出てしまったぐらいだった。
小学生の頃はどちらかと言えば陽キャ寄りだったけど、それからは積極的に動くことはやめたことになる。
「伊藤、女子に積極的にアピールしていたな」
「振られちゃったよ」
「ま、地味系が好きじゃないんだろ、五十嵐的には高下がいいだろうな」
なっ、放課後とはいえ教室で盛り上がっていたらばれてしまうものか。
ということでたまにしか会話しないこの子のことが一気に怖い存在になった……とはならないけど、場所をもうちょっと考えた方がよさそうだ。
僕が振られてしまったことなんかよりも気になることだ、だけど教室でもないと先生とはいられないよなぁ。
「って、放課後にならないと駄目だよね」
教室では大人しくしているわけだから僕がいきなり近づくのは不自然だ、変な噂が出てもあれだから放課後まで待とう。
それで放課後までそわそわしながら待っていたものの、今度は放課後にだけ近づくのは怪しいということで無理になった。
午前や午後に普通に一緒にいればいいけど放課後だけ近づく男女って怪しすぎるだろ、いや本当に適当に言い出す人間というのはどこにでもいるからどうするべきか。
そういうことすらも経験してきた人間だから怖かった、なんでこのことにもっと早くから気づいていなかったのかという話でもある。
「伊藤――」
「待ったっ、それ以上近づくのは危険だよっ」
この全員が消えてから近づいてくるというのも他者からしたら怪しく見えることだろう、というかなんで僕も無理だと分かっていたのに帰らなかったのかと後悔したけどもう遅い。
「どう危険なの?」
き、気になることがあると一回は絶対に聞こうとする彼女の性格がいまの僕には厄介だ。
「いま近づかれると頭を撫でてしまうから駄目なんだ」
「はは、私はペットじゃないよー」
「でしょ? だからそこから近づくのは――ああ! だから駄目だってっ」
「伊藤君はちゃんと抑えられる子だよ」
当然だけど嫌がっているということだよな、自分の暴走のせいでまた無駄に振られることになってしまった。
小学生のときにあった陽キャ感も所詮自分が甘く見ていただけで、結局は負けるようになっていることが分かる。
「はい到着、それとちゃんと抑えられているでしょ?」
「そ、そうだね」
「でも、これまで一度もそんなことはなかったよね? うーん、相手が結構一緒にいる私だからなのかなぁ」
いや、近づかれたくなかっただけで全くそんなのはなかったけどね、でも、作戦も失敗したから大人しく座ろうか。
時間だけは沢山あるからゆっくりどうするかを考えようと決めた。
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