第20話

「それで、今日は何なんだ?」

「いややわあ、そないににらまはって。おお、こわ」

 大袈裟おおげさたもとで顔を覆い、鬼の視線逃れてみせるたおやかに艶美えんびな様も、からかわれていると知れてはかえってしゃくさわる。


「話しにならねえ」

「かわいい我が子の働きぶり、ちょいと覗かせてもらっただけどす。あきまへんか?」

「本当に、コン太の様子見と、それだけか?」

「他意はあらしまへんえ。念押しはいやらしおすなあ」

「おまえが出てくるとなあ、裏も含みもありそうでいやなんだよ」

「ほんに、疑り深いお人やなあ。うちの子、役に立っとりますやろ?」

「それはまあ、な」

 今回もだが、そこは否定しようのない源十郎げんじゅうろうであった。

 狐女も我が意を得たりと、

「かわいらしい、コン太っちゅう、人の世の名前もつけてくれはって」

「てめえら、真名まなを明かさねえからだろうが」

「フフ……。それは当然おす。うちら、それを知られたら、命取られたも当然どっさかい」

「俺は別に、おまえらの命を取ろうとはおもわねえ」

「そやったらよろしいおす。うちも安心や」

「だがまあ、他のもんはしらねえからな」

「そやから、コン太と? おおきにぃ」


 飄々ひょうひょうと、押さえきれない笑み、狐の目になおも残るのが気に入らない。

葛葉くずは

「はい」

かげからそっと見守りやがれ、子どものやることなんざ」

 源十郎が反撃にも、

「いややわあ。子がお世話になっとるんやさかい、挨拶あいさつくらいさせてもらわへんと。礼儀知らずになってしまいますえ」

「てめえ、みやこからつかわされた稲荷いなり神使しんしとかいうくせに、ちょろちょろ人間の前に姿現しやがって。結局おもしろがってるだけじゃねえか? 俺を、人の世を」

「たとえそうやとしても、あんさんがやることに変わりはおへんどっしゃろ? 人の世にのさばる悪を、かげからなんとやら。それにうちの子が役立つんやったらお互い様、ゆうもんちゃいますか?」

 打てば響き、立て板に水の返しがまた小憎らしい。

 クスクスと、扇子せんすの向こうで笑み絶やさぬ白狐、葛葉こそ、何よりも化け物じみているというものだ。

 うすら寒いものを背中に感じ、源十郎は身震い一つ。

 それを目ざとく、楽しげに見下ろしつつ、白狐葛葉は、

「これ以上はお役目のお邪魔になりますなあ。ほな、また」

「二度と会いたくねえ」

「いけずやわあ」

 そこで葛葉は、コン太にまた向き、

「コンも、これからも源十郎はんのお役に立てるよう、気張るんやで」

「はい!」


 雲が消えた。

 月が現れれば、その白い光に溶かされるようにして、白狐葛葉も消えてしまった。

 月を隠していたのは妖術だったのかもしれない。

 すすき野を幻惑げんわくの野にしていた沈丁花じんちょうげの甘い香りも、嘘のようにかき消されていた。


「おまえだけならともかく、厄介な奴に取りかれちまったもんだぜ」

 くしゃくしゃと、またコン太の頭を撫でつつ、珍しくほっと息つく源十郎であった。


 今宵の月は白く輝く。

 狐火きつねびなくとも、夜も明るい。

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