なりたてスポーツトレーナーですが、見習い騎士を育てます
九重
第1話 俺の異世界召喚事情
異世界召喚された。
何を言っているのかと思うだろうが、事実なんだから仕方ない。
大学の健康科学部を卒業し、スポーツインストラクターとして地元のスポーツジムに採用されて、初出勤の通勤途中で急に眩しい光に包まれて、気がついたら見たことのない部屋にいたのだ。
それだけでも十分な災難だったのに、最悪なことに俺は巻き込まれ召喚。異世界の連中の目的は、俺の隣を歩いていた女子高生だった。
しかも、彼女は世界を浄化する祈りを捧げる聖女として喚ばれたのだそうで、男の俺はまったくの用無し。どんなに優れた才能があろうと男である限り、お
異世界に男女雇用機会均等法はなかった。
持て余された俺は、擦った揉んだしたあげく、召喚魔法を行った魔法長官に引き取られることに。
国王曰く「お前の魔法のせいなんだから、責任取れ」ということらしい。
まあ、いらないモノとして処分されなかっただけでも御の字なんだろう。
「すまなかったね」
その後、女子高生とは別々の場所に移され、異世界の王城とは思えないほど簡素な一室に案内された俺は、四十代半ばと見られる
こちとら突然勝手に召喚されて迷惑かけられたのだ。そんな軽い謝罪で済まされてたまるものかと憤ったのだが、なんとこの魔法長官は国王の従弟。王位継承順位十何位かの立派な王族で、そもそもここで頭を下げたこと自体異例のことなのだとか。
感情のままに食って掛かった俺は、たちまちその場で屈強な騎士に取り押さえら、体を床に強かに打ちすえられた。この世界の身分制度を文字通り痛いほど教えられたのだ。
「やめなさい。彼の言うことももっともなのだよ。たとえどんな事情があろうとも、私たちが彼の人生をくるわせたのは紛れもない事実なのだからね」
一見穏やかな人格者を思わせる言葉を吐いた魔法長官が、騎士たちから俺を解放してくれる。もう一度「すまなかったね」と謝った。
――――やっぱり軽い。
こいつが俺に対して、口ではどう言おうとも悪いと思っていないことは間違いない。
それは、この草臥れたおっさんが続けて話した内容からも知れた。
「残念ながら、君を元の世界に戻すことはできないんだよ。我々の魔法は、まだそこまで万能ではなくてね。しかし心配しなくてもいい。君の安全は保障するよ。君がこの国で一生安泰に暮らせるよう最大限の便宜を図ろう。……とはいえ、さすがに聖女さまと同じもてなしはできないけれどね。当面は我が家の客人として遇するよ。ゆっくりこの世界のことを知って馴染んでくれるといい」
ふざけるな! と怒鳴ろうとした俺だが、グッと我慢した。そんなことをしたら先ほどの二の舞だということは容易に想像がつく。
俺がどうなろうとも、この世界の人間にとってはどうでもいいことだ。俺の心情なんかに配慮するわけがない。
だから、俺ではなく、彼らにとってどうでもよくはないはずの女子高生――――聖女を引き合いに出してみた。
「……帰れないのは、聖女さまも同じなのですか? ……彼女はまだ子どもなのに」
高校三年生なら十八歳で成人している可能性はあるが、この際気にしなくていいだろう。
魔法長官に視線を合わせると、彼はうっすらと笑った。
「ああ。たしかに聖女さまもお帰りにはなれないが、そこは心配しなくても大丈夫のはずだよ。我々の召喚魔法は元の世界にあまり未練のない人物を選ぶんだ。……君だってそうなのだろう?」
たずねられて、ギュッと唇を引き結んだ。
――――俺の家族は、俺が中学のときに交通事故で亡くなっている。部活の大会で俺だけ行けなかった家族旅行での惨事で、その後は父方の祖父母に育てられた。その祖父母も大学時代に相次いで亡くなっている。
たしかに俺は天涯孤独の身の上だ。友人関係も薄っぺらいものしか築けなかったし、当然恋人もいない。就職したスポーツジムも出社ゼロ日では、知っている人の方が少なかった。
魔法長官の言う通り、俺は急に引き離されたことで悲しむ間柄の人間など望むべくもない人間だったのだ。
俺は視線を彷徨わせる。先ほど別れた女子高生をいないとわかっていながら探した。今の魔法長官の話が本当なら、彼女の身の上も俺とさほど違わないはず。
思い出した女子高生の姿は、今どきの若い娘とは思えないほど地味だった。髪は短いストレートで色は黒。痩せていたのはダイエットのしすぎが原因ではないのかもしれない。
そんな彼女に寄り添って案内していたのは、この国の王子と名乗った凛々しいイケメンだった。甘ったるい笑顔を彼女に向け、この上なく優しく接していた。
彼女は、きっと「帰りたい」とは言わないだろう。
――――まったくもって、反吐が出る。
それでも俺には魔法長官の提案を断る気概はなかった。
右も左もわからない異世界で放り出されるわけにはいかないからだ。
こうなったら、世話になれるだけなって、できるだけ早くこの世界で独り立ちできるよう努力しよう。期限は、女子高生が俺のことを忘れてしまわないうち。
それ以上ごく潰しでいれば、きっと俺の存在は消されてしまうに違いない。
「わかりました。お世話になります」
頭を下げた俺に対し、魔法長官はどうでもよさそうに頷いた。
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