第10話 利己主義の説得
「放っておくわけにはいかない」
「何で? あんたは何も関係ないだろ。俺たちとは何のつながりもない。それなのに、俺の……俺たちの人生に口出しするなよ……」
疲れた様子で語る彼に、レイグスは静かに問うた。
「私の手を取りたくない気持ちは分かる。だが、それなら君たちはどうやってここから抜け出すつもりだ? 武器を持っている大人たちが沢山いる。その上、君たちを捕まえようとする者たちも沢山いることだろう」
「……」
「それに、君の服を掴んでいる兄弟のことは? 彼はどうしたいと言っている?」
「うるさいなぁ……! そんなに連れていきたきゃ、無理矢理連れていけばいいだろう!」
少年は兄弟を強く抱きしめ、唸るように言う。レイグスはその様子を目を細めて眺めた。
「君の言いたいことはよく分かるよ。彼を守りたいのは、兄弟を思うからだろう。だけど、それなら君の人生だって同じだよ。大切に思っている人たち全員のものだ」
「はっ。何を言っているのさ」
少年の問うた声は、不愉快さを含み、大人に抗う。だが、レイグスは仮面越しに少年を見つめた。
「あなたがいなくなったら悲しむ人がいる。それは、あなたと人生を共にしているから。あなたの人生は大切な人と交わっているからだよ。だから失ったから悲しむ。それはとても辛いことだ。だから私たち人間は、大切な人を守ろうとする。そして自分を慈しみ、愛すことは、己を大切にしてくれる人を大切にする行為に繋がるんだ。だから、あなたの人生はあなただけのものじゃない。少なくとも、今あなたの傍にいるその子のものでもあるんだ」
「あんた、何が言いたいんだ……」
「死ぬつもりだろう?」
その瞬間、服を掴んでいた少年がぱっと顔を上げる。
「……ユーイン、そうなの?」
服を掴んでいた子が、兄弟の名を呼び、見上げた。
「……何故そう思う?」
「経験と勘。でも、君は迷ってもいる。私たちと話しているのはその証拠だ」
「……」
(オークションであろうが、ゲームであろうが、オウルス・クロウから別の人の手に渡る時点で、彼らの人生はさらに深い闇に閉ざされる可能性が高い。この子は子供ながらもそれを察しているんだ。だから、私の手を取るのを
レイグスは焦らぬように、だが懸命に彼に自分たちが害のない存在であることを伝えようとした。
「私たちのことを信頼できないというのは分かる。だが、今だけは手に取ってはくれないか。君たちを、育った家に帰す方法も考える。だから頼む」
すると、兄弟にしがみついていた方が「ユーイン」と声を掛けた。
「僕は生きたい……。ユーインと一緒にいたい」
「アルフィー……」
「僕は、……この人を信じたい」
レイグスは左手を、ほんの気持ちだけ二人に近づける。すると恐る恐るではあるが、アルフィーと呼ばれた少年の方が先に彼女の手を掴んだ。
「君も。お願いだから」
私はユーインの方を向き、出来るだけ優しい声で言った。だが、彼はまだ納得していないようで、手を掴んでくれない。
「……あんたの言っていることは分からないでもない。だけど、あんたが俺たちに危害を加えないって、どうやって信じたらいいんだ? もしまた……あんなことをされるんなら、死んだ方がましだ……」
ユーインは俯く。
オウルス・クロウに来るまでに、スイフィアの連中に散々なことをされてきたのだろう。
「……」
レイグスは悩んでいた。
ユーインの言い分は分かる。それをちゃんと聞いてやらなくてはいけないとも思っているのだが、今は時間がない。このままでは追手が十分に用意して襲ってきてしまう。
(大人を信用できなくなった子供に、信じてもらうにはどうしたらいいか……)
「どう? あんたに俺たちを信用させること、できる?」
レイグスは考えた末に、右手でベルトに付いたポケットを弄ると、革の鞘に収まった小さなシースナイフを手に取って、その柄をユーインに向けて差し出した。
「そこまで言うなら、君にこれを渡しておく」
「……これは?」
「ナイフだよ。もし、私たちが裏切るようなことをしたら、これで刺しなさい」
「レイグス⁉」
彼女の発言に驚いたのは、アレックスだった。だが、今は少しでも早くここを脱出し、決勝のゲームで対戦した男の雇い主から逃れなければならない。レイグスはアレックスを視線だけで黙らせ、今度はユーインに押し付けるようにナイフを渡す。
「丸腰よりもいいだろう」
「……だけど、その小さなナイフで人は死なないんじゃないのか? 俺は子供だから力もないし、そんなものを渡されたって……」
ユーインは、躊躇いつつも質問をする。だが、レイグスはそのお陰で、彼が自分を「殺す」ことを視野に入れていることが分かった。
「問題はない。刃には毒が塗ってあるからね。ただし、触れただけで効果があるから、自分では触らないように気を付けること」
「……」
レイグスは辛抱強く、ユーインが動くのを待った。もう少し、もう少し――。
ほんの短い間だったかもしれないが、随分と長い時間のように感じる。しかし、ようやくユーインがシースナイフを手に取り、彼女の左手を軽く叩いた。
「分かった。とりあえず、あんたに付いて行く。でも、妙なことをしたら、このナイフであんたを刺すからね」
レイグスは頷いた。
「それでいい。話を聞いてくれてありがとう。それじゃあ、まずはここから出ようか」
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