飛行機乗りたちの話
樹歴800年。既にゼクトゥーズの外れには「飛行研究所」があった。飛竜の飼育施設でもなく、乗り手の養成所でもない。人工物による飛行の研究をする組織。市民の理解を得られない変わり者の集団だ。
そこにある時、見た事もない物体が墜落してきた。鉄の塊。強い両翼。零れ落ちて燃え上がる液体。それは未知の技術で作られた、完成された「飛行機」だった。
「アヤちゃんが堕ちてきてから数年。立て続けにマキ、イズミと仲間も増えて。うちも賑やかになった」
視線をそれに奪われたまま、所長はふとそう溢した。長年作り続けてきたのは、飛行機とは呼べない「落ちるのに時間が掛かる」程度の滑空機体。それが。今目の前にあるのは、飛行可能な機体である。実飛行も試験済みだ。
「遂に飛行機が…っ」
「プロペラ機だけどな」
感無量の所長の肩に肘を乗せ、設計技師は生温い笑みを浮かべた。
「アヤちゃん…!ありがとうっ!」
「泣くなよ~」
元々、綾景は整備士である。飛行士の麻貴や順平に比べ造形に理解があった。既存の設計図も部品も型もないので苦労はしたが、所員一団の努力もあって、ここにプロペラ機は完成した。綾景、麻貴、順平が其々乗っていた機体から使えそうな部品を拝借しつつ、手に入る素材で仕上げねばならなかった。とはいえ、見本となる部品さえあれば作って貰えたので、一番苦労したのは金策だろう。初めて見る素材で初めて見る部品を製造してくれた業者は相応の料金を要求した。因みに、その業者は魔術師という枠らしい。綾景たちには馴染みの無いものだ。ともかく、一番形が残っていたのが順平の機体で、一番直せる…作り替えられる可能性が高かったのも彼の機体だった。それがプロペラ機。二人乗りが限度の旧式機体。綾景から見ればアンティークに近い。一番最初にやって来たのは綾景だったが、一番古い時代から来たのは順平なのかも知れない。綾景もこの地に来た時には驚いた。そこそこ中年だった筈の身体が、10代の若さを取り戻していた。それを鑑みれば…皆同じ時代から来たわけではないかも知れない事くらい納得がいく。改まってそういった話をしたことはないが、偶に会話が噛み合わないのもその証左だろう。
「まあコイツは修復って感じだったから、一から作んのは難しそうですけどね」
「金がなぁ~~」
金さえあれば複製が可能なのだから恐れ入る。機械化が進んでいないだけで、一般大衆にまで広まっていないだけで、この世界は高度な技術を有している。見た限り、魔術と呼ばれているものは凡そ科学と言い換えて良い。欲せばすぐ手に入る諸々を氾濫させずにいられる様はとても人間とは思えない。
「3台…いや4台欲しいね」
これまでずっと無言だった麻貴が口を開いた。明らかに自分専用機を欲しての発言に、綾景は半眼で笑みを浮かべた。
「戦闘機じゃなくていいのか?」
「ひとまずは」
麻貴の機体は戦闘機だった。一番損傷が酷く復元は不可能だった。
「…これ乗って飛んでたら、元居た場所に帰っちゃったりしませんよね」
順平の洩らした言葉に異邦人ふたりは神妙な面持ちで振り返る。これは望みの言葉ではない。
「それは…困るな」
「ああ。困る」
「君たちが居なくなったら私も困るぞ!」
まさかの所長の参戦に目を開き、3人は笑った。
「僕らだって、帰りたくないですよ」
其々に還りたくない理由がある。そういう人間が来るのだろう、と彼らは結論付けていた。
「さてと。これ一台飛ばすにも、燃料費は掛かりますからね」
綾景が伸びをしながら機体に背を向ける。順平も溜め息を吐いて肩を落としながら後に続いた。
「今日もお仕事頑張りますか」
彼らが3台目の飛行機を作り終える頃、またひとり…いやふたり、自分の世界に飽いた人間がやってくる。
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