スーパーアーマー

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第1話 電波な幼女?

 私の名前は幸田こうだミツオ。独身。32歳。しがない会社員だ。


 特技はアラーム無しで起きられること。


 趣味は動画鑑賞だ。


 毎日毎日同じ時間に起きて出勤するだけの生活。


 周りの友人が結婚し始めたのが20代半ばのころ。


 その友人たちとはもう何年も会っていない。


 なぜこんな話をしているかと言えば、混乱しているからだ。


 いつものように電車に揺られ、いつもの降車駅で降りたはずが、真っ白な空間に立っていたのだ。


「よ、ようこそおこしくださいました。せ、戦士よ~」


「んん?」


 目の前にいたのは、白いワンピースを着た、おそらく小学校低学年ほどの幼女と言って差し支えない女の子だった。


 およそ私のような働き盛りの、それも独身のサラリーマには縁遠い存在が、そこにいた。


 こちらの困惑はそのままに、幼女はどこからか取り出した巻物を棒読みで読み始める。


「あ、あなたは戦士として選ばれし存在で、え~と、それで、た、戦いの世界である、エルグレッ……、エルグラルッ……。えーと、え~る~ぐ~ら~ん~で~に~て神々の……」


「それで、私は何でここにいるのでしょう?」


 幼女の要領を得ない説明から「あ、このままだと1時間はかかるやつだ」と思い、こちらから要点を聞くこととする。


「え、えーとですね。怒らずに聞いてくださいね……?」


「ええ、怒りませんとも。ですが早く教えてください。場合によっては会社に電話をしなければいけません」


 今朝は余裕をもって家を出たから、少しのタイムロスなら間に合うはずだ。


 万が一間に合わなかったとしても、無断遅刻は避けたい。


「え、え、えっとですね……。会社に電話する必要はないかと。なぜなら、あなたは既に異世界に来ているので……」


「はぁ?」


 これは、遅刻の理由として挙げるにはハードな内容だ。


 まさか「出社する途中で気を失い、電波な幼女に見知らぬところに運ばれたので、遅刻いたします」などとは口が裂けても言えない。


 もしそんなことを言えば、上司は電話口で「わけのわからぬことを言うな」と激怒し、同僚は「とうとう気が触れたか」と陰口をたたくことだろう。


 自分が逆の立場でもそうすると思う。


「ち、違うんです。聞いてください」


「ええ、分かります。あなたの中では本当なんでしょうね」


「ふぇぇ、ち、違、そういうことじゃないのに……」


 幼女は泣き出してしまった。


 私は女性の扱いがうまい方ではない。特に年が離れた相手となればなおさらだ。


「泣かないでください。収拾がつきません」


「は、はい、泣きません。これでもワタシ、女神なので……」


 電波確定だ。いや、これくらいの年の子なら妄想と現実の区別がつかなくても仕方がないのかもしれない。


 ともかく、私には時間がない。いち早く出社せねば。


「分かりました、女神様。あなたを信じましょう。つきましては、ここから出る方法を教えていただけると助かるのですが」


「え、あ、はい。そうですね。あそこの扉から出ると、この神の間から下界に降りることができます」


 幼女が指さすところを見ると白い無機質な壁に、確かに白いドアノブがついていた。


 なんという不便なデザイン。


 アンチユニバーサルデザイン賞があれば受賞すること請け合いだ。


「それでは私はこれにて失礼します」


「ま、待ってください、あなたは選ばれし戦士なんですよ!?」


「確かに私は社畜という名の戦士とも言えますね……」


「え、えぇー? そういうことじゃないんですけど……?」


 こういう時は相手にしないのが一番だ。


 出口さえわかってしまえば、かまう必要はないのだから、このまま出て行ってしまおう。


「待ってください。本当にあなたが元居た世界じゃないんです」


 今の生活から逃げ出したい、なんて考えたことないわけじゃないが、もう32歳だ。


 今更そんな妄想なんて現実的じゃない。


 この扉を開いてしまえば、いつも通りの日常に――。


「ま、待ってください! そのままだと落ちちゃいますよ!?」


「へ?」


 ドアを開けると、そこには足場がなかった!


 そして片足を踏み外してしまった!


「うぉぉぉぉぉ!」


 腹筋を使って何とか体勢を保つ!

 背筋を使ってドアノブを引き戻す!

 その他諸々の筋肉を総動員し、とにかく重心を後ろにする!


「ふぅおおおおおおおお!」


 ドサッ!


 無様に後ろに倒れることで、何とか落下死を免れることができた。


 こんなに冷や汗をかいたのは、休日出勤して仕上げた統計データを丸ごと紛失してしまった時以来だ。


「あ、あの、大丈夫です、か?」


「……す気か」


「へ、なんですか?」


「殺す気かー!」


「うひゃあああああああああ!」


 顔を覗き込んできた幼女にヘッドバットをする勢いで立ち上がる。


 マジで死ぬかと思った!


 今も膝がガクガクだし、腰もプルプルだ。


 正直、今だけは2足歩行をやめて4足歩行に切り替えたいくらいに、体が不安定だ。


 でも、そんなことをすれば人間としての尊厳は下降する一方だろう。


 特に、これから問いただそうとしている場面で、そんなことをしては格好がつかない。


「すみません、取り乱しました」


「い、いえ。こちらこそ言うのが遅くなって、申し訳ありませんです」


 尻もちをついている幼女の手を引っ張って起こす。


 幼女らしく小さな手で体重も軽い。


「で、このドアは何なんですか? 飛行機の緊急脱出用のハッチ? というか、ここは天空の城ですか?」


「ふぇぇ。で、ですから、さっきも言った通りここは神の間です」


「なるほど、神の間ですか。それで神はどこに?」


「こ、ここにいるじゃないですかぁ~!」

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