ニートですが何か?

令狐冲三

第1話

 浩史ひろしは28歳で職を失った。


 大学卒業以来、中学校の国語科教諭として教壇に立ち、教鞭をとってきた。


 何故その道に足を踏み入れたいと思うようになったか彼自身定かでなかったが、いつしか持てる情熱のほとんどを自分にも輪郭のはっきりしない理想の教育者となるための一途な努力に費やしていた。


 彼は高校時代の大半をある有名私大の教育学部目指して偏差値と格闘することで過ごし、志望の大学へ進んでからは、教育についての様々な思想を学び、理論や実習を通じてそれらを忠実に実地に移すべく鍛錬に励んできた。


 五年間の教員生活だったが、衝撃的な出来事は着任して三年であらかた体験してしまったので、あとの二年は退屈な毎日だった。


 といっても、むろん教師としての日々には、一日たりとも平穏な日などない。


 殊に、最後がふるっていた。


 学校を去る前日、バットを持った数人の男生徒たちに校門で待ち伏せされ、面白おかしく殴られたあげく、哀れにも病院送りになったのだ。


 一命はとりとめたものの、文字通りそれが教員生命の最期となった。


 教師を辞めた後も、彼はずい分長い間その痛みを思い出しては人知れずべそをかいていた。


 肉体的な苦痛より、真に粉々になったのは、彼がその青春をともに過ごしてきた教育熱という魂そのものだったからだ。


 今、29歳を目前にして、彼の手の中は空っぽだった。


 職もなく、金もなく、恋人もなかった。

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